新しい時代が訪れる今、ケンゾーをどう更新するだろうか

AFFECTUS No.162

「ケンゾー(KENZO)」のクリエイティブ・ディレクターを8年間務めてきたキャロル・リム(Carol Lim)とウンベルト・レオン(Humberto Leon)が退任することになり、その後任には堅実な実力を備えたデザイナーが指名された。

そのデザイナーとは2010年から2018年まで「ラコステ(LACOSTE)」の前クリエイティブ・ディレクターを務め、ブランドの売上高を10億ユーロから20億ユーロにまで倍増させたフェリペ・オリヴェイラ・バティスタ(Felipe Oliveira Baptista)。

キャロルとウンベルトは「ダサいことがカッコイイ」というトレンドを、世界でいち早く着手したと言ってもいい。二人がケンゾーのディレクターに就任した当時、現在ほどロゴや柄などのグラフィックが人気の時代ではなかった。二人によるケンゾーのコレクションがスタートしたのは2012AWシーズン。2014年ごろから装飾性が皆無のノームコアがトレンドになる時代だったが、キャロルとウンベルトはデビューコレクションから早すぎるぐらいに早い感覚を見せつける。

虎と「KENZO」のロゴを大胆にフロントの前面に刺繍したトップスは、迫力あふれるデザインで「ダサさ」をモードの舞台へと昇華させ、その早すぎる感覚に飛びついたのは、成熟した大人たちのケンゾーの従来の顧客ではなく、新しい感覚が大好きな若者たちだった。新生ケンゾーのデザインは、前任のアントニオ・マラス時代の顧客を離散させたかもしれない。しかし、それ以上に新しい顧客を引き寄せた。キャロルとウンベルトの大胆な手法によりケンゾーは一躍人気ブランドとなり、以降2桁成長を続け、売上高は3億〜4億ユーロ(約366億〜488億円)にまで達する。

ダサさがカッコイイという感覚は、その後2014年にデビューしたヴェトモンのデムナ・ヴァザリアの手によってさらなる進化を遂げ、ストリートウェアがダサさを新時代の美意識としてファッション界を席巻していく。

そしてそのトレンドが、新たなる進化を見せようとしているのが今。ダサさはエレガンスをまとい始める。ストリートからフォーマルへ。トレンドを支配していたストリート発のデコラティブなデザインは、エレガントなスタイルとの融合を始める。

その時代の変わり目に、時代をリードしてきたブランドのケンゾーのディレクターに就任したのがフェリペである。フェリペの前任としてラコステのディレクターを務め、ブランドを飛躍させたのはフェリペの師匠でもあるクリストフ・ルメール。ルメールがエルメスのアーティスティック・ディレクターへ就任することに伴い、フェリペは彼の後を引き継ぐ。そしてルメール以上にブランドを飛躍させ、見事な成果を出したフェリペだが、彼の名は日本では思ったほど知られていないように思う。そこで今回はラコステのコレクションをベースに、フェリペのデザインを探っていきたいと思う。

彼はラコステでどのようなデザインをし、ブランドの圧倒的成長を作り出したのだろうか。

フェリペはファッション界では注目のデザイナーだった。彼の名が知られるようになるきっかけは、2002年にイエール国際モードフェスティバルでのグランプリ獲得。新しい才能を発掘することでは世界屈指のコンペであるイエールでグランプリを獲得したことで、その名は業界に知られるようになる。

イエールでグランプリを獲得したコレクションは、フリルを多用したディテールが、カッティングに妙があるリアリティあるスカートやジャケットに侵食し融合するデザインで、不可思議な雰囲気が立ち上がっている。

その後2003年からフェリペは自身の名前を冠したシグネチャーブランドをスタートさせるが、2014年にブランドの活動を休止させ、以降はラコステの仕事に集中する。

フェリペが手がけたラコステのコレクション、8年分の全ルックを見ていくと、その特徴が浮かび上がってくる。彼は幾何学的な柄と、赤・青といったスポーツテイストの色をミックスし、直線的切り替えを多用したデザインを幾度なく披露している。その装飾要素を、リラックス感はあるがルーズではないスマートなイメージを抱かせるシルエットに乗せて、クリーンに仕立てている。

イエールのコレクションではフリルとリアリティあるアイテムをミックスしていたが、ラコステでも色・幾何学的な柄・直線的切り替えと構成要素は違えど、イエールと同様に「ミックス」をデザインの軸に添えていた。

前任のルメール時代のラコステと比較し、何が変わったのだろうか。ルメールのラコステは、上品さが際立つ。その後ルメールが手がけるエルメスのスポーツテイストバージョンとも表現できるデザインだ。富裕層が余暇に楽しむスポーツウェアとでも呼べいいだろうか。ラコステは、テニスプレーヤーのルネ・ラコステが創業した歴史が示すように、スポーツがブランドのDNA。スポーツブランドからこのような上品な佇まいの服をデザインしたことに新規性があった。マーケットに新しい価値を作ったからこそ、ルメールのラコステはビジネスが成功したのだと思う。

スポーツウェアが持つクリーン&リラックスは魅力的だが、街で着るとなるといささか野暮ったい。その野暮ったさを美しく転換させたのがルメールのラコステだと言える。

そして、後任のフェリペはラコステのルメールをマス向けにデザインを更新する。ルメールよりもカジュアルにし、スポーツテイストを強めているのだ。

フェリペによるラコステは2012SSコレクションからスタートするが、デビューコレクションから変化が読み取れる。代表的なのはラガーシャツだ。色を2色使った太幅のボーダーポロシャツ。このカジュアルなラガーシャツをベースにしたアイテムを、フェリペは通常の着丈のシャツタイプと膝上丈のミニワンピースタイプの2型をウィメンズで発表する。

このアイテムが象徴的になり、ルメールのラコステよりもグッとフレッシュになると同時にカジュアルさが増して、ブランドの間口が広がる。もう一つの特徴であるスポーツテイストの強まりは、具体的にどのようにデザインしたかというと、スポーツウェア独特の複数色を使った切り替えで表現されている。

サッカーやバスケなどスポーツのユニフォームを思い浮かべてもらえると、色を数色使って切り替えを入れているデザインが多いことに気づくと思う。スポーツならではの特徴をフェリペはデザインに取り入れ、ルメール時代よりもスポーツテイストを強くする。

かといって、待で着ることを躊躇う本格的なスポーツウェアではなく、街で着られるデイリーウェアを軸にして取り入れているため、着用のハードルは低い。ルメールのラコステは、たしかに上品で美しい。しかし、フェリペのデザインを見た後だとマーケットを絞るように感じられてくる。

フェリペはウィメンズで度々、スリムなシルエットのミニワンピースを発表している。色の切り替えを用いた、スリムなシルエットのミニワンピースを発表し、それが実に軽快でスポーティ。このデザインを見ていたら、アンドレ・クレージュの名前が浮かんできた。

1960年代、オートクチュールという贅沢の美を競う舞台で初めてミニスカートを発表し、独特の切り替えと色使いは未来の服をイメージさせる軽快さと斬新さがあった。フェリペのラコステは、クレージュの未来派な一面を感じさせる。クレージュのデザインを現代的にしてスポーティにしたようだ。

コレクションを重ねるとフェリペが登場させてきたのが、幾何学的な柄だった。これが「わかりやすいデザイン」にさせない特徴を生んでいる。消費者が着るシーンと着方に迷わない、わかりやすいデザインは重要である。しかし、ラコステがコレクションを発表しているのはモード。モードにおいてわかりやすさばかりでは、評価を高めることはできない。

「いったい、これは何?」

そういった類の疑問を抱かせる要素も、モードのデザインには必要である。その疑問が魅力となってブランドの価値と注目を高める。それがビジネスにもつながっていく。

フェリペは疑問を幾何学的な柄を用いてデザインし、軽快でスポーティなデイリーウェアに取りれることでモードに必要不可欠な要素の吸収に成功する。そのデザインは、現代アーティストが衣服をキャンバスに見立て抽象画を描いているような雰囲気を感じる。

フェリペがラコステのディレクターを務めた2010年から2018年の間に、ビッグトレンドがいくつも生まれた。ノームコア、ストリートウェア、ビッグシルエット、ロゴ、グラフィック、ダサさ、ダッド(お父さん)スタイル……。それらのトレンドはファッションのカジュアル化を進行させ、人々の服装はよりカジュアルになっていく。人々の服装の変化は、IT企業の躍進も大きい。カジュアルウェアで働くIT企業の人々の服装は、その事業が世界の中心となると共に一般社会へも浸透していく。時代はそのようにして、ファッションを変化させてきた。

フェリペのデザインは、そのよう時代変化を捉えながらも、トレンドに染まり切ることなく、ラコステのDNAを軸に据えてブランドの顧客が拡大できるように、よりマスマーケット向けにカジュアルとスポーツ、両方の濃度をルメール時代よりも高めてデザインを更新した。このあたりにフェリペのラコステの飛躍があったのではないかと考えられる。

ラコステのデザインを見る限り、ケンゾーでフェリペは大胆に刷新する手法は行わないだろうと推測する。キャロルとウンベルトの作り上げたケンゾーを、ラコステがそうであったようにトレンドとの距離感を絶妙に取りながら、装飾系エレガンスが登場し始めた今、そのトレンドを見据えながらケンゾーをマス向けに進化させるのではないだろうか。もちろん、モードの舞台にふさわしい要素を取り入れながら。

フェリペによるケンゾーのデビューコレクションは2020AWコレクションだ。ファッション界を席巻したストリートウェアから、その装飾性を引き継ぎながらエレガンスなスタイルを生まれ始めた今、フェリペはどのようにケンゾーを更新するのだろうか。その聡明さで、ラコステに続いてケンゾーもさらに飛躍させるのだろうか。

デビューコレクションを楽しみに待ちたい。

〈了〉

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