キコ・コスタディノフがデザインを変貌させたことに関する推測

AFFECTUS No.163

これまで何度か書いてきたキコ・コスタディノフを、再び書こうと思った理由は先日のある出会いがきっかけだった。

ある方の紹介で、これからブランドをスタートさせて起業しようとする若者と会ったのだが、彼と服のデザインについて4時間ほど話すという久しぶりの長時間に及ぶファッション会話を体験する。会話の中でキコ・コスタディノフが話題になり、キコの影響力の大きさを改めて考えさせられた。

現在のキコ・コスタディノフはデビュー当初のデザインから明らかな変化を遂げ、変化の振り幅に正直僕は驚いている。「はたしてこれは売れるのだろうか……」と一抹の不安を覚えるほどに。この不安も、僕がキコを再び書きたい(考えたい)と思うようになった動機だ。キコ・コスタディノフはセント・マーティンズ在学中にステューシーのリメイクアイテムで一躍名を馳せ、泥臭く野暮ったいはずのワークウェアをモードなカッティングによってクールなファッション性を帯びさせ、若くしてスターデザイナーになった人物である。

だが、ショーデビューから5シーズン目となる2019SSコレクションになるとワークウェア色が薄くなり、それまでとは異なるインスピレーションを得て創作したかのような未知で不可思議なデザインを披露するようになる。そのことはキコ自身も言及している。

「多くの人が僕のデザインのベースにワークウェアがあると言うけど、きっと3年前の卒業コレクションを見てのことだと思う。実際に最近のコレクションではワークスタイルというのはあまり出していないと思うし、さっき言ったように、毎シーズンで新しいストーリーを考えるわけだから。6カ月という時間で多くのことは変わっていくから、その間にたくさんの経験、対話、議論をすることで変化していくことが大切だと思っている」VOGUE「スニーカーは即完売。気鋭デザイナー、キコ・コスタディノフの実力。」より

ワークウェアから離れていく傾向は2019SSコレクション以降のシーズンでも継続され、7回目のショーとなる2020SSコレクションではキコ流アヴァンギャルドスタイルの完成形に到達したと言ってもいいほどに、以前のワークウェアスタイルの面影は消失している。

なぜ、このようにキコはデザインを変貌させたのか。とりわけデザインを変貌させてきた2019SS・2019AW・2020AWシーズンの3コレクションを詳細に観察しながら、キコがデザインを大幅に変化させた理由を勝手ながらに推測していきたいと思うが、今回はデザインだけでなく、キコがインタビューの中で述べてきた言葉もピックアップし、彼がデザインを変貌させた理由を考えていきたい。

キコがデザインが変化させた3シーズンにおける各シーズンのインスピレーションソースは下記になる。

*2019SSシーズン
・ドイツのアーティスト、マルティン・キッペンベルガーの1994年のインスタレーション作品「フランツ・カフカの“アメリカ”のハッピーエンド」
・インドのガンジス河

*2019AWシーズン
・1960年代のスリラー映画「Midnight Lace(邦題:誰かが狙っている)」
主演の女優ドリス・デイ(Doris Day)が演じるヒロイン
・日本のホラー映画「リング」
・アメリカのファッションデザイナー、アイリーン・レンツ(Irene Lentz)

*2020AWシーズン
・Netflixドキュメンタリー「7 DAYS OUT(邦題:本番まで、あと7日)」で、アメリカの競馬レース「ケンタッキー・ダービー」をテーマにした回
・アイルランド・アメリカ・イギリス合作映画「The Favourite(邦題:女王陛下のお気に入り)」

実質的なデビューコレクションだった2016年のセント・マーティンズMA卒業コレクションや、キコがショーでの発表を開始した2017SSコレクションは先述したようにワークウェアがデザインのベースとなっていた。色はネイビーやグレーといった渋く落ち着きのある色を軸にし、柄はほとんど用いることなく無地の素材を使用したデザインを発表している。その傾向は2017AW・2018SSシーズンまで続く。

キコのコレクションを僕は毎シーズンチェックしていたが、ショーを重ねる度に感じ始めたのは変化の乏しさであり、その乏しさからくる物足りなさだった。厳密に言えば毎シーズン変化はあった。2018SSシーズンにはSF映画のような未来的要素も感じられるデザインであり、このテイストは初期には感じられないものではあったが、あくまでワークウェアベースで無地素材を使う傾向に大きな変化はなく、変化幅は微小に留まっている。

だが、ショーを開始してから4シーズン目となる2018AWからデザインに変化が現れ始める。ブルーのブルゾンにブラウンの曲線の切り替えを大胆に挟み込んだり、色を複数色使うディテールや波紋状の柄のニットも登場させ、素材に多様な変化を見せるデザインを初めて披露する。

この2018AWコレクションがその後の変貌を予兆させるものになり、2019SSコレクションで本格的な変貌が始まる。

2019SSコレクションは、先ほど述べた通りドイツのアーティスト、マルティン・キッペンベルガーが1994年に発表したインスタレーション作品「フランツ・カフカの“アメリカ”のハッピーエンド」が着想源となっている。

「『フランツ・カフカの‘アメリカ’のハッピー・エンド(1994)』は、世界全ての雇用にとっての架空のユートピアを探求し、カフカの共同体的な仕事の面接のアイデアを美術作品に置き換えた。 このインスタレーションはさまざまに仕分けられたオブジェと家具からなっており、多数の面接を行う為の競技コートを思い起こさせるように整然と配置された。 そこには、チャールズ・イームズやアルネ・ヤコブセンなどの、20世紀クラシックデザインの40以上ものテーブルとその2倍の数の椅子があった。それらはフリー・マーケットで買われた中古品で、他人が作ったものを使うところが以前のキッペンベルガーの展示との共通点である」Wikipediaより

この説明文を読んでいるだけでも難解に感じられるが、キコはさらに難解さを重ねる。

キコはインドのガンジス河近くでの採用面接というシチュエーション設定を行い、そこからコレクションのデザインを発想していく。面接といってもネクタイにスーツというスタイルがデザインされたわけではなく、これまでのワークウェアをベースにしてインドモチーフの柄素材をミックスしたスタイルをデザインしている。その印象は西洋の服を自分流に着こなしたオシャレなインド人というものであり、私たちが想像する面接の服装とは異なる。カジュアルではあるが着用する服のチョイスとスタイリングに美意識を反映させたと言える匂いが、インドのガンジス河で行う面接というシチュエーション設定にふさわしいスタイルに感じられてくる。

しかしながら、コレクションのコンセプトからして難解であり、発表されたデザインもそれまでのキコのデザインとは異なるため、発表当時、僕は大きな戸惑いを覚え、このデザインが良いのかどうか判別できずにいた。

翌シーズンの2019AWコレクションは、ホラー映画から着想を得ているためにモデルたちは髪の毛で顔の全面が覆われ、その表情が隠れてしまっている(ヘアメイクを行ったのは、ジュンヤ・ワタナベとアンダーカバーのヘアメイクを担当していることでも知られている加茂克也氏)。色使いは黒・紫・グレーなどを軸にどの色も暗く渋い色味であり、コートやニットでは斜めに横断していく大胆な色違いの切り替えも登場し、服の装飾性が増すのと同時にコレクションに反映された不穏さと不気味さのイメージは、それまでのキコとは異なるイメージのコレクションに仕上がっていた。

ここまでくると、初期のミニマムなワークウェアテイストがかなり薄れたデザインとなっている。この傾向が直近の2020SSコレクションではさらに進行する。もはやワークウェアの匂いは消滅したと言っていいほどに。

デザインのベースは騎手が騎乗する際に着用する勝負服となる。赤・黄・ミント・ピンクという騎手の勝負服とはほど遠い明るく多色の色使いと、それらの色を用いた幾何学柄がアイテムの上に大胆であることを恐れない挑戦的な配置が成され、騎手とは思えないアヴァンギャルドなファッションへと到達している。

なぜ、キコはここまでデザインを変貌させたのだろうか。それは彼のインタビューをたどっていくと感じられてきた「他者とは違うことを望む性格」が一因していると思われる。

そもそも、キコがデザインを変貌させたのは今回が初めてではない。冒頭で述べた通り、キコの存在が世界に知られるきっかけになったのはステューシーのリメイクだった。ステューシーのフーディの素材を大胆に切り替え、布の端がほつれないようにかがったロックミシンの糸始末を表に出したデザインは、手仕事感が感じられるものであり、ステューシーのアイテムを使用しているがゆえにストリート色も強い服だった。

だが、後に開始するシグネチャーブランドではデザインを一変させる。ワークウェアをベースとしたデザインに。そのデザインからは、ステューシーのリメイクアイテムのデザインを思い浮かべるのは不可能だった。キコは新しいスタイルを披露したのだ。

今回の変貌もキコにとっては当然の成り行きなのだろう。キコは自身のイメージが固まり始めると、そのことを嫌うようにデザインを大胆に変化させる。キコは大胆さを好む。2019AWコレクションの際に、彼はこう述べている。

「近頃のアメリカのデザインは大胆さに欠ける。一時代に影響を与えたアメリカのデザイナーを参考にしようと思ったんだ」HYPEBEAST「現代のアメリカのデザインに物を申した Kiko Kostadinov 2019年秋冬コレクションの舞台裏に潜入」より

この時、参考にしたアメリカのデザイナーとはアイリーン・レンツのことである。アイリーンは1930年代にハリウッド映画の衣装デザインを行っていたことでも有名なデザイナーで、1946年『郵便配達は二度ベルを鳴らす』では 主演女優のラナ・ターナーの衣装もデザインしている。

また他のインタビューでは、ショーで発表することについてこうも語っている。

「ただやるからには他とは違うことが感じられて、自分が一番見たいと思うショーをやりたいです」WWD JAPAN 「『マッキントッシュ』も惚れたロンドンの新星キコが描く未来とは?」より

マッキントッシュとのコラボラインがスタートする際に行われたインタビューでも、キコは独自な挑戦を行う重要性を説いている。

「これまで他のデザイナーがどんなことをしたか、何がすでに存在しているかを知って、同じことを繰り返さないことなんだ。このトラウザーズは持ってるなと思ったなら、もう同じものは作らない。いつもそういう風に考えてる。自分の好きな服を作り直すんじゃなくて、自分の好きな服と組み合わせられて、しかも衝突するものを作る。それが、今、僕がやるべきことだ。」SSENSE「MACKINTOSHが見込んだ奇才、キコ・コスタディノフ」より

現在、ファッション界をリードする存在はストリートブランドであり、そのリーダーと言える存在がヴァージル・アブローであるのは周知の通り。ストリートブランドのデザイナーたちのほとんどは、ファッションデザインの専門教育を受けたことはなく、独自にファッションデザインのスキルを磨いてきた。大学で建築を学んでいたヴァージル・アブローもその一人である。

キコのデザインアプローチは先ほど紹介したように、他のデザイナーがインスピレーションソースにしないであろう分野からアイデアを発想し、そこからさらにアイデアを膨らませて融合させるアプローチである。その方法によってキコのデザインにはオリジナリティが強く生まれている。

一方ヴァージルは、異なるアプローチを取る。ヴァージルはトレンド(コンテクスト的意味の)に対してかなり敏感で、トレンドを意識し過ぎたデザインになるケースもあり、ラフ・シモンズからも「オリジナリティがない」と批判されている。ファッションデザインにとってトレンドの把握は必須である。トレンドを捉えた上でデザイナー自身のオリジナリティを融合させることで、デザインが時代感と一致しながらも他とは異なる価値を帯び始める。それがヴァージルの場合、トレンドに寄りすぎてしまい、オリジナリティがぼやけて見えてしまうことがある。

ヴァージル・アブローがルイ・ヴィトンのメンズディレクターに就任し、デビューコレクションとなる2019SSコレクションを発表した時、キコは自身のInstagramアカウントでヴァージルがデザインしたルックにコメントをつけて、ストーリーズに投稿していた。そのコメントはヴァージルのデザインを賛辞する内容ではなく、作りの甘さを指摘する批判だった。

初のアフリカ系アメリカ人としてルイ・ヴィトンのディレクターに就任し、ショーを訪れた観客だけでなく多くのメディアも歓迎の声を送ったヴァージルが手がけたルイ・ヴィトンのメンズコレクション。だが、そのような背景は一旦脇に置いて、キコはデザインのみを直視し、自らの感じた疑問を言葉にしてヴァージルのデザインの甘さを明確に指摘した。今や世界から注目のデザイナーとなったキコが、そのようなことをすればリスクがあったことはわかっていたはずだが、キコは堂々と批判したことになる。

ここまで正面切って批判したことに僕はかなり驚いた。キコはロンドンの名門セント・マーティンズでBA(学士)と MA(修士)を修了し、いわばファッションデザインの正統派の教育を受けてきたデザイナーと言える。そのキコから見て、ヴァージルのファッションデザインには批判を抑えることのできないものがあったのだろう。

ヴァージルによるルイ・ヴィトンのメンズコレクションがデビューした2019SSシーズンは、キコがマルティン・キッペンベルガーの作品とインドのガンジス河というシチュエーションを融合したコンセプトで、明確にデザインのシフトを実行したシーズンでもある。

翌シーズンの2019AWでキコは、日本のホラー映画「リング」を参照するなど、他のデザイナーでは見向きもしないソースから着想を得る未知な空気に包まれたデザインを行う姿勢に拍車がかかる。そこに、ヴァージルのルイ・ヴィトンを見た影響があったように思えるのは気のせいだろうか。

「まだ他の誰もが実現させていないデザインを」

セント・マーティンズの教育で育まれたであろうキコに宿るモードの精神が、「ワークウェア」というイメージに固まり始めた自分へのイメージを壊したい衝動に駆り立て、そこにトレンドに近づきすぎてオリジナリティが曖昧に見えるヴァージルのデザインが、キコのモード魂にさらなる火をつけた。だからこそデザインの変貌が加速したと僕は推測する。

ケンタッキー・ダービーから着想を得たキコの2020SSコレクションは、他に類を見ない完全に唯一無二の真にオリジナルなデザインに到達している。服の外観は異なるがコム デ ギャルソン オム プリュスに通じる反骨精神が感じられる。ただ、懸念点もある。アヴァンギャルドなテイストがあまりに強いデザインのため、これが「ビジネス的に売れるのかどうか」という懸念点だ。

キコ・コスタディノフはリスキーなゲームに挑む。モードという名のフィールドで、彼を待ち受ける結果はどのようなものだろうか。

〈了〉

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