既知でありながら、未知の服をデザインするアンブッシュ

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AFFECTUS No.136

始まりはジュエリーブランドでありながら、後にアパレルラインを始動し、2017年LVMH PRIZEでファイナリスト8組に選出され、今や世界から注目を浴びるブランド。それが「アンブッシュ(AMBUSH®)」だ。

2004年にYOON(ユン)とVERBAL(バーバル)の二人が、ジュエリーラインとして「アントニオ マーフィー&アストロ(Antonio Murphy & Astro)」をスタート。18金とダイヤを使用した代表作「POW!」が示すように、高額であったアントニオ マーフィー&アストロよりもプライスを抑え、ポップでユニークなラインとして2008年にスタートしたのがアンブッシュになる。

アンブッシュのアパレルラインは、必要性に駆られたことから始まる。ジュエリーのルックブックを撮影する際、他のブランドの服では世界観をうまく表現できなく、それならジュエリーとマッチさせる服を作ろうということになり、2012年からスタートしたのがアパレルラインだった。

当初はトップスばかりで始まったアパレルラインであったが、フルアイテムを揃えた2017AWシーズンにはLVMH PRIZEの審査を通過し、セミファイナリストに選出される。

デザイナーのYOONは、韓国をルーツに持ち、アメリカのシアトルで育つ。当時、彼女が夢中になったのはグランジで、Nirvana (ニルヴァーナ) が大好きでよく聴いていた。グランジからはファッションの影響も大きく受けたと彼女は語っている。その後、ボストン大学でグラフィックとアート史を学び、大学時代にVERBALと出会う。

ブランドのディレクターを務めるVERVALは、ボストン大学では経済と哲学を学ぶ。m-floやTERIYAKI BOYZ®のメンバーでもあり、アンブッシュではディレクターとして主に経営面を担う。二人はビジネスパートナーであると同時にプライベートでは夫婦でもある。

YOONはキム・ジョーンズ率いる「ディオール メン(Dior Men)」のジュエリーデザイナーにも起用され、活動のフィールドを拡大させている。エイサップ・ロッキー(A$AP Rocky)やカニエ・ウェスト(Kanye West)、レディ・ガガ(Lady Gaga)、リアーナ(Rihanna)といった現代のスーパースターもアンブッシュを愛用し、ブランドの人気は高まっている。

売上高の詳細は公表されていないが、2桁億円台にまで伸びてきている。(*東洋経済「ストリート系「AMBUSH」世界で注目される理由」より)

今回、フォーカスするのはジュエリーではなくアパレルラインのデザイン。アンブッシュの服にはどのような特徴があり、魅力となっているのか。そのデザインを探っていきたい。

僕はアンブッシュのコレクションを初めて見たとき、困ってしまった。形容するにふさわしい言葉が見つからなかったからだ。

YOONはグランジから影響を受け、過去には不良のキッズたちを写すスイスの写真家カールハインツ・ワインバーガー (Karlheinz Weinberger)をテーマにするなど、彼女のデザインにはアンダーグラウンドでデコラティブな要素が際立つ。

一見するとそれは現在の主役、アグリーな(ダサい)ストリートスタイルに通じる。

しかし、だ。

一言にストリートと表現するには、アンブッシュは絡み合うイメージが多い。ストリートの匂いがある一方で、クラシックなスーツスタイルの残像が感じられ、そう感じたかと思うとランジェリー要素が垣間見える。すると、スポーティなビビッドで軽快な色使いが挟み込まれ、そうかと思えば、新宿のネオンのような蛍光的かつ装飾的な世界に覆われる。すると、最新2019AWコレクションではメタリックシルバーの素材や、切り替え・ポケット・ベルト使いが印象的な服が発表された、NASAの宇宙服を連想させる未来感が表出されている。服を見るたびに、イメージが次々に反転していき、そのイメージを捉える言葉が見つからず追いつかない。

即時に一つの具体的イメージへ収束させないデザインが、僕の記憶に残るアプローチになっている。「ストリート」という言葉で表現できる範囲を超えたイメージの多さなのだ。

誰もが唸るカッコよさを備えた服ではない。パリオートクチュールの王道エレガンスとも無縁な服だ。だが、目を惹きつけるパワーがある。アンブッシュはエレガンスではなくパワーをデザインしている。

アンブッシュには、僕が注目しているファッションデザインのニューウェーブが見て取れる。膨大なイメージをつなぎ合わせ、そのイメージのバランスを整えるのではなく、つなぎ合わせたままの違和感をそのまま放置する。それはラフ・シモンズがカルバン・クラインで見せていたデザインであり、アンブッシュが参加した2017LVMH PRIZEでグランプリを獲得したマリーン・セル(Marine Serre)も見せているデザインだ。グッチのアレッサンドロ・ミケーレにも同様のデザイン傾向が見られる。

以前なら、トラッドやパンク、クラシックといった一言でスタイルを表現できるデザインがほとんどだった。しかし、近年はこれまでのファッションスタイルの言葉で表現しきれないデザインが現れ始めた。

これまでファッションデザイン史を彩ってきたスタイルが、少しずつ集約している既知でありながら未知のようなデザインなのである。

アンブッシュにもその傾向を僕は強く感じ、今自分の持つ言葉ではシンプルに表現できないもどかしさが、困惑させたと言える。

デザイナーのYOON自身の好きなものを、カテゴリーをまたいで一つにつなぎ合わせた。その結果完成したスタイルにはバランスの調整は見られず、従来のファッションの美意識では美しくないかもしれない。しかし、自身が影響を受けた幾つものカルチャーをつなぎ合わせ、ありのままに提示する。そこに生まれるパワーがカッコイイ。今、ファッションのカッコよさ・美しさの定義が転換しつつあるように感じる。

「カッコ悪さ・醜さがカッコよく美しい」

極端に言えば、ファッションにはそういう時代が来ている。

その流れはヴェトモンの登場以降、来ていたものではある。しかし、ここにきてその流れに進化が始まった。それが、脈絡のない膨大なイメージをつなぎ合わせ、バランスを整えることなくありままに提示するデザインである。

AmazonやNetflixなどウェブサービスではレコメンド機能が当たり前だ。カスタマーのニーズは細かく広くなっている。そのようにマーケットが変わった時代に、一つの言葉で表現できてしまうスタイルは時代遅れになる。僕はそんな予感がしている。

アンブッシュを見ていると、スポーツの香りを根底に感じる。ブラック・レッド・オレンジ・ホワイトというスポーツウェアや、プロスポーツチームのユニフォームに多用されるカラーパレットが、そう思わせるのだろう。NIKEとのコラボレーションがその印象をより強める。

だが、僕はアンブッシュのコレクションからは、スポーツの持ち味であるクリーン&フレッシュを感じることがない。僕がアンブッシュから感じるのは、スポーツとは逆の、ルールから外れて生きるアウトサイダーたちが持つ強さと自由だった。

既知の服でありながら未知の服。

アンブッシュは新しい道を作るのではなく、道の新しい「通り方」を教える。こんな通り方があったのかと。

〈了〉

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