デムナ・バレンシアガのデザインに死角はあるのか?

スポンサーリンク

AFFECTUS No.72

キム・ジョーンズによるディオールの2019SSメンズコレクションが、ようやく発表された。キムの新生ディオールはストリートのテイストは弱く、むしろクラシックなテイストが強いコレクションではあったが、スニーカーや所々のアイテムやスタイリングを見ると、ストリートの断片は感じられた。

現在ストリートなデザイナーを、デザインのトップであるディレクターに起用しているラグジュアリーブランドは以下になる。

ルイ ヴィトン(メンズ)ヴァージル・アブロー
クリスチャン・ディオール(メンズ)キム・ジョーンズ
バレンシアガ(メンズ&ウィメンズ)デムナ・ヴァザリア

キム・ジョーンズはルイ ヴィトンでのコレクションや今回のディオールを見ると、実際はそこまでストリートの匂いはしないのだが、シュプリームとコラボした2017AWコレクションのインパクトがやはり強く、ここではストリートに分類したいと思う。

もし、ここにシャネルがカール・ラガーフェルドの後継者にストリートなデザイナーを選んだら、ストリート帝国の最終形態完成といった様相だ。その可能性はかなり低いだろうが、何が起きるかわからないのもモードである。

ファッション界で一大勢力となったストリート。このビッグトレンドの始まりは、誰によって始まったのか。その答えは一択になる。現在、バレンシアガのアーティスティック・ディレクターでもあり、シグネチャーブランド「ヴェトモン」が世界中で大人気となっているデムナ・ヴァザリアだ。デムナがヴェトモンで作り上げた「マルジェラ×ストリート×ダサさ」が、世界のファッションシーンを一変させた。

そして今、デムナの影響力は自身の個性を存分に反映させているであろうヴェトモンより、パリの伝説的メゾンであるバレンシアガで増大させている。ヴェトモンよりもバレンシアガ。それが現在僕が抱く印象だ。特にデムナは、バレンシアガにおいてはウィメンズよりもメンズにおいてインパクトの強いコレクションを発表しており、そのインパクトが世界へ拡散している。

ファッション界で猛威を振るうストリート。その勢いを、才能が大好きで大好きでしょうがないラグジュアリーブランドが見逃すはずない。ラグジュアリーブランドは才能に目がない。才能を見ると、ヨダレを垂らすほどに欲しくて欲しくてたまらなくなる。自分たちのビジネスを到達しうる最高点、いやそれ以上のビッグビジネスにまで成長させてくれるデザイナーが欲しくてたまらないのだ。そして、ラグジュアリーブランドのディレクターに就くことが、デザイナーにとってステータスとなっている。

今、世界はストリート一択かのようにすら思えてしまう。しかし、皆が皆ストリートウェアを好きなわけではない。ストリートとは異なるスタイルを望む人々が、世界に必ずいる。

いかにしてラグジュアリー×ストリート帝国を崩すか
ここまでストリートが勢いを増した今だからこそ、ストリートの「次」を考える。ストリートへのカウンターが生まれてもいい。そもそもファッションの魅力の一つは、一大勢力となったトレンドへのカウンターだ。トレンドをフォローするだけではなく、次のスタイルをカウンターとして打ち出す。ファッションデザインのコンテクスト=トレンドを捉え、モード史を更新させる。その試みへの挑戦が必要だ。スタイリングに、キャップやハイテクスニーカーを取り入れてばかりでは面白くない。

2016年7月に始まり、現在に至るまで2年に渡りファッションデザインについて書いてきて感じたこと。それはトレンドを捉えることの重要性だった。市場で人気となるブランドは、トレンドを捉えている。ファッションデザインにおいては独自性は最も重要だ。しかし、ただ独自性を出すだけでは市場で人々の心を捉えられない。トレンドに乗った上で、つまり時代の価値観を捉えた上で独自性を打ち出す。それが「時代を着ることが服を着ること」であるファッションにおいて、重要なキーとなっている。

独自性を考えるよりも前にトレンドを知ること。すべては、トレンドの理解から始まる。そしてそのトレンドをどう解釈するか。その解釈方法のスキルが、服作りのスキルよりも重要だと言うのは大げさではない。

そのためにはどうすればいいのか。まずは「今」を知る必要がある。今を知ることは、現在のファッションデザインのトレンドを知ることでもある。その一つ、それはつまりこのストリートブームを作り出す張本人デムナ・ヴァザリアのバレンシアガを知ることだ。

知りたいのは、デムナ・バレンシアガの「死角」だ。たしかにデムナ・バレンシアガは若者たちの間で人気となっている。売上も増大させている。

しかし、そのデザインは完璧と言えるのか。もし、デムナ・バレンシアガのデザインに死角を見つけることができたなら、それは次のニーズ=新しいニーズとなる可能性がある。

すべてはラグジュアリー × ストリート帝国を崩すため。

今回はこの視点を持ちながら書いていきたい。本来、ファッションデザインに「倒す」「倒さない」はない。しかし、最近見ているサッカーW杯の影響もあり、相手を分析し、どう勝利をつかむか、それを考える面白さを実感し、ファッションにも当てはめて書いてみることで新鮮な面白さが出ないだろうかと思ったのである。そう、ファッションを書くことをもっと楽しんでみたくなったのだ。

ケンカを売る姿勢を持つデザイナーとブランドが現れてもいい。そしてそういうデザイナーとブランドがインディペンデントであるならば、なお面白い。ファッションデザインはトレンドへの戦いでもある。今、そのトレンド=ストリートをファッション界最高峰のラグジュアリーブランドが吸収し、その勢力をさらに増そうとしている。その最大勢力へ、インディペンデントな存在が戦いを挑む。想像するだけでも僕はワクワクしてくる。

今回はデムナ・バレンシアガがデビューした2016AWから2018AWまでのアーカイブを見ていき、現代ファッションデザインの潮流をつかみたい。そして次回で、ストリートへのカウンターを生み出すスキルについて考えてみたい。正解はないだろう。でも、試行錯誤してみたい。それではデムナ・バレンシアガのデザインを見ていこう。いったい何がデザインの大きな特徴となっているのだろうか?

ダサく、ダサく、ダサく
デムナ・ヴァザリアがバレンシアガのコレクションを初めて手がけたのは、2016AWウィメンズコレクションからだ。

このシーズン、最も印象的なルックが1stルックから登場する。サングラスをかけた女性モデルが着るのは、グレーのシンプルなジャケット。しかし、シルエットがシンプルではない異常さを持つ。ウェストが強烈にシェイプし、腰周りが人工的に硬く膨む。

バレンシアガにおけるデムナのデザイン思想は、このルックに最も強く濃く現れている。もし、このルックを見るのが初めてという方、特に女性がいたらその感想を知りたい。一目見て一瞬で「欲しい!」「着たい!」とファッション的高揚感が沸き上がっただろうか?

おそらくそう思われた方は少ないのではないか。女性を美しく見せる。その価値観とは遠く離れた、女性の身体を歪に見せる特異なシルエットのデザインだ。しかし、これこそがデムナ・バレンシアガの大きな特徴となる。これは、バレンシアガ初のメンズショーとなる2017SSメンズコレクションでも発揮される。

ウィメンズのデビューショー同様、1stルックから異常さが際立つ。男性モデルは、まるで真四角な壁にスーツを着せたかのような、歪さの極地をいくシルエットのジャケットだ。デムナはバレンシアガで、これまで美しいとされてきたシルエットを徹底的に否定する。それをコム デ ギャルソン的に、抽象的な造形で否定するわけではない。あくまで、テーラードジャケットやワークウェアなブルゾンといったベーシックアイテムをベースに、そのシルエットを硬質で人工的な印象を持たせる造形に変更する。まるで人に「この服を着たくない」というネガティブな気持ちを、あえて引き起こそうとするように。

それは、シルエットだけでなくスタイルでも表現される。

先ほどまでのデザインが歪さの極地なら、2018SSメンズコレクションは野暮ったさの極地だろう。お父さんルックと呼ぶにふさわしいダサさである。街で歩いていたお父さんを、そのままショーへ連れてきたかのようだ。ファッション、とりわけモード、しかもパリコレクションは次の新しく美しいファッションを競う場だ。

しかし、デムナ・ヴァザリアはそのパリコレクション、しかもバレンシアガというパリエレガンスの最高峰といえる歴史と伝統あるブランドで、美しさの真逆とも言えるシルエットやスタイルで、ダサさをとことん発表する。これまでのファッションの価値観を全否定するように。

「いったい、こんな服、誰が着るんだ?」

バレンシアガにおけるデムナのデザインは、怒りを滲ませるほどの疑問を抱かせる。誰も着るわけない。そんなふうに思えるのだ。しかし、その予想とは裏腹にデムナがバレンシアガで発表するスタイルは、市場へ浸透していく。未来が見通せていたかのごとく。

THE WALL STREET JOURNALで「Dad Style」を伝える記事がアップされたように、結局デムナのデザインは奇異に見えるコレクションが、ブレイクダウンされた形で世の中へ浸透するケースが多い。

2018AWシーズンでは、またさらに新しい歪なシルエットを発表する。

十二単(ひとえ)ルックとも呼びたくなる、極端なまでに重ね着のスーパーレイヤードスタイル。着ていて重いだろうし、動きづらいだろう。これも今年の冬に流行るのか。いったい誰が着るのか。やはりそんな疑問を抱く。しかし、これまでを振り返るなら、そう思わせるデムナ・バレンシアガのコレクションは市場へ浸透していき、スタイルとして人気を得ていく。

デムナ・バレンシアガはこれまでのファッションの美的価値観を否定する、とことんカッコ悪いもの、歪なものを世の中からピックアップしてきて、それをベーシックアイテムをベースに究極のダサさへ変貌させる。それをバレンシアガというクラシックなエレガンスを信条とするブランドで行うから、余計に際立って「ダサさ」が存在感を主張する。

ダサさを際立たすスーツとドレス
毎回コレクションにはスーツとドレスが登場する。デムナがクリストバル・バレンシアガへの敬意を表したかのようにも見えるが、穿った見方をすると伝統的エレガンスを皮肉っているようにも感じてしまう。

「いつまでエレガンスエレガンス言ってんだ?ダセーよ」

まるでそんなふうに言っているかのようだ。デムナは男性と女性を端正に美しくするための服であるスーツとドレスに「歪さ」を押し込めていく。

しかし、そのアプローチはメンズとウィメンズで異なる。

バレンシアガの2017AWウィメンズに登場するドレスには、不可思議な歪さがほとんど入り込んでいない。いわゆるで伝統的な美しさを誇るドレスをそのまま発表している。その代わり、ジャケットやコートといったデイリーに着られるベーシックアイテムに歪な造形を持ち込むケースが多い。

しかし、メンズはウィメンズとは異なるアプローチだ。

メンズのデビューショーだった2017SSに比べると、2017AWのショルダーラインはだいぶ控え目になっているが、それでもスタンダードなジャケットに比べればかなり誇張された肩幅の広いショルダーラインになっている。

2018AWメンズでは、ジャケットのショルダーラインではなくウェストに歪さを取り入れられている。

デビューコレクションの2016AWウィメンズに登場したウェストラインを、2018AWメンズでもジャケットに取り入れている。平面が特徴のメンズウェアに、このような曲線の立体感を持つシェイプされたウェストラインを入れることは奇異に見える。

デムナは歪さを入れることでダサさを作るが、そのダサさを際立たすように、美しく見せるための服であるスーツとドレスをコレクションに投入する。しかし、ウィメンズではドレスは伝統的な美しさをキープしたままで、他のベーシックアイテムでダサく見せ、メンズではスーツ(ジャケット)そのものをダサく見せていく。

このアプローチの違いは、バレシンアガの歴史が影響しているのではないだろうか。バレンシアガはウィメンズから始まったブランドである。クリストバル・バレンシアガの生み出してきたダイナミックなフォルムで、女性の美しさを別次元に持っていくドレスは、圧倒的魅力を誇る。ドレスはブランドのDNAだ。バレンシアガが持つドレスの美的感覚を一変させるのではなく、デムナ自身が自分の解釈でブランドの伝統的美しさを誇るドレスを現代的に作ってみたくなったのではないだろうか。このあたり、デムナにインタビューして聞いてみると面白いかもしれない。このアプローチの違いについて。

カッコよく見せることはカッコ悪い。ダサく見せることがカッコいい。その価値観を提案しているのが、デムナ・バレンシアガだ。

「ダサく、ダサく、ダサく」

これでもかとダサく。特にメンズにおいてはお父さんルックに代表されるように、デムナのバレンシアガはスタイルに革新性がある。それが新しい時代の新しいファッションとなり、それが現代ファッションデザインの潮流となっている。

そしてその「ダサスタイル」が、結果的にはマスにも拡散していき、人々の装いを変え、新しい美しさを獲得している。今、ビッグシルエットを好んで着ている人もたくさんいるだろう。その中には「デムナ・ヴァザリア」という名前を知らない人もたくさんいるはず。しかし、現在人々が好んで着ているスタイルは、このデムナ・ヴァザリアがもたらしたものだ。それほどの影響力を、このデザイナーを世の中にもたらしている。Appleとは違う形で世界を変えていると言ってもいい。

ストリートへのカウンターを生む出すスキル
以上が僕が捉えたデムナ・バレンシアガのデザイン的特徴と言える。他にもピックアップする要素はあるが、最重要ポイントに絞ってみた。デムナのデザイン的特徴は、バレンシアガのみに起きている現象ではなく、他のブランドにも影響を及ぼしている。だからこそ、まずはデムナ・バレンシアガを知る必要があった。そして、そのことで死角が見出したかった。

改めてバレンシアガのコレクションを見ていると、デムナのデザインは「ダサく、ダサく、ダサく」から「別の言葉」へ言いかえられることに気づく。その言葉はデザインのスキルに繋がっていく。

そして次回は、今ファッション界で重要な3つのトレンドについても触れていきたい。トレンドに乗った上で独自性を出す。この原則を忘れてはならない。デムナのバレンシアガに、デザインの死角はあるのか。アーカイブを振り返り、見えてきたことについても述べたい。現代ファッションデザインのロジックを解きほぐし、ラグジュアリー×ストリートへのカウンターを生み出すためのスキルについて具体的に考えていきたいと思う。

AFFECTUS No.74へ続く

スポンサーリンク