ハイコンセプトでベーシックなJ.W.アンダーソン

AFFECTUS No.41

毎シーズン、ロンドンでコレクションを発表している「J.W.アンダーソン(J.W. Anderson)」。しかし今回の2018SSシーズンは、「ピッティ・イマージネ・ウォモ(Pitti Immagine Uomo)」(以下、ピッティ)から招待を受け、ゲストデザイナーとしてイタリアのフィレンツェで最新メンズコレクションを発表した。

ピッティで披露したジョナサン・ウィリアム・アンダーソン(Jonathan William Anderson)のデザインに、僕は久しぶりの高揚感を味わう。これがモードの楽しみだと誇れる類の高揚感を。それほど、アンダーソンの最新メンズコレクションは胸に響くものがあった。いったい、アンダーソンの「何」にそこまで魅了されたのか。コレクションを見て時間を経た今だからこそ、その理由を探っていきたいと思う。

ファッションデザインの評価を決めるものは何か。ファッションは自由かつ感覚的に楽しめることが大きな魅力であり、個人の感覚で好き嫌いを判断していけばいい。しかし、人があるデザインを「好き」「嫌い」と判断する際に、その感覚に大きな影響を及ぼしているものがある。それがトレンドだ。ここで触れるトレンドは、「売れ筋」「今売れている服」といった意味ではなく、「ファッションデザインの歴史の流れ」という意味で捉えてもらえたらと思う。

トレンドというと、「今売れている服」というイメージで語られることが多く、軽視されることもあるが、トレンドをデザインの歴史と捉えれば価値は変わってくる。トレンドは、人がファッションデザインを判断する際、大きな影響力を無意識に及ぼしている。たとえば、数年前に流行った肩掛けカーディガンの着こなしを例にしてみよう。

肩掛けカーディガンの着こなしは日本ではバブル期のイメージが強く、「プロデューサー掛け」とも呼ばれ、長い間嫌悪されていたスタイリングだったが、トレンドの変化により街中で男女ともに着ている人たちが増えた。カーディガンの肩掛けがダサいと言われた時代を、僕と同じように過ごしたと思われる世代の人たちも、トレンドの変化により価値観が変わり、カーディガン肩掛けスタイルをしていた。

このような例は、ファッションにおいては頻繁に起こる。ある時代では「ダサい」と言われていたスタイルが、別の時代では「カッコイイ」「カワイイ」となる。あるアイテムが発表され、「〜に似ている」「〜の方が早い」と言われることがあるが、ファッションデザインの特徴を考えると、似ているか否か、早いか否かの視点を重視してしまうと、新しいデザインの兆候を見逃す可能性が高まってしまう。

ファッションはデザインがサイクルする分野であるから、似ているデザインの服を見かけても、以前登場したデザインと違いはあるか、まずはそこをチェックすべきだ。発表時期についても同様で、先行して発表されたデザインと、のちに発表されたデザインにどれほどの類似点があるのか、違いがあるのかと、客観的かつ冷静に見定める必要がある。ファッションはトレンドに乗りながら、次の新しさが生まれる性質上、ファッションは同質的な印象を感じさせると同時に、新しさを生み出していく。かつてのスタイルが、時間を経て新たな解釈で現れては消えてを繰り返すデザインが、ファッションなのだ。

特に、その傾向はコレクションブランドと呼ばれるブランドでは顕著である。コレクションを見るときは、「〜と似ている」「〜の方が早い」と考えることより、これまでとは「何」が違っているのか、どうような「変化」が現れ始めているのか、そこに注目することが大切になってくる。

なぜ人間の感覚が変化し、トレンドが生まれていくのか。それはファッションそのものからの影響というよりも、時代の娯楽の中心が影響を及ぼしていると僕は考えるようになった。今であればクリエイティブが娯楽の中心だ。一見すると、現代はスマートフォン、ウェブ、SNSが中心の時代とも言えるが、より突っ込んで考えてみると、本質はクリエイティブとなる。SNSなどはただの手段。その手段を使って、創造的行為を気軽に遊べる娯楽が中心の時代。それが現代であり、トレンドの変化を生んだ要因だと僕は感じている。

人間は、クリエイティブな行為が生活において重要な役割を担うようになると、その人間が身にまとう服装は簡易化する傾向が現れる。ファッションに限らず、グラフィック、ウェブ、プロダクト、インテリア、建築など、あらゆるカテゴリーのクリエーターたちは創造的な仕事とは異なり、自身が着る服は驚くほどシンプルなことが多い。

もしくは、同じ服を繰り返し着る傾向が強い。好きな服(スタイル)を継続して着ることで生まれる安心感。それが創造性を促進する。アイデアは思わぬところに転がっている。アイデアを拾うには、視野の広さと柔軟さが必要になり、それは創造的発想をするには重要な要素だ。人間が身体にまとう服は、思った以上に人間のメンタルへ大きな影響力を及ぼす。それゆえ、シンプルな服を着たときのリラックス感が、人間の創造力を促進させる力があるのではないか。クリエイティビティの強い服は、その強烈な創造性に意識が引っ張られていく。スポーツをするのに適したスポーツウェアがあるように、人間がクリエイティブな行為をするのに適したクリエイティブウェアがある。

もちろん、デザイナーでも普段から派手な服装をする人間はいる。そういうタイプのデザイナーは、アヴァンギャルドなデザインが創造性を刺激するのかもしれない。しかし、明確な統計をとったわけではなくて、あくまで僕の印象の話になるが、デザイナーは自身の服を派手に装うタイプは少ないように思う。

極めて普通なスタイルのノームコアが流行ったのは、世界中の人々がウェブやSNSによって創造性を自由に楽しめる時代になったことが大きい。時代からのニーズを満たすために人々が自然にたどり着いたスタイルが、ノームコアとも言えるのではないだろうか。そして今は「ノームコアを経た時代」というのが大きなポイントだ。現在のトレンドを、僕なりに一言で表現するなら「スタンダードのモード化」になる。その発端となったのは、言わずもがな「ヴェトモン(Vetements)」である。

あれだけ普通な服装のノームコアスタイルが波及すれば、必然的に人は新しいファッションを求めるようになる。歴史のサイクルを見れば、必ず時代の主流となるスタイルへのカウンターとも言うべき、アンサースタイルが生まれてきたことがわかる。ノームコアを経て、人はデザイン性の強い服を求めるようになった。けれど、欲しいのは、かつてのモードのように全身でデザイン性が強く濃く表現された服ではない。刺激的なファッションは、SNSによって「遠くの憧れ」よりも自分の価値観に共感できる「リアル」を重視する現代においては重く仰々しく感じられ、「ダサい」となってしまう。求められたのは、ノームコアのキーとなったスタンダードウェアをベースにしながらも、これまでのスタンダードウェアにはないデザインを取り込んだ、大胆で挑戦的で新しい服=スタンダードをモード化した服だった。それをヴェトモンは実現し、帝国を築いていく。

しかし、ヴェトモンがリードしてきたトレンドにも、今や変化が生まれ始めている。ストリートスタイルへのカウンターとして現れ始めたのは、エレガンスだった。エレガンスは、自らを声高に主張するような大胆なスタイルではなく、抑制を第一に自身の価値観を控えめに反映させたスタイル。かつてマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)が手がけた「エルメス(Hermès)」は、まさにエレガンスを体現する服だった。現在、アントワープでマルジェラのエルメス展が開催され、関心が世界中から集まっているのも、トレンドの変化が確実に現れ始めた兆し、エレガンスへのニーズが高まっている証とも言えるのではないだろうか。

そこで、これからの時代に必要とされる服とは何かと考えたとき、リアルが重視される時代感からして、スタンダードウェアは継続してキーとなるだろう。ヴェトモンはスタンダードウェアのデザイン要素(シルエット・ショルダーラインなど)をピックアップして極大解釈するデザイン=エクストリームを展開してきた。オーバーサイズのMA-1はその好例だ。しかし、現在はエレガンスが現れ始めたように、今後のファッションに必要になってくるのは大胆でありながらも、その表現をより抑制したデザインだと私は考えている。大胆さと抑制。その両立がなされたファッションデザインである。

シルエット・色・柄・素材・ディテールなどスタンダードウェアを構成する要素に、通常のスタンダードウェアとは異なる要素を大胆に取り入れる。ここまではエクストリームと同じ。しかし、大胆さを控えめに抑えてシンプルな服の印象に留める。スタンダードウェアでありながら、これまでのスタンダードウェアには感じられないイメージが感じられ、これまでのスタンダードウェアのイメージを崩し、曖昧化する。

「これって、トレンチコードだけど、なんか今までのトレンチでは見たことない……」

そんな印象を抱かせる服だ。それを私はアブストラクト・スタンダードと称している。そして、これからの時代を考えると、アブストラクト・スタンダードにはいっそうエレガンスの要素が求められる。

次の時代のファッションスタイルを考えている人々が、世界中に存在するだろう。私もそのひとりで、自分なりに考えている答えの一つがアブストラクト・スタンダードだ。では、それは具体的にはどういったデザインになるのか。「今のエクストリームと言われるデザインと何が違うのか?」という疑問も生まれる。アブストラクト・スタンダードの具体例とも言えるデザインが、今回のアンダーソンだった。しかも、アンダーソンはファッションデザインのトレンドをなぞった提案をしただけでなく、現代の時代感を服に取り入れていた。いくつもの要素が重なり合いながらも、シンプルな服の形に着地させていた。それが、アンダーソンのコレクションにあれほどの高揚感を僕が感じた理由だった。

僕はアンダーソンの本質は「グロテスク好き」だと感じている。その嗜好から作り出さられる異形こそがアンダーソンのデザインの特徴だ。それが、私がJ.W. アンダーソンを「21世紀のコム デ ギャルソン(Comme des Garçons)」と呼ぶ理由でもある。抽象的で大胆な造形を(時には気味悪さも伴って)、ノームコア時代を経た現代に合わせたモダンな異形としてデザインするのが、ジョナサン・ウィリアム・アンダーソンという人間だ。

しかし、ピッティで発表されたメンズスタイルは、アンダーソンの特徴である抽象造形がかなり抑えられていた。いや、ほぼ消えていたと言っていいだろう。「グロテスク好き」という嗜好を別の手法で、アンダーソンは表現していた。それがプリントとパッチワークである。

デニム、ライダース、Gジャン、Tシャツなど、いわゆるベーシックと言われるアイテムが、今回のアンダーソンではベースとなっている。しかし、いつものアンダーソンのように抽象造形を取り入れてベーシックを形作るのではなく、今回のメンズコレクションでは、あくまでもベーシックアイテムの残像は強く残したまま完成させている。アンダーソンがここまでベーシックアイテムの匂いを強く感じるデザインをするのは、非常に珍しい。

前回の2017AWメンズコレクションと比較すると、その違いは顕著に感じられる。今回の2018SSメンズコレクションは、まるでアンダーソン初期のコレクションを思わすデザインだ。初期のアンダーソンはベーシックアイテムをベースにデザインしていて、後のジェンダーレスや抽象造形のデザインとは大きく異なっている。今回の2018SSメンズコレクションは、初期のアンダーソンが時間を経て、現代の感覚をたっぷりと盛り込んで蘇ってきたデザインとも言えよう。

メンズにおいてボトムは、時代感を強く表す重要アイテムである。アンダーソンが今回発表したボトムは、デニムとショーツを軸にして、ワイドパンツを挟み込んでいた。ボトムシルエットは、現在のビッグシルエットの名残を感じるようにボリューム感はありつつ、リラックスできるゆとりがあるもの。1ルックだけスリムパンツを確認できたが、脚にフィットする極細シルエットのスキニーではなく、布が歩くたびに揺れる量感を含んだシルエットだった。

ショーツは、メンズでは珍しいハートモチーフのプリントが施されているデザインが多い。ハートモチーフはショーツに留まらない。シャツやスウェットにも及び、トレンチコートやライダースといったアウターにまで波及していく。

印象的なルックを一つあげたい。シルバーのハートモチーフをプリントし、ロールアップされた濃いベージュのワイドパンツ、インナーには白黒のボーダーTシャツ、黒地に赤いハートが全面にプリントされたライダースの3アイテムを合わせたものだ。ベーシックアイテムをベースにしてリアルを維持しつつも、メンズスタイルでありながら、ここまでフェミニニティを大胆に取り入れてファンタジーを感じさせるデザインは卓越している。またそのファンタジーがジェンダーレスという時代感に通じる点が心憎い。

現代のジェンダーレスの始まりは、男性にウィメンズアイテムをそのまま着用させ、賛否を巻き起こしたアンダーソンのかつてのコレクションに端を発している。そう言って差し支えないだろう。前回のタイトル「ヴェトモン再考」で僕は、アンダーソンはヴェトモンよりも影響力が弱いと言ったが、それは訂正したい。現在のジェンダーレスの潮流を作り出したのは、間違いなくアンダーソンであり、ヴェトモンよりも影響力が弱いとは決して言えないものだった。

ジェンダーレスの影響は、街並みの景色にまで及んでいる。最近は、容姿と服装だけを見ても女性なのか男性なのか、一見しただけでは判断できない人たちが増えてきた。新しい人間像が生まれて始めているのだ。それに応じて、社会も変わり始めている。大げさに聞こえるかもしれないが、変化してきた社会の一因にアンダーソンは関係しているのではないだろうか。ファッションはすでに時代の中心ビジネスではなくなったが、社会への影響力は未だ大きい。服装を変えるという力は、侮ることができない。

2018SSメンズコレクションで、気になったデザインは他にもある。昔のアメリカの広告に出てくる写真やロゴをモチーフにしたプリントアイテムだ。コカコーラを連想させるロゴをプリントした生地でパッチワークしたデニムや、アンダーソン自身に見える人物を昔のアメリカ広告風に描写したプリントTシャツも確認できる。それらのスタイルに漂うのはレトロな空気で、懐かしさが香ってくる。

情報が次から次へとあふれる今、日本国内で例をあげれば「写ルンです」が再び流行りだしたように、過去が新鮮に見えるという価値観が生まれている。アンダーソンが発表したレトロなプリントは、現代の時代感を捉えた流れにも組み込まれる。

そして最後に注目したいのは、テーラードジャケットが1着も発表されなかったことだ。

元々、アンダーソンはジャケットをデザインしないことが多い。ジャケットを着ない人のための服を提案しているのが、アンダーソンのメンズスタイルといってもいい。しかし、今回、最新コレクションを発表した場所はピッティだ。クラシックなスタイルが歴史であり主役となるピッティで、メンズの基本ともいえるテーラードジャケットを発表しない。モデルたちが履いていた靴はスニーカーかサンダルで、とてもカジュアル。ライダースにデニム、Gジャン、スウェット、Tシャツと、アメリカンライフスタイルの象徴とも言えるカジュアルアイテムばかりが発表された。

それらのメンズアイテムにフェミニンなハートモチーフをプリント&パッチワーク使いを施し、ジェンダーレスな空気を醸す。ハートモチーフのパッチワークはパンツやシャツだけでなく、Gジャンやトレンチコートにまで使う大胆さ。しかし、大胆ではあっても、常軌を逸するほどではない。その効果に一役買っているのが、ベーシックアイテムのイメージをしっかりと留め、リラックス感が漂う、ほどよいボリューム感のシンプルなシルエットだ。

ジェンダーレスな空気と、クリエイティブを楽しむ人々の服装に必要とされるリラックス感を、シルエット自体はベーシックアイテムの形状を崩さないバランスでデザイン。それらの服をスタイリングしたモデルたちが、フィレンツェの空の下、歩いていく姿の美しさが僕にこう伝える。

「今後はますますカジュアルなスタイルが必要となってくる」

J.W.アンダーソン2018SSコレクションは、現代の時代感を捉えた今後の未来を予見するコレクションだった。

このコレクションを見てすぐに浮かんだ言葉が、Twitterでも真っ先につぶやいた「パーフェクトな解答」だった。トレンドを踏まえながらアブストラクト・スタンダードを作り上げ、それでいて時代感を多重的に盛り込む。

そのようなデザインを、アヴァンギャルドに振れた造形ではなく、ベーシックアイテムの枠の中で表現した造形に着地させていることが、本当に見事だった。アンダーソンのスタイルが、過去のコレクションとは違う形で披露されたニュースタイルだったからこそ、僕はここまで魅了されたのだろう。

以前、アンダーソンは「high fashion ONLINE」のインタビューで次のように語っていた。

high fashion:あなた自身が客観的に見た場合、J.W. アンダーソンをどのようなブランドだと思いますか。

アンダーソン: 何か新しい。ハイコンセプトでベーシックなブランド。 何か一つでも新しいアイディアを見つけられたらそれだけでそのシーズンは大成功。コレクションには、J.W. アンダーソンがどこへ向かっているのかを伝えるメッセージを含ませたいと思っています。だからこそ、常に「NEW」な何かを含ませたい。新しいポケットなのか、カットなのか、プロポーションなのか、常に新しい何かを探しています。ファッションはやり続けなければならないし、「SOMETHING NEW」を与え続けなければそれはファッションとは言い難いとさえ思うんです。

high fashion 「J.W. アンダーソンが目指す究極のモダニティとは」より

J.W. アンダーソンのブランドコンセプトを、過去最高のクオリティで実現したピッティのコレクションについて書いた文章には、アンダーソン自身がかつて語った言葉こそがタイトルにふさわしい。

アブストラクト・スタンダードとは、今回のアンダーソンのようにベーシックの形を保つと同時に、素材に表情を出すデザインなのかと尋ねられたら、それは一つの例だと僕は答える。僕自身、まだまだ模索中だ。いったい何がアブストラクト・スタンダードの条件を満たす基準となり得るのか。正直、明確には見えてない。

素材以外のアプローチも考えられる。僕が注目するのはフォルムだ。フォルムによってこれまでのベーシックのイメージを曖昧にし、新しいベーシックの印象を抱かせる。僕はそんな服の登場を待ち望む。ベーシックであるがゆえに、デザインの差異をフォルムで表現できると、大きな効果が得られるのではないかと予想する。フォルムで軸にするとなると、パターンの洞察と視点が必要になる。これからは、確かな服作りのスキルを持ったデザイナーも必要になるだろう。これまでのデザイナーとは異なる、あらゆる発想と視点を持つことが前提としてありながら。

フォルムへの挑戦が、ファッションデザインの歴史だった。その後、アイデンティティの表現を武器とするアントワープ勢の登場で、ファッションデザインの見方が変わる。しかし、ヴェトモンの登場以降、再びフォルムがファッションデザインのキーとなる時代が始まったように感じている。そういう意味では、フォルムの巨大化と抽象化が突き進む現在のコム デ ギャルソンは、リアルから外れているために時代のメインストリームになる可能性は低いだろうが、時代の先を進んでいるのかもしれない。

現在、ファッション界で最大の影響力を発揮しているのは、デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)率いるヴェトモンで間違いない。彼らの動向は常に注目が集まり、ヴェトモンの提案するデザインが、世界で唯一の正解のごとく、世の中のファッションデザインがヴェトモンの世界に引っ張られていく。ヴァザリアが与える影響力の大きさは、まさに一時代を築いた帝国そのものだ。

しかし、時代が変わりつつあるこの瞬間にきて、ヴァザリアと比肩する才能が、ヴェトモンの帝国を崩すべく、いよいよ解放されてきた。底知れない才能の奥深さを世界に披露する時がきた。ジェンダーレスなコレクションで話題になっていた時、その手法が安易に感じられ、才能に疑念を投げかけた、かつての僕は見誤っていたと言うほかない。ジョナサン・ウィリアム・アンダーソン。彼は天才。その言葉だけが、アンダーソンにふさわしい称号だ。

〈了〉

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