AFFECTUS No.626
デザイナーを読む | 注目のミニマリズム派 #1
ザ ロウ|メアリー=ケイト & アシュレー・オルセン
「グッチ(Gucci)」は、クワイエット・ラグジュアリーに適応すべく、ミニマルなデザインに舵を切った。だがその試みは、うまく機能しなかった。しかし、ミニマリズムが花開いた時代・ブランドが存在したのも事実。そして今も、研ぎ澄まされたシンプルさで熱狂的な支持を集めるデザイナーがいる。
▶︎ミニマルウェアのこれからを考えてみる
「素材とシルエット」だけでは、ミニマリズムが進化しない? その未来像を探る試論。
ならば今、改めてミニマリズムに目を向けてみたい。シンプルさを突き詰めた服は、一過性の流行としてではなく、ファッションにおける普遍の形となり得るはず。そんな視点から「注目のミニマリズム派」と題して、新連載をスタートする。ミニマリズム派デザイナーたちの服にはきっと秘密がある。ミニマリズムの本質を一緒に解き明かしてみないか。
ファッションの冷たい熱とも言えるミニマリズム。その現在地を読むシリーズ初回は「ザ ロウ(The Row)」のメアリー=ケイト・オルセン(Mary-Kate Olsen)とアシュレー・オルセン(Ashley Olsen)、ふたりの作り手の静かで凛々しい眼差しを追っていく。
2024年2月28日、オルセン姉妹は2024AWパリ・ファッションウィーク開催期間中に、ザ ロウの2025リゾートコレクションを発表した。そのショーは、ただの新作発表ではなかった。彼女たちは観客に対して、スマートフォンの使用とSNSでの拡散を一切禁止したのだ。写真も、映像も、ポストも、いいねも存在しない。招待客はその場に身を置き、自らの目と感性で服を見るしかなかった。観客はただ目の前の服と向き合うことを強いられる。
現代のファッションショーは、ランウェイを歩くモデルを撮影、即座に拡散し、Instagaramのアルゴリズムを通じて何万、何十万という人のフィードに届くことが前提となった。そこでは、服を「見る」ことより、「見せる」ことが先行する。そんな現状に対して、オルセン姉妹は抗う。
スマートフォンの画面を通さず、直接目で捉えるしかないショー。自然と観客は、自身の内側と向き合わざるを得ない。
「ストーリーズにどんなふうに投稿しよう」
そんなノイズは排除される。視界に写るシルエット、色、スタイル。それらに対して、自分は何を感じたのか。そんな自己との対話が強いられるショーを、オルセン姉妹はデジタル時代に開催したのだった。
Instagramの登場によって、カメラの向こうに写るモノを捉えることより、「この料理を、どう見せたらフォロワーに受けるか?」という心理が働くようになった。それはショーというファッション界のプロフェッショナルが集まる最前線にも、小さくない影響を及ぼす。しかし、「見る」ことより「見せる」に傾く意志は「モノ」の魅力・価値・本質から目を逸らす行為になる。オルセン姉妹の試みは、現代では当たり前になった習慣への疑問であり、ファッションの未来を見据えた挑戦でもある。
ファッションにおけるミニマリズムとは、装飾性を拝し、色は無彩色を軸にしたシンプルなフォルムデザインの服を言う。オルセン姉妹が毎シーズン発表するデザインも、まさにミニマリズムの王道をいくデザインだ。グラフィカルな要素はない。鮮やかで彩豊かなカラーパレットもない。アイテムはいずれもベーシックアイテムから発想されたものばかり。
オルセン姉妹のデザインは雄弁ではない。ザ ロウの個性を最も語るものは、ボリュームあるシルエットだ。シルエットのみで自分たちのビジョンを語る。その潔さは、SNS時代の現代においてSNSから距離を置く二人らしいもの。
ミニマリズムの文脈で見た時、装飾要素を削ぎ落とすために、服の形が重要な要素になる。シンプルなシルエットで個性を表現するミニマルデザインは多い。その中でも、オルセン姉妹のアプローチはよりシンプルだ。カッティングに複雑さを挟み込まない。縦と横にボリュームをコントロールすることのみで、服をアイコニックに仕立てる。
そのアプローチに必要なのは勇気と実力。服の形のみで人の心を動かさねばならない、動かすのだという覚悟。ミニマリズムとは単純を意味するわけではない。感性を飾り立てることなく、ありのままに表現する覚悟のデザインを意味する。
写真や映像に一切の加工を加えることなく、ありのままに投稿する。Instagramでの投稿で、そんな制限がかけられたら、どう思うだろう?きっと構図や被写体に、今以上にとことんこだわるのではないか。そこにセンスが現れる。加工とは時にセンスを覆い隠すノイズになる。真のセンスは、ノイズを除去した時に現れる。ミニマリズムとはデザイナーの本性を剥き出しにする恐怖のデザイン。そのピュアな感性が、人々を惹きつけていく。メアリーとアシュリーは、静かな服に生々しい感性を宿らせる。
しかし、ミニマリズムとは「形」だけでしか、語られないものなのだろうか。
〈了〉
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