ゴジラとワニとラコステ

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AFFECTUS No.261

ブランドカラーという言葉があるように、見るだけ聞くだけでブランドの存在を瞬時に脳内へ立ち上げる象徴となる色がブランドにはある。しかし、ブランドの象徴となるのは色に限らない。エディ・スリマン(Hedi Slimane)時代の「ディオール オム(Dior Homme)」におけるスキニージーンズ、「トム・ブラウン(Thom Browne)」における踝丈スーツ、「ヴェトモン(Vetements)」におけるビッグシルエットといったように、ブランドを象徴する要素は素材やアイテム、スタイルにまで及ぶ。

ブランドの象徴として最もポピュラーなものといえばロゴだろう。ロゴはアルファベットのように文字で表現されるデザインが一般的だが、マークとしてデザインされるケースも多く、「ラコステ(Lacoste)」は後者の代表と言えるブランドだ。

ラコステと聞いた時、ワニを思い浮かべる人がきっと多いに違いない。ワニ=ラコステと言えるほどに、ワニはラコステの象徴として世界中の人々に意識に染み付いており、そこまでトレードマークを世界に浸透させたファッションブランドは珍しく、他に瞬時に思い浮かべるブランドといえばポニーのロゴマークが印象的な「ラルフ ローレン(Ralph Lauren)」か。ファッション界の外に目を向ければ、「アップル(Apple)」のリンゴマークは世界中で圧倒的存在感を放つロゴマークになっている。

ブランドの象徴であるロゴマークを、ラコステは2021AWコレクションで新たなるデザインを披露して僕を惹きつけた。いったいどのようなデザインを行なったのか。そのことについて語る前に、まずはラコステが現在用いている通常のワニマークが、どのようなデザインなのか触れていきたい。ラコステの代表アイテムであるポロシャツには、左胸にワニマークが取り付けられている。ワニはデフォルメした形に単純化されており、右を向いて口を大きく開けた状態にデザインされたワニは、アニメに登場するキャラクターを思わせる。

しかし、ラコステのクリエイティブ・ディレクターであるルイーズ・トロッター(Louise Trotter)は、アニメタッチだったワニを2021AWコレクションではかなりリアルな形状へと転換させた。新たにデザインされたワニワークを見るなり、僕の頭の中に浮かんできた言葉は「ゴジラ」だった。マークにデザインされたワニの皮膚の色は緑色なのでゴジラとは違うのだが、リアルになったワニの顔や手足は僕にゴジラのイメージを呼び起こす。

ただリアルにするだけでなく、トロッターはさらにワニマークのデザインを拡張していく。顔や足などワニの身体の一部分だけにフォーカスしたマーク(と呼んでいいのかは疑問だが)を作り、衣服に取り付けている。スタジアムジャンパーでは左胸にワニが取り付けられているが、顔部分だけが切り取られた形にデザインされたマークに仕上がっている。テーラードカラーのロングコートには、緑色の皮膚と赤い爪の足だけが切り取られたマークを、右肩と左腰あたりに大きいサイズで取り付け、まるでワニが後方からコートを掴んでいるようにも見える。

僕はこのゴジラタッチのワニに惹かれた。もし、これがよりコミカルなデザインのワニだったら僕はどう思ったのだろう。おそらく今コレクションのデザインほどに面白さを感じなかったはずだ。通常のワニマークの延長線上にあるコミカルタッチではなく、対極のゴジラタッチのマークだったからこそデザインの変化量が大きく、その変化量の分だけ既存マークに抱いていたイメージが崩れて心が揺れたのだ。

デザインとは心を揺らすもの。人は世界中のあらゆるモノ(ここでは「モノ」と述べよう)にイメージを抱いている。赤といえば火や血といったイメージを思い浮かべるように、モノとイメージはセットになっている。モノに付随したイメージをズラすデザインを目にした時、人は心が揺れ、イメージのズレを引き起こしたモノに新しさや面白を覚える。今シーズンのラコステが実践したことは、そういうことだった。

しかし、ただイメージがズレればいいわけではない。ファッションにおいては、ズレる方向に時代とのリンクが必要になってくる。コロナ禍の現代を取り巻く時代の空気はなんだろうか。不安や不透明といった感覚を覚える人は多いだろうし、自身の置かれた環境によっては怒りを覚える人だっている。そういったネガティブが覆う時代に、ファッションという時代と密接するプロダクトならばネガティブをデザインに投影することは決して悪手ではない。

必ずしも、明るくポジティブなものばかりに心が反応する人間ばかりでない。たとえば辛く厳しい状況に置かれた時、励ましの言葉にパワーをもらえる人間もいれば、辛さに共感する言葉にパワーをもらえる人間もいる。そしておそらく僕は後者の人間だろう。ラコステが見せたゴジラなワニに、僕は不安で不透明な時代とのリンクを見出すという解釈が生まれ、そこに面白さというポジティブなパワーが立ち上がったのだから。

ラコステの服は日常的に着用できるリアリティを持っている。それは今コレクションにおいても同様だ。スポーツ・テーラード・トラッド、加えてルームウェア的リラックス感あるスタイリングが行われ、現実的な服ながらも他種のスタイルが横断的に混じり合うことでモードな香りを纏うスタイルに仕上がっている。そしてゴジラなワニが現実的な服にさらなる非現実性を帯びさせる。現実を覆い尽くすゴジラ。そんなイメージが僕の中で具体化していく。

ネガティブに支配された時、必ずしもポジティブな言葉が人間にパワーをもたらすとは限らない。ネガティブへのシンパシーが、人間のパワーを呼び起こすことがある。ネガティブをデザインに投影する行為は諸刃の剣と言えるかもしれない。だが必要でもある。ファッションは人間を露わにする。華やかさの裏に隠れた陰も、ファッションの魅力だ。そこから目を逸らすことは許されない。

〈了〉

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