AFFECTUS No.695
コレクションを読む #26
もう15年ほど前になる。ラフ・シモンズ(Raf Simons)が「ジル サンダー(Jil Sander)」で最後のコレクションを発表した。2012AWシーズンに発表されたそのデザインは、シモンズの生涯最高のコレクションと言える素晴らしさだった。ファーストルックで印象的な仕草が登場した。表は甘いピンク、裏がピュアな白のダブルフェイスコートを纏った女性モデルは、胸元でコートの前端を左手で握りしめていた。大切な何かを愛おしそうに掴む姿は、抑制が効いていて、とても美しかった。
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シモンズの代名詞となったあのポーズを、2026AWシーズンのパリで登場させたブランドがあった。あの時のジル サンダーと同様にファーストルックで。それが「アワー レガシー(Our Legacy)」だ。
オフホワイトともベージュとも言える淡く曖昧な色彩のドレス。同色のストールを両肩に巻きつけ、右手で胸元を掴む。エレガントでドレッシーなルック。今や世界をリードする存在になった北欧ブランドは、ジーンズがアイコンアイテムであるように「カジュアル」が根幹にある。だが、最新コレクションはかつてないほど優雅な美意識に振れていた。次に登場したルックも、男性モデルが全身黒の服を纏い、ストールを巻きつけ、胸元を右手で掴んでいた。アワー レガシーがエレガンスの王道に真正面から取り組んだ。
コレクション全体を通しても、ドレス、スーツ、ロングコート、白いシャツ、黒いネクタイなど、クラシカルな服が多数発表されている。これまでのブランド像を転換させる構成だ。
しかし、すべてがドレッシーな服で埋め尽くされたわけではない。ジーンズ、Gジャン、レザーパンツ、ボアブルゾンと、カジュアルな服が半分ほど占めている。アワー レガシーはアワー レガシーであることを放棄していない。一方で、そのシルエット、その雰囲気はこれまでよりも端正に感じられた。色味は落ち着いたトーンで調整され、服の輪郭はほっそりと滑らか。オーバーサイズの服であっても、極端なボリュームではない。ディテールもベーシックに忠実。主張を控えた、おとなしい服だ。
今回のコレクションは優雅な印象とは裏腹に、服そのものは本格的カジュアルだ。
それも、ファッション的にカジュアル風に見せたものではない。参照されているのは、スウェーデンの実在するワークウェア、極寒環境を前提に設計されたマシニストジャケットや、用途から逆算された作業服の構造である。
これまでのアワー レガシーは、ワークウェアを自分たちの文脈で翻訳してきたブランドだった。素材を置き換え、ムードを調整し、現代的な服へと仕立て直す。その距離感こそが、ブランドの洗練を支えていた。しかし2026AWコレクションでは、その翻訳作業を意図的に引き算している。オリジナルのワークウェアに、ほとんど手を加えない。機能の形を、形のまま受け取る。その態度が、今回の服に過剰な主張を許さない。
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象徴的なのが、色落ちを前提としたカーキのチノだ。洗うたびに淡くなり、均質さを失っていく生地は、完成されたプロダクトというより、時間に開かれた素材である。カーコートも同様だ。大恐慌期のスウェーデン製ツイードを参照し、表側だけをコーティングし、裏は未加工のまま残す。外から見える整った顔と、内側に隠された荒さ。その二重構造は、服の中に履歴を閉じ込める行為にも見える。
リバーシブルのMA-1に施されたアップデートも、極めて象徴的だ。外見はほとんど変わらない。だが内部には、工場の端材から作られた、完全にリサイクル可能な中綿が用いられている。倫理や思想は、見せるものではなく、内側に仕込まれるべきだという判断。サステナビリティを声高に語らない。
つまり、このコレクションで起きているのは、「頑強さ」と「エレガンス」の融合ではない。頑強な服の上に、無理に優雅さを重ねたのではない。頑強さを、そのまま受け入れた結果として、エレガンスが立ち上がってしまったのだ。
エレガンスは、上質な素材、品格のある色、優雅なシルエットで作られている。しかし、アワー レガシーはエレガンスを作る「素材」は必ずしも優雅である必要はないと示す。シモンズの文脈になぞり、シモンズのエレガンスを内側から書き換える。過剰な演出に頼ることなく、2026AWのアワー レガシーは、ファッションが文脈の生き物であることを証明してみせた。
〈了〉
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