人間の暗さに寄り添うメゾン ミハラヤスヒロ

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AFFECTUS No.439

低い天井を走る何本もの梁。太陽の光が一切入ってこない地下。コンクリートが剥き出しになった床。「メゾン ミハラヤスヒロ(Maison Mihara Yasuhiro)」(以下、ミハラヤスヒロ)は、これ以上ないほどアンダーグラウンドな会場で、2024SSコレクションを発表する。

ラウンドしたレンズのサングラスを掛けた男性モデルは、色落ちの激しいグレーのデニムジャケットを羽織り、インナーには、裾が黒く燻んだロングレングスのトップスをワンピースのように着用し、素足をさらしたまま黒いシューズを履いて、無機質なランウェイを歩く。

ファーストルックに続いて現れるモデルたちは、皺・アタリ・色落ちといった、経年変化を究極にまで施した素材で作られたアイテムを着ており、グランジなデニムのジャケット、シャツ、ブルゾンは重々しいムードを撒き散らす。

褪せた色調の紫味がかったフーディは、袖丈と着丈が膝下にまで到達するほどに巨大。スーパービッグシルエットのフーディの上には、同じく極大シルエットのワークウェア要素満載のベストをレイヤード。ロングカーディガンの袖口と裾はほつれ、様々な生地が澱み、燻み、ダメージを帯びている。

MA-1ブルゾン、ロングレングスのネルシャツ、オープンカラーのボウリングシャツ、合繊生地の光沢と派手な刺繍のスカジャン、Gジャンとジーンズのデニムルック。アイテムもスタイルも、どこまでもカジュアルで、どこまでもダーク。ミハラヤスヒロは、「服に明るさなどいらない」と訴えるように、ピュアなエレガンスを排除していく。

「沈んだ気分は、華やかなフラワープリントのシャツを着たら軽くなった」

そんなふうに、ファッションには人間を元気づけるパワーがある。だが、世の中には心を勇気づけない服を、必要する人々がいる。

ミハラヤスヒロのブランドサイトを覗くと、2024SSコレクションの発表に合わせて、ある文章が公開されていた。その文章の中で、印象に残ったのは最後の4行だった。以下に引用する。

「私は迷路の先に見える深く暗い闇へ向かっていく。
もちろんこの迷路には出口などない。

私は迷路に迷い込んだ答えを知りたかった。
しかし、答えなどどこにも存在しない。」
Maison Mihara Yashiro “2024 S/S LO-FI VISION”より

どの道を進んだらいいのか、わからない。どうしたら、ここから抜け出せるのか。多かれ少なかれ、そんな瞬間が人生にはある。混迷する人間に、優雅で華やかなファッションがふさわしいとは限らない。

洗うことをせず何年も着続け、生地はボロボロで、裾や袖口はほつれて糸を垂らしている。長い歳月、泥の中で浸されたように汚れた服。そんな服に、価値を見出す人間は稀だろう。だが、無価値に思えた服に美しさを感じ、救われる人間がいる。ミハラヤスヒロは、そんな人々のための服を作った。華やかなファッションが競い合われるパリで。

2024SSコレクションは、純文学の読後感のような感覚を残す。私の好きな小説に、夏目漱石の『こころ』がある。自分の犯した罪に長年悩み、最後には愛する妻を置いて死を選ぶ人間の暗さに、私は魅了されてしまった。明るい希望だけが、小説の醍醐味ではない。それはファッションも同様だ。ミハラヤスヒロは、人間の闇を肯定する。

〈了〉

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