時代性を獲得するイッセイミヤケのメンズウェア

AFFECTUS No.134

今、一人の消費者として気になるメンズウェアがある。それは「イッセイミヤケ(ISSEY MIYAKE)」だ。イッセイミヤケのDNAと言えば、先端技術や日本伝統の技法を硬軟自在に取り入れた素材だろう。精緻な研究が凝縮された素材は、イッセイミヤケの根幹を成していると言える。

しかし、ここで主観を述べさせてもらえれば、僕はイッセイミヤケの素材が苦手だった。服の素材というよりも、布という物体にフォーカスを当てたプロダクトデザインのように思え、あまりに素材のインパクトが強く、服そのものに魅力が感じられることが僕にはなかった。服のための素材ではなく、素材のための服とでも言えばよいだろうか。

しかし、僕がイッセイミヤケに抱いていた感覚に変化が生じる。その要因となったのは、2014SSシーズンにメンズラインのデザイナーに就任した高橋悠介のデザインに他ならない。

なぜ、それまで苦手であったイッセイミヤケの服に魅力を感じるようになったのか。僕個人の感覚を深掘りすることでデザインの価値が何を理由に変遷していくのか探っていき、イッセイミヤケのメンズデザインを改めて紐解いてみたい。

今回は、近年の中でも僕が特に秀逸だと感じる2019SSメンズコレクションを軸に述べていこうと思う。

高橋以前の、僕にとってイッセイミヤケのコレクションは、素材の可能性を探求するプロダクトデザインだった。だが、高橋のデザインには「スタイル」が先立つ。イッセイミヤケの世界観を反映しながらも、彼自身が今の時代にクールだと思えるファッションを打ち出しているように僕は感じる。

なぜ、そのように感じたのか。それはファッションデザインのコンテクストがデザインの中に入り込んでいるからだ。

2019SSコレクションでは、ストリート・デコラティブ・ビッグシルエット・アグリー(ugly:醜い)といった現在のファッションデザインのコンテクストが高橋流に解釈され、シックな大人の気品を漂わせながらも(従来のイッセイの顧客にマッチするであろう匂い)、ゆったりとしたシルエットにカジュアルな装いがストリートの残像を刻むスタイルとして(イッセイに新しい顧客を惹き寄せる要素)、イッセイミヤケならではの装飾性に満ちた素材がある種の癖=アグリー(現在のコンテクストの主流)を帯びながらブランドの中に昇華されている。

これはもちろん僕個人の解釈になり、高橋の意図とは違うかもしれない。しかし、以前のイッセイミヤケのコレクションを見ているとコンテクストを意識していないように見えた。ファッションデザインの時代的流れとは距離を置き、ブランドのビジョンを探求する。そう形容したくなるコレクションが僕の中のイッセイミヤケだった。

イッセイミヤケのビジネスが継続していることを考えれば、その姿勢から生み出された商品にはニーズがあることの証明だと言える。しかし、一方で僕はコンテクストを取り入れることでイッセイミヤケのメンズデザインは、さらに魅力を増したのではないかという思いもよぎる。

コンテクストに乗ることは、ファッションデザインにおいて最も重要だ。なぜならファッションの価値を決めるのはデザイナーやブランドではなく、消費者でもなく、コンテクストだからである。

去年は好きで着ていた服が、今年はダサく感じられて着たくない。あるいはその逆もある。その気分を左右するのはコンテクスト。ファッションデザインの流れが人々の感覚に染み込むことで「着たい服」「着たくない服」が移り変わるのだ。

ファッションは「好き」という感情が重要なカテゴリーである。デザイナーの「好き」が時代とマッチしているときは、好循環をもたらす。しかし、デザイナーの「好き」が時代との齟齬を起こせば、悪循環をビジネスにもたらす。どんなに優れた実績を持つデザイナーであっても、その感覚に時代とのミスマッチが生じれば、売上の低下という結果でビジネスに如実に現れる。

今どのようなファッションデザインに人々が価値を感じて、これから人々が価値を感じるであろうファッションデザインは何か。そのようなコンテクストを捉えるスキルと、捉えたコンテクストを「自らの好き」を通して解釈するスキルこそが、ファッションデザインに価値を生む鍵となっている。

フォルム・素材・スタイルといったファッションデザインを構成する各要素で驚きを感じたとしても、それが消費者に購買意欲を刺激する高揚感をもたらすとは限らない。コンテクストと隔絶したデザインに、商品としての魅力は立ち上がりにくい。

僕は、これまで様々なブランドのデザインを言語化を繰り返している過程で、市場で人気となるデザイン・ブランドにはコンテクストとの関連性があることに気づく。コンテクストとの関連性がないと、驚きはあっても新鮮味が失われてしまう。

僕なりの考えで言えば、ファッション性とは何かというと、コンテクストを取り入れているかどうかということになる。高橋はそのスキルが秀逸だ。イッセイミヤケのオリジナリティあふれる素材がイッセイスタイルの中でアグリー的要素を果たし、軽快なカジュアルウェアが現代を捉え(2019SSコレクションでは色に白を多用することでエレガンスもにじませ)、今を生きる消費者にファッション的高揚感を起こす。以前は時代と隔絶したように思えたイッセイミヤケのメンズデザインに、高橋は時代を手繰り寄せる。

高橋のデザインにストリートの残像があるように感じるのは、ストリートの象徴となるシルエットの緩さがありながらも、そのシルエットをスウェットやフーディなどストリートのシグネチャーアイテムで表現するのではなく、シャツとパンツというクラシックなスタイルをベースに表現しているからであろう。

これまでのイッセイミヤケの顧客層を思えば、大人の佇まいは必須に違いない。現代のコンテクストにおける重要なストリート、その中からビッグシルエットを抽出する。シルエットの緩さは、イッセイミヤケにおいては伝統的なものであり、ブランドとの相性の良さがある。

ブランドと相性の良いコンテクストの要素(シルエットの緩さ)が軸として存在し、その要素をストリートのシグネチャーアイテムではなく、イッセイミヤケのDNAを体現するクラシックなアイテムで表現する。このアプローチが、高橋のスキルで秀逸な点である。

「デザインの価値が何を理由に変遷していくのか」

その問いに対する私の答えは「コンテクスト」になる。

高橋がデザインするイッセイミヤケのメンズウェアは、コンテクストを巧みに取り入れ、自らの解釈を我々の前に提示する。提示された服には、現代性が強く帯びている。

その現代性こそが、僕にイッセイミヤケのメンズウェアに魅力を感じさせた要因であった。癖のある外観を持つ素材で彩られたイッセイのシャツに、僕は袖を通してみたくなっている。自分にとっての新しいスタイルが、そこにはあるのではないか。そんな新しさとの出会いが、ファッションを楽しませてくれる。

〈了〉

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