マルタン・マルジェラ論 -1990SS-

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AFFECTUS No.105

マルタン・マルジェラがデビューしてから3シーズン目となる1990SSコレクション。断片的ではあるが、1990SSコレクションのショー映像を観て感じるのは、マルタン・マルジェラのデザインは問題提起であるということ。前回の最後に述べたことでもあるが、1990SSコレクションのショー映像を観てそのことを改めて実感した。

ショーが開催されたのは、1989年10月。インビテーションは、地元の子どもたちに書いてもらったものであり、子どもたちの絵が描かれている。その絵には、子ども特有の不思議なバランスの人間たちや色使いが散見される。このインビテーションを見ていると、マルタンのデザインは、子供どもたちが描く不思議な人間たちを、現実世界に具体化したものに思えてきた。

マルタンの服には不思議なアンバランスがにじむ。まさにそれが、1990SSコレクションの問題提起の一つであると僕は感じた。

それは何かと言うと、ボディの解釈に対する問題提起だ。西洋伝統の服作りに対する疑問の投げかけ。僕はショーを観ていて、そう感じる。

西洋伝統の服作りとは何か。ここでは、それを布による身体の表現方法と捉えたい。西洋の服は、布を人体に当て、身体の持つ曲線や凹凸に布を添わすように、綺麗に形作る。

しかし、マルタンのアプローチは違う。ここからは、詳しい資料があまりに少ないため、僕がショー映像と写真から判断できる解釈を述べていきたい。そのことを念頭に置きながら、読んでもらえたらと思う。

1990SSコレクションで印象に残る服がある。ビッグサイズの服を、布をたぐりよせたり、身体に留め付けるようにして身体のラインに近づけて形を作りながらも、綺麗に形作られていない服だ。そんな「乱暴な作り」に見える服は、ドレープ性が出て、身体のラインに対して余分で無駄に思える布の余り=ボリュームが生じている。まるで布を無造作に身体に合わせただけ。そう思える歪さを、マルタンは受け入れている。

マルタンのシルエットの作り込み方は乱暴だ。とりわけ、初期はその傾向が強い。あえて、ラフに作っているように見える。とりあえず、布を身体に合わせながら、なんとなく布の形が身体に合ってきたと思ったら、そこで止める。そんなふうにして作られた印象のフォルムだ。

マルタンはベルトや紐で服を縛ることも多い。ダーツや切り替えの代わりに「縛る」という原始的なテクニックを使って、形を作り上げている。

いずれも、身体に合うよう綺麗に整えられて形作る西洋の服とは異なる。

アントワープを代表する存在と言えばアントワープ6だ。ドリス・ヴァン・ノッテンやアン・ドゥムルメステールたちは、アントワープで自らのブランドを早期に立ち上げ、スタートさせている。しかし、マルタンは違う。パリに渡り、1980年代の寵児であったジャン=ポール・ゴルチエの下で1984年から1987年の3年間、修行を積む。

モードの中心のパリで、ファッション界のスター、ゴルチエの下でファッションの王道をマルタンは見尽くしてきたと言っていいだろう。パリの本流を体験し尽くしたことによる、パリ=西洋へのカウンター。マルタンは当時のファッションに対して、あらゆる角度から疑問を投げかけている。

1990SSコレクションでマルタンは、スーパーマーケットの袋をトップスの素材として用いている。最高で最新のファッションを発表する場で、スーパーの袋を新しい服の素材として使う。本来なら使い捨てで、価値のないものに価値を見出し、最新の服として発表する。

ショーの演出も独特だ。近所の子どもたちはショーに招待され、「フロントロウ」で地面に座り、賑やかに観ている。ショーの音楽も流れているのだが、子どもたちの楽しげに賑やかに笑う声がBGMに覆い被さる。

そして、次第に子どもたちは座っていることに我慢できなくなり、ランウェイに飛び出し、モデルと一緒に飛び跳ねるように歩き始める。ついにはモデルの女性は、子どもを肩車してランウェイを歩く。

特別を演出するはずのパリコレクション。世界最高のその舞台でマルタンが見せたのは、なんでもないありふれた景色だ。子どもたちの笑い声、スーパーの袋、無造作な布の造形は、洗濯物に干された服のようでもあり、その造形を身にまとった女性モデルの姿は、子どもたちが描く不思議なバランスの人間にも見える。誰もが見てきた当たり前の、なんでもない風景をパリコレクションにマルタンは持ち込む。

マルタンは、これまで西洋が作り上げてきた美の価値観に疑問を投げかける。

「特別よりも、日常に美しさがあるのではないか?」

マルタンを問題をデザインする。だから、彼のデザインは世界を混乱させる。そして、マルタンのデザインを見ていると、彼は服の研究家だと呼びたくなる。服を日々研究し、その研究成果を発表する場所。それが、マルタンにとってのパリコレクションだった。

ゆえに白衣がメゾン・マルタン・マルジェラのユニフォームとなった。僕はそう思える。

マルタンは、ファッション界を破壊する。一見、なんでもない日常の風景を装って。これほど破壊的なアプローチがあるだろうか。もう一度言おう。なんでもないふうを装って、マルタン・マルジェラは世界を破壊していく。

〈了〉

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