展示会訪問から3ヶ月が経ってしまったが、本日は「ノノット(Nonnotte)」デザイナー、杉原淳史が2025年春夏から始動させた新ウィメンズブランド「エアー(Aehrr)」の2025年秋冬展示会レポートをお届けしたい。
エアーもノノット同様、杉原が全国の産地を巡って職人と対話を重ね、自らの審美眼で開発するオリジナル素材が最大の魅力だ。静岡、愛知、岐阜、山梨などを訪れ、日本とパリの双方で磨かれてきた美意識をもとに生まれたテキスタイルは、肌にやさしく、身体の上で彫刻のようなフォルムを描き出す。やわらかさと強さ、その両方を感じさせる素材と言えるだろう。
最大の特徴は素材、と述べたが、フォルムのデザインも見逃せない。一言でいえば、ノノットよりも挑戦的だ。ノノットが「日常の服」だとすれば、エアーは「日常を特別な日に変える服」。もちろんノノットにも、日常を豊かにするデザイン性が備わっているが、エアーにはさらに一歩進んだリュクスさ、静かな贅沢がある。ウィメンズウェアとしての「しなやかな強さ」が、そっと滲み出ている。


シャツやニット、カジュアルとドレスアップ、様々なアイテム、様々シーンでエアーには落ち着いたエレガンスが一貫している。一目で引かれるグラフィカルな要素はない。色彩は静かなトーンで控えめ。服のシルエットも初めて見た時の印象はシンプル。しかし、実際に女性がエアーを着た姿は優雅でダイナミック。


服が贅沢なのではなく、佇まいが贅沢。それがエアーを着る醍醐味だろう。最も魅力的だったアイテムはアウターだった。特に私が惹かれた一着は、リバー縫製のロングコート。

タッチは極上で、ふんわりと軽やか。でも、ハリ感が欲しい。そんなわがままな思いを実現するべく、素材開発をスタートしたという「Super160’s Original Rever Melton」(以下、Rever Melton)。まさしく杉原のビジョンを体現したメルトン生地だ。従来、カシミヤと同等の繊維長を持つ、ウルトラファインなスーパー140’sの糸を使用してメルトンを織ると、かなりの目付け(ウェイト)まで持っていかないと繊維が柔らかすぎて、腰が抜けて柔らかいだけのメルトンになってしまう。そこでRever Meltonでは、経糸、緯糸ともにスーパー160’s、紡毛の1/16を採用した。
経糸の紡毛には、細番手の梳毛用の長繊維原料をブレンド。ふくらみだけではなく、しなやかなコシも備えた糸に仕上げている。
この生地は緯糸が表面に多く現れ、逆に経糸は表に出ない設計になっている。そこで、緯糸は紡毛の最高のタッチをそのまま生かし、経糸には密かにスーパー160’sの梳毛を巻くという、手の込んだ工程を加えた。その結果、メルトン生地にはしっかりとしたハリが生まれている。
タイプの異なる2種類のスーパー160’sを用意することは、コストが倍かかることを意味する。通常、1つの素材にそこまで手間をかけることはまずない。しかし、経糸と緯糸に使用した紡毛は非常に柔らかい繊維なので、そのままでは素材感がかなりダレてしまう。柔らかさや風合いだけで終わるようなメルトンでは、スーパー160’sのポテンシャルを発揮したとは言い難い。
織り上がり時の生地巾が190cmほど。それが、整理工程を経て最終的には150cm巾にまで圧縮する。この大幅な縮絨こそが、タッチ・ドレープ・ハリのすべてを兼ね備えた、新しいエレガントなメルトンであるRever Melton実現させた。
綾の二重織で仕上げたこの生地で驚くのは、メルトンらしからぬ軽さ。その軽さを最大限に生かすため、コートの縫製は9割の工程が手縫いで行われるリバー縫製が採用されている。裏側のポケットも手縫いという心憎さだ。
シルエットはオーバーサイズに仕立てられ、素材感も相まってコートというよりガウンのような服に。男性でも十分に着用できるサイズ感だったので、私も試着したところ、かなり刺激的なアウターだった。



他にも、天然繊維のみでふくらみを出して陰影を作ったジャカード素材、ミュール紡績という特殊な紡績によるスーパー140’sの紡毛を使用したツイード素材など、注目のオリジナル素材がある。そして、素材だけで完結させず、パリで技術と経験を重ねた杉原によるパターンワークが、素材に命を吹き込み、有機的な造形のウィメンズウェアを完成させる。
個人的にはエアーのメンズラインを見たくなった。
派手さはない。けれど、着る人を静かに主張するエアー。その名前の響きが肌に、身体に感じられるブランドだ。
Instagram:@aehrr_official