AFFECTUS No.625
「バーバリー(Burberry)」の業績不振については、昨年9月に公開した「苦境が伝えられる現在のバーバリーについて」で言及した。それから半年以上が経ち、「マイケル コース(Michael Kors)」から移籍したジョシュア・シュルマン(Joshua Schulman)CEOのもと、改革が本格化。2025年3月期の通期決算(5月14日発表)では、売上高が24億6100万ポンド(約4800億円)と、前年同期比で実質17%減となった。加えて最大1700人の人員削減も発表された。
数字は厳しいものだが、ファッションメディア「ビジネス・オブ・ファッション(The Business of Fashion)」によれば、新たな「原点回帰」戦略への期待から株価は発表当日に15%上昇。投資家の期待はむしろ高まっている。
投資家は、再建計画の何を支持したのだろうか?
シュルマンが打ち出したのは「ブランドのDNAに立ち返る」というオーセンティックな戦略である。象徴的なトレンチコート、バーバリーチェック、英国的エレガンスといったブランドの原点に再投資する。「流行」ではなく「時間を超える価値」への回帰、“Timeless”をキーワードに打ち出す。
これは、前任のリカルド・ティッシ(Riccardo Tisci)によるストリート寄りの路線とは異なる。現チーフ・クリエイティブ・オフィサーのダニエル・リー(Daniel Lee)も当初はストリート色の強いコレクションを打ち出していたが、現在はシュルマンの戦略によってクラシック路線へと舵を切っている。シュルマンはブランドの記憶を丁寧に掘り起こし、それを現代的に再構築する決断をくだした。
だが、ここに問いがある。「タイムレス」とは時代と無関係であることか? それとも、時代に左右されない価値のことか? そもそも、時代が変わろうとも、影響を受けない強度を作り出すことは可能なのだろうか?
例として「エルメス(Hermès)」を見てみよう。ウィメンズを手がけるナデージュ・ヴァネ=シビュルスキー(Nadège Vanhee-Cybulski)は約10年、メンズのヴェロニク・ニシャニアン(Véronique Nichanian)は35年以上にわたりコレクションを手がけている。彼女たちの仕事には毎シーズン劇的な変化はないが、まったく変化がないわけでもない。ストリートトレンドが台頭しても、それをストレート(ロゴやグラフィックの使用)に取り入れることなく、上質なカジュアルウェアを量感のあるシルエットで仕立てるなど、ブランドの軸と時代性のバランスを巧みに作り上げてきた。顧客はその揺るがぬスタイルを愛している。変わらないようで、実は変わっている。それがエルメスの美学だ。時間を味方につけるようなアプローチは、ディレクター交代を大胆に繰り返すLVMHグループとは対照的である。
ただし、エルメスの方法論をそのままバーバリーに適用するのは難しい。エルメスは「変わらない」ことをブランドの核として、長年顧客との信頼関係を築いてきた。それによって「控えめな変化」が成立している。
一方、バーバリーは長い歴史を持ちながらも、ティッシからリーへの移行期にストリート寄りへ大きく振れたことで、クリエイティブの軸が揺らいだ。結果として「変わらなさ」がブランドの価値として定着したとは言いがたい。顧客層にも変化があり、クラシックへの回帰が果たして現在の顧客に響くのかという問題がある。ただし、シュルマンの戦略によって、かつての顧客が戻ってくる可能性も出てきた。
たしかにトレンチコートはバーバリーの象徴だが、そこからどう広げるかが問われる。ただ復古的であれば古びるだけ。「タイムレス」とは、成熟したブランドが顧客との間に時間をかけて築いた関係性の上に成立するものではないか。したがって、バーバリーが再び「変わらずに変わる」ブランドとして立ち上がれるかどうかは、スタイルの回帰ではなく、顧客との関係をどう再構築するかにかかっている。その鍵を握るのは、やはりCEOであるシュルマンだ。
バーバリーは、投資家の期待に応えることができるのか。真の試練は、これから始まる。
〈了〉
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