非現実ではなく現実に目を向けるピーター・ドゥ

AFFECTUS No.237

ファッションデザイナーは大きく分けて、二つのタイプがいる。一つは、歴史や旅行、映画などファンタジー的要素からインスピレーションを得るタイプ。そしてもう一つは、デザイナー自身が暮らす日々の日常から発想を生み出していくタイプである。2019SSシーズンのデビューから瞬く間に注目と人気を獲得していったピーター・ドゥ(Peter Do)は、後者のドゥ自身の日常からコレクションをデザインしていくタイプだ。

過去のインタビューでドゥは、自分が服を着る体験だったり、街で見かける人の着こなしだったり、自身の生活からインスピレーションを得ることを語っている。決して、18世紀のパリにデザインソースを求めるタイプのデザイナーではない。

では、新型コロナウイルスの影響によってドゥ自身の生活にも大きな影響を及ぼしたであろう2021SSシーズンは、以前のシーズンと比較した際にコレクションに変化は生まれていたのだろうか。ドゥのコレクションは、毎シーズン大胆に変化するものではない。少しずつ、継続的にデザインを更新していくコレクションだと僕は考えている。

そんな特徴を持つドゥのコレクションだが、2021SSシーズンはある変化が見られた。それはカジュアル化が進行し、しかし、ドレス化も進行するという矛盾の変化である。

2021SSコレクションで僕がすぐに注目したのがデニムだ。ドゥが初めて本格的に発表したデニムに、僕は大きな変化を実感した。基本的にドゥのデザインは、テーラードを軸にエレガンスを標榜するデザインである。デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)の「ヴェトモン(Vetements)」デビュー以降、世界はカジュアル化とアグリー化が進行する。フーディは時代のアイコンアイテムになり、これまで醜いとされていたものを新時代のエレガンスと提示するデムナのデザインは、世界中の人々の美意識をアップデートするほどに強烈で新鮮だった。

とりわけデムナの功績で最も大きいと僕が考えるのがアグリー(醜い)のモード化である。デムナはクリエイティブ・ディレクターに就任した「バレンシアガ(Balenciaga)」で、休日の父親のファッションスタイルを連想するダッドスタイルを打ち出した。これまでならクールと思われなかったはずのファッションが、デムナによってモードのステージに登場させられることで「ダサい」が「カッコいい」へと価値観が変わり、時代の先端的ファッションを着用する若者たちの間でダッドスタイルが浸透していった。

このアグリー化こそが僕が思うデムナ最大の功績であり、過去のファッション史を見てもダッドスタイルがトレンドを支配したことはなかった。デムナ・ヴァザリアというデザイナーは、ファッション史に名を刻むレベルだとさえ僕は思っている。

しかし、スタイルが移り変わっていくのがファッション。デムナ全盛のストリート×アグリー時代は次第に伝統のエレガンスへとシフトしていく。そんな時代の移り変わりに現れたのが、ピーター・ドゥだ。彼は、ストリート×アグリー時代に終止符を打つかの如く、テーラードをブランドのアイコンとし、都会に住む現代女性をクールに美しく魅せるファッションを提案し、瞬く間にファンを獲得していく。

そんなドゥのコレクションが、まさにカジュアルの王様と言えるデニムを発表したのだから、僕は意表を突かれた思いになる。もちろん、デニムといってもクールでシャープな先端性を備えたドゥがベーシックなジーンズを発表するわけない。褪せたブルージーンズが突如太腿のあたりから黒いデニムに切り替えられ、スラッシュが無数に入って糸が無数に解けているクラッシュなジーンズ、同様に褪せたブルーデニムを太腿のあたりから色の濃さの濃度をあげたブルーデニムに切り替えたジーンズや、色の濃度の高いブルーデニム部分にスラッシュを入れたクラッシュタイプも披露された。

コレクション全体を見れば、デニム素材がボトムとして発表された型数はとても少ないのだが、やはりデニムの持つ存在感は大きく、ドゥのコレクションにカジュアルな匂いがこれまでよりも明らかに強くなっていた。だが一方で、身体を沿ように流れていくスリムシルエットのロングドレスを発表し、カジュアルとは対局のエレガンスも両立させていた。しかし、美しく流麗なロングドレスではあるが、素材がカジュアルであり(ジャージだろうか?)、ネック部分もTシャツを連想させる首元の詰まったクルーネックであったり、伝統のエレガンスをカジュアルに料理している。

デニムとロングドレスという一見矛盾する構成に見えるが、カジュアルな素材とディテールをロングドレスに用いることで、ドゥはカジュアルの共通点を両アイテムに作り出していた。これまでテーラードを軸にエレンガススタイルを標榜していたドゥを思うと、今回のコレクションはカジュアルを明らかに加えている点が不思議である。

なぜドゥはカジュアルをコレクションに取り入れたのだろうか。そのヒントと思えるコメントが『AnOthermag.com』で語られていた。インタビュー記事 “How Emerging Designer Peter Do Is Creating His Own Rules”が発表されたのは2020年9月20日。世界に新型コロナウイルスが拡大し、ファッション界のコレクションシーンにも影響が明らかになっていた時期であり、すでにドゥが最新2021SSコレクションの発表を終えている時期でもある。

現在ドゥが住むアメリカ(NYが活動拠点)は、世界で最も新型コロナウイルスの影響を受けている国と言っていい。コレクション制作時期にはロックダウン(都市封鎖)が行われ、アトリエでの制作は不可能となり、ドゥは自宅で過ごさざるを得なくなる。

その生活はドゥのメンタルに変化をもたらしたようだ。ロックダウン中、ドゥは料理をすることが増え、エプロンを着用する機会が増えていった。2021SSコレクションのファーストルックにエプロンルックが登場するが、これはドゥが料理する時に身につけていたエプロンからイメージして生まれた。パンデミックの中、外出することをドゥは「究極の贅沢」だと捉えるようになり、ドレスアップすることへの思いから彼はエプロンにエンボス加工を施したレザー用い、エプロンをモード化した。

ここからは僕の推測になる。ドゥはロックダウンの生活をする中で、エプロンを中心としたカジュアルなファッションとライフスタイルを経験し、次第にドレスアップするエレガンスへの思いを強くなっていき、いわばカジュアルとエレガンスが混じり合った精神状態に陥り、このメンタルが2021SSコレクションに投影された結果が、デニムとロングドレスの登場だったのではないだろうか。日常からデザインの発想を得ていくドゥだからこそ生まれたコレクションが、2021SSシーズンなのだと僕は思えてくる。

僕はドゥのデザインが基本的には好きだ。しかし、物足りなさを感じる点もある。それはイメージ。ファッションデザインはイメージをデザインすると言ってもいいほど、新しい人間像を人々にイメージさせることが重要である。しかし、僕はドゥのコレクションからアグリーに美を見出したデムナのような、これまでの人間像を一新する鮮烈なイメージを感じたことがない。

感じたのは、現在を都会で暮らす女性たちをより美しく強く魅せることを目指しているような、アップデート感である。だから、僕はドゥのコレクションに好印象を覚えながらも、強烈に心揺さぶられる体験を未だ一度もしていない理由なのかもしれない。

だが、逆にこう思う。今は時代を新感覚にリードしていく強烈なイメージは必要ないかもしれない、と。今、自分が大切にする暮らしをより快適に美しく、心も身体もアップデートされていく感覚こそが現在のモードには必要なのではないか。もし、そんな時代ならばドゥのようにリアルな日常から人々の暮らしを思い浮かべ、その日々がアップデートされるようなイメージを届けることが、現代の、これからのモードに必要な時代が訪れているのかもしれない。とりわけ、新型コロナウイルスによって、自身の生活をより深く考えるようになった現代ならば。

強烈なイメージを感じさせない、現実的なイメージで世界へ影響を及ぼすファッション。もし、これが成功するならば、モードに新しいファッションデザインが登場したと言える。2021SSシーズン、僕はピーター・ドゥから過去にはない新しいファッションデザインの可能性を感じた。世界を変えていくものは、僕らのすぐそばに潜んでいるかもしれない。

〈了〉

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