AFFECTUS No.258
イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent )という名前には、孤高の響きと輝きがある。モード史に燦然と輝き、女性たちが新時代を過ごすにふさわしい新しい生き方を提案し、その生き方に適う新しいファッションを創造する。イヴ・サンローランはモードとは単に服を作る行為ではなく、人間の新たなる生き方を提案する行為だということを教えてくれる。
1970年代に発表されたスモーキングは、女性の社会進出を促すという新時代の価値観を築き上げ、まさに歴史を彩るにふさわしい一着となった。女性たちの新しい生き方を開拓したという点において、イヴ・サンローランはココ・シャネル(Coco Chanel)と双璧を成すデザイナーである。イヴ・サンローランとココ・シャネル、この偉大なる二人のデザイナーの世界線が一つになったようなコレクションが、アンソニー・ヴァカレロ(Anthony Vaccarello)によって発表された。
映像とルックが同時発表された「サンローラン(Saint Laurent)2021WINTERコレクションは、ヴァカレロが丁寧に引き継いできたエディ・スリマン(Hedi Slimane)のサンローラン像に新しい側面を加えた。2016年にエディの後任としてクリエイティブ・ディレクターに就任したヴァカレロは、人気・ビジネス共に大成功を納めていたエディ・サンローランを大胆に変革することは避けて、エディが築き上げたサンローラン像の世界観を尊重していた。
もちろんヴァカレロはただエディの世界観をトレースするだけでなく、自身の解釈を静かに添えている。僕がヴァカレロのサンローランを見ていて感じたエディとの違いは、創業デザイナーであるイヴ・サンローランの世界観へより近づいた点にある。1975年にヘルムート・ニュートン(Helmut Newton)がイヴ・サンローランが発表したスモーキングを撮影した写真は、アンドロジナスでSM的セクシーを備えた至高のエレガンスが立ち上がっていた。ヴァカレロはニュートン×サンローランという奇跡の組み合わせが生み出したイメージを、自身がディレクションする現代のサンローランへ加え、エディ時代との差別化を図っていた。
新たにディレクターが就任する際、新ディレクターが取る手段は二つだ。デザインを刷新するか、継承するかの二択である。多く見られるのは前者の刷新だ。2016年当時のサンローランはビジネス的に成功を収めていたため、デザインにおいて刷新はリスクが高い選択であった。その意味ではヴァカレロのディレクションは秀逸であったと思うし、その後さらにサンローランの売上を伸長(2016年売上高12億ユーロ→2018年売上高17億ユーロ)させた手腕は見事であった。
しかし、就任から5年が経過した2021年、ヴァカレロは前述したように新しい側面をサンローランに加えた。2021WINTERコレクションで最も目立つのは、シャネルジャケットを連想させるアイテムだ。ツイード素材、ジャケットの前立てやポケットの縁に用いられたブレード、丸い釦、そのどれもがシャネルジャケットを思わす作りである。このジャケットが呼び水となったのか、このコレクションはミント・ブルー・パープル・レッドとこれまでブラックを中心にカラー展開してきたダークなヴァカレロ・サンローランとは違って、色使いが多岐に渡っている。
変化は色使いだけにとどまらず、アイテムにも現れた。最も顕著なのはコンサバのフレーズがすぐに浮かび上がってくるカーディガンやベストである。アイテムの登場回数としては極めて少ないが、これまでのヴァカレロ・サンローランでは見られないアイテムとデザインであったために、印象がとても強い。そこに色使いの甘さと柔らかさが加わっているのだ。それでいて、ヴァカレロが慎重に構築してきたアンドロジナスなSM的セクシーはしっかりと表現されている。コンサバとSM的セクシーの一体化。イヴ・サンローランとココ・シャネルの黄金期が一つに重なり合ったような歴史上に存在しなかったスタイルの誕生に僕は、このコレクションに文脈的価値を抱くに至る。
モードは歴史を紡いでいく物語でもある。デザイナーはモードという壮大な物語の書き手とも言えよう。アンソニー・ヴァカレロは新たなる一章を加えた。彼のサンローラン、真の始まりは今始まった。歴史は新章を加えて紡がれていく。僕たちはその物語を楽しんでいこう。
〈了〉