ゴーシャ・ラブチンスキーにざわつく

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AFFECTUS No.9

「ヴェトモン(Vetements)」がきっかけとなり、東欧、特にロシアに注目が集まっている。その中でも注目が高く、人気を集めているのがデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)の友人でもあるゴーシャ・ラブチンスキー(Gosha Rubchinskiy)。「コム デ ギャルソン(Comme des Garçons)」がサポートしていることでも有名なブランドだ。


2017SSシーズン、ラブチンスキーは世界最大のメンズ見本市「ピッティ・イマジネ・ウォモ(Pitti Imagine Uomo)」にゲストデザイナーとして招待され、最新コレクションをショーで発表する。ピッティでのショー映像を、録画していた『ファッション通信』で観たのだが(そういえば、ラブチンスキーのショー映像を観たのはその時が初めてだった)、その際、とても不思議な感覚に襲われた。

「なんだ、これ……」

僕は気がつくと心のうちで、そう呟いていた。それはラブチンスキーのコレクションに向けられた言葉ではなく、ラブチンスキーのショー映像を観て感じた自分の感覚に向けられた言葉だった。

ラブチンスキーのショー映像には言いようのない圧力があり、僕はその圧力に押し出されるように「なんだ、これ……」という感想を抱いていた。胸がざわつく。しかし、すぐにこの感覚が初めての体験ではないように思える。懐かしさのある感覚。だが、その感覚を思い出すと込み上げてきたのはノスタルジーではなかった。私のテンションは上がっていく。

「かつて感じたこの感覚……いったいどこで感じた?」

思い出すまでにそう時間はかからなかった。「ラフ・シモンズ(Raf Simons)」だった。僕が10代のころに見ていたシモンズのコレクションから感じていた感覚と、まったく同じ感覚がラブチンスキーのコレクションにはあったのだ。

なぜシモンズと同じ感覚をラブチンスキーのショーから感じたのだろうか。僕が初めて知ったころのシモンズと現在のラブチンスキーのデザインはまったく異なる。シモンズはスリムシルエットをベースにして、スクールテイストをコレクション全体に反映させていた。ワイドパンツやロングレングスのTシャツもあったが、それはビッグシルエットというよりも、むしろその服を着るモデルの身体の細さを強調するように流麗なラインが描かれていた。

一方、ラブチンスキーはスケーターのスタイルをベースにしたルーズシルエットである。ラブチンスキーのシルエットは、シモンズとは違って野暮ったい。そのため、ラブチンスキーに抱いたシモンズと同タイプの感覚は、服のデザインから感じたものではないと考えられる。

しかし、この2つのブランドには共通点があった。シモンズとラブチンスキーの服は、ある特定の世代、子供とも大人とも言えない年代の男性たち、「若者」へ向けた服であったということだ。

誤解を恐れず言えば、ラブチンスキーの服はダサい。だが、それは大人の視点から見た感覚だ。ファッション通信でもナレーションされていたが、ラブチンスキーの服は、大人には理解することのできない若者独特の感覚が宿り、しかし、それが若者たちにとって「自分たちのカッコイイ」と言える服に仕上がっている。

シモンズもそうだった。シモンズの服を「初めて現れたオレたちのための服」と称したのは「ユナテッドアローズ(United Arrows)」の栗野宏文だったが、これ以上ないほど正確にシモンズのコレクションを表現した言葉である。

若者たちのためにだけ作られた、特別な服からのみ感じられる圧迫感が、ラブチンスキーのコレクションに宿っていた正体不明の感覚の正体だ。その感覚に、もう若者とは言えない僕は気圧されてしまい、同時に「ラブチンスキーというデザイナーは、想像以上の可能性を秘めているのではないか?」と恐怖を抱くほど彼の才能に慄いた。

ラブチンスキーは時代を動かしていくメンズウェアのニュースターになる予感さえも抱く(もうすでにスターになっているかもしれない)。そしていずれ、彼はパリのラグジュアリーブランドでウィメンズデザインも手がけるのではないか。どこのブランドがラブチンスキーにふさわしいだろうかと想像すると、すぐに思い浮かんできたのが「ジバンシィ(Givenchy)」だった。

もちろん現在のアーティスティック・ディレクターであるリカルド・ティッシ(Riccardo Tisci)の安定感を考えれば、ラブチンスキーのジバンシィ移籍はありえない。それでも、ありえないと思っていることが現実に起きるのがファッション界で、何が起きても不思議ではない。

なぜラブチンスキーにはジバンシィがふさわしいのかというと、ブランドが起用してきたディレクターたちの歴史が理由だった。かつてジバンシィはとびっきりにアヴァンギャルドなデザイナーたちを起用した。ジョン・ガリアーノ(John Galliano)とアレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)のふたりである。この異端の才能たちを起用した歴史を持つジバンシィこそ、ラブチンスキーがディレクターを務めるにふさわしいブランドに違いない。

閑話休題。

「ダサいけれど、理解し難いけれども、惹きつけられる確かな魅力がある」

そんな服が実在するなら最強だ。今世界にはそんな服がある。ラブチンスキーのことだ。

奇しくも今回のピッティで、ラブチンスキーとシモンズはゲストデザイナーとして最新コレクションをショーで発表していた。双方のコレクションをショー映像で確認したが、私の好きなデザインとテイストはやはりシモンズだ。それは間違いない。

だが、ざわつきに襲われたのはラブチンスキーだった。おそらく、現在のシモンズよりもラブチンスキーの方が現代を鋭く掴んでいる。シモンズがデザインする服はカッコいい。だが、今は従来の「カッコいい」とは違う価値観が生まれている。それはダサさであり、ダサいことがカッコいい時代が訪れている。シモンズがダサいコレクションを作ることは難しい。彼が手掛ければ、すべてがカッコよくなってしまうのだから。

新しい時代の新しい価値を作るゴーシャ・ラブチンスキー。あなたは何て恐ろしい人なんだ。

〈了〉

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