AFFECTUS No.244
21世紀を迎えてから、今ほど「家」というものを意識した時代はなかったのではないか。それはもちろん新型コロナウイルスの影響によって、僕たちの生活が強制的に変えられた証明でもあるのだが、世界を不安と焦燥に駆り立てるウィルスはファッションにネガティブな側面だけをもたらしているわけではなかった。そう言うと誤解を招いてしまうが、ファッションは時代にもたされたネガティブな変化をポジティブに転換させるパワーを持っており、それは新型コロナウイルスでさえ例外ではない。
ファッションは時代に訪れた厄災をもエネルギーに変え、新時代の新ファッションを生み出そうと変化を始めた。
「エルメネジルド・ゼニア(Ermenegildo Zegna)」が発表した2021AWコレクションは、まさにファッションのパワーを証明していた。僕は錯覚する。男性モデルの装いは、明らかに外観がテーラードジャケットとパンツを組み合わせたスーツスタイルなのだが、僕に感じられたイメージはまったく逆のものだった。エルメネジルド・ゼニアの最新コレクションが、僕にはルームウェアに感じられたのだ。
家で過ごすにふさわしい服装というものがある。素材感とシルエットに求められるのはリラックス。外出着のように着用者に緊張をもたらさない安心と快適を体感させる服。素材は触れた指先を優しく撫で、シルエットは服の下の身体を締め付けることなく、肌から付かず離れずのボリュームで揺らめく。そのすべてが優しく、心地よい。
それが僕の定義するルームウェアだと言える。エルメネジルド・ゼニアのクラシックスタイルは、スーツであるにもかかわらずルームウェアの条件を満たしていた。だからこそ、僕にはスーツという外観から本来なら受けるはずのシックなイメージを抱くことなく、室内でベッドやリビングでくつろぐようなリラックスを感じてしまった。
コレクションを見ればアイテムにルームウェアと言えるデザインは皆無に等しい。かろうじてパンツとトップスに、ルームウェアとも言えなくはないデザインが見られるが、そのほとんどがエルメネジルド・ゼニアが常に発信するクラシックな美しさを備えた上質で上品な服たちだ。
しかし、アーティスティック・ディレクターのアレッサンドロ・サルトリ(Alessandro Sartori)は、素材とシルエットに安心と快適の解釈を加えることで、ブランドのDNAを新時代のファッションへと転換させた。シグネチャースタイルは変えずに、イメージを変える。イメージを変えるためにサルトリが選んだ手段は素材とシルエットの調整だった。
コレクションに使用された色は、グレー・キャメル・ブラウン・オリーブと渋く控えめな印象を抱きながら、素材の上質さが気品を訴えてくる。それら素材を使用して仕立てられたメンズウェア伝統のアイテムたちは、サルトリの手によって新時代の息吹を吹き込まれた。室内と室外の境界を曖昧化させ、男たちの行動をシームレスに外と内を繋いでいくためのツールともいえるファッションが、こうして生まれる。
外出着のような外観をしたルームウェアというイメージを僕が感じ取ったのは、今回のエルメネジルド・ゼニアが初めてではない。この体験を初めて味わったブランドは、ルーク・メイヤー(Luke Meier)とルーシー・メイヤー(Lucie Meier)による「ジル・サンダー(Jil Sander)」だった。ルーク夫婦のジル・サンダーとサルトリのエルメネジルド・ゼニアのニュールームウェアは、デザインの方向性は同じだ。派手さを抑えたベーシックな渋く気品のある色で上質で上等な素材が染められ、身体の上を流麗に流れていく適度なボリュームが備わったシルエットを、装飾性を排除して服として仕立てる。
そこに違いは見られないが、厳密に言えば違いはある。エルメネジルド・ゼニアの方がより外出着としての匂いが強く、その分ニュールームウェアとしての印象度が上がっている。外出着としての印象を強めた要因としてあげられるのは、ジャケットやブルゾン、コートといったアウター類の多さだろう。それが、ルーク夫婦のジル・サンダーよりもエルメネジルド・ゼニアの方にニュールームウェアとしての印象を強くした要因になっている。
家で体感できるリラックスを、もし外でも感じられる服を着たなら。僕なら外を歩くことが楽しく心地よいものに感じられそうだ。時代の変化はいつも良いことばかりとは限らない。まさに今がそうだ。時には非常にネガティブなことが襲ってくる。しかし、ファッションならネガティブをパワーに世界へ新しい価値観を提示し、人々の気持ちを高鳴らせることもできる。
時代の一歩先へ足を踏み出すためのユニフォーム。
サルトリによってデザインされたエルメネジルド・ゼニアのニュールームウェアを、僕はそう呼ぶことにしよう。未来は新しいファッションが切り拓く。
〈了〉