現代と古典と若者を愛するエディ・スリマン

AFFECTUS No.246

ドラムの音が鳴り響く中、映像は始まる。映し出されたのは1頭の黒い馬と5頭の白い馬。黒毛の馬にまたがる男性モデルは「CELINE」のロゴが白字でプリントされた黒い旗を右手に掲げ、雄大な威厳を持つ巨大な白い古城に向かって、隊を成す馬群の先頭を走っていく。彼の着用する黒い外衣の裾は駆け抜けていく馬の速度に呼応して翻る。

瞳に涙を滲ませる男性の表情が、闇の中に浮かび上がる。憂いを帯びた男性の目元をアップで捉えた映像をサブリミナル的に挟みながら、場面は切り替わる。建設からおよそ500年の時を経たシャンボール城で、ひとり佇むモデルへと。彼は歩みを始めた。ドラムの音にヴァーカルが重なっていき、最新2021AWメンズコレクションがスタートする。

次々に登場する男性モデルたちが着用する服から匂うのは1980年代の香り。華美と華飾が時代のファッションだった80年代の空気を、2020年代を迎えた世界の価値観に適合するよう調整されたスタイルが現代のトレンドを支配する。このトレンドをエディ・スリマン(Hedi Slimane)は巧みなまでに自分の世界とする。

シャンボール城の白い外壁とグレーの屋根からはシンプルなイメージを一瞬受けるが、画面に映し出される外壁や柱、手摺りにはレリーフ(浮き彫り)が至る所に施され、芸術家が巨大な城の彫刻を制作したかのような芸術性が迫ってくる。そして、シャンボール城の外観が備えた芸術性は、今回の「セリーヌ オム(Celine Homme)」にも共通してくる。

ブラックをメインカラーに、ボトムはスマートなシルエットで上半身にボリュームアップしたアウターを持ってくるスタイリングは、シックな装いとカジュアルな装いのミックス感が立ち上がる。今回頻出するアウターはブルゾンだが、そのデザインは無装飾でシンプルなタイプではなく、ロゴや柄、緻密なディテールの細工が施されたデコラティブなタイプである。

エディ・スリマンのデザインには現代と古典が交差していく。ショーに登場するモデルたちには、テーラードジャケットを着用している男性に通じるシックなエレガンスが表れているのだが、彼らの服装は一様にカジュアル。テーラードジャケットの重厚さとは無縁な軽快でラフなファッションで、現代の若者たちが愛するスタイルがそこにはある。

自分の美意識を、愛する若者たちの感性と時代の空気と一体化させながらデザインする。エディ・スリマンの姿勢は一貫している。そうして生まれたファッションは、時の若者たちの心を捉えてきた。

2018年にセリーヌのディレクターに就任後、デビューコレクションとなった2019AWシーズンから2020AWシーズンまでの4シーズン、エディはフレンチクラシックと呼べるスタイルを発表してきた。もちろん根底にはロックの香りを滲ませながら。しかし、2021SSシーズンに突如エディはそれまでのスタイルを大転換する。いや、原点に戻ったと言うべきか。

やはり彼にとって最も愛する大切な存在は現代の若者たちなのだ。彼ら彼女たちが夢中になるカルチャーもエディは大切にする。そんな姿勢を持つ彼だからこそ、TikTokをテーマに2021SSメンズコレクションを制作できたと言える。

しかし、エディは若者たちの感性やカルチャーだけを見ているわけではない。自らの美意識も同様に大切にしている。彼の服には古典的な美しさが滲む。前述のようにそれが例えどんなにカジュアルで、流麗さとは無縁なシルエットのスタイルであってもだ。「イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュ オム( Yves Saint Laurent Rive Gauche Homme)」時代や「ディオール オム(Dior Homme)」時代初期に見せていたクラシックスタイルと同じ香りが、現代の若者たちの生態を捉えてデザインされたセリーヌにも僕は感じられてくる。

エディ・スリマンの根底にあるのは、古典的な美しさを備えたメンズウェアなのではないか。その美意識を終始一貫して持ちながら、時代と若者たちの変化に適応しながら表現し、市場に発表していく。それがエディ・スリマンという稀代のデザイナーの姿なんだ。

ショー映像はフィナーレに近づく。場面は再び切り替わる。時刻は夜となり、シャンポール城の上空には夜の闇が覆い、月あかりがほのかに照らす景色は雄大さが漂う。そして城下には松明を掲げた無数のモデルたちが、整然と列を成してゆったりと歩みを進める。その風景を上空から捉えた映像が画面に映し出され、闇の中灯された蝋燭のようにゆったりたゆむ炎は美しい。次第にアングルは遠ざかっていき、シャンボール城と松明の炎との距離が遠く置かれたことで、城と炎の美しさはいっそう際立っていく。

伝統の美しさへの敬意を感じさせながらも囚われることなく、現代と現代を生きる若者たちを愛しながら、自身の美意識を変化した時代に合わせた形で表現していく。エディはファッションという、ある意味変化を強要する世界で最前線を走ってきた。現代と古典と若者を愛するエディ・スリマン。彼は変わらぬ姿勢でファッションを変えていく。

〈了〉

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