AFFECTUS No.139
イスラエル出身で、現在はパリを拠点に活動するヘド・メイナー(Hed Mayner)。2019年の「LVMH PRIZE」ファイナリストの中で、一人個人的好みで名前をあげるとすれば、僕の場合そのデザイナーはメイナーだ。
ジャケットやパンツ、シャツ、ジーンズ、Tシャツといった現代のワードローブに欠かすことのできないベーシックアイテムに、イスラエルの衣服解釈を織り交ぜ、アラブの伝統衣装と着こなしを投影させた洋服を作り上げている。その外観は、布をボリューミーに纏うことに長けた遊牧民が、現代の衣服を自身のセンスで着こなし、都会で暮らしているようでもある。
メイナーの服を見て、僕の中に同種の系統として浮かび上がったブランドが2つあった。「イッセイミヤケ(Issey Miyake)」と「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」である。
イッセイミヤケとメイナーの違いで、わかりやすい点といえば装飾性の有無になる。イッセイミヤケは素材開発がDNAと言え、非常に特徴的な素材を用いている。そのパワーは素材だけで鑑賞作品になり得るほどだ。だが、ビジネス的観点で言えば、イッセイミヤケのシルエットは好きだけど装飾性高い素材が苦手という消費者はいるだろう。
メイナーの服はマーケットのその穴を突く商品になる。メイナーが使用する素材は外観にシンプルなタイプが多く、また色使いもホワイト・ベージュ・オフホワイト・ブラック・ブラウンとベーシックで、ミニマリズムの系譜に連なる都会的な雰囲気も醸す。イッセイミヤケの素材は、特殊なタイプが多いだけにその装飾濃度の濃さは好みを分けるだろう。
スタイルもメイナーはより現代的だ。イッセイミヤケもメンズラインはデザイナーが高橋悠介に交代後はカジュアルになり、ストリートのテイストも織り込まれてきたが、まだ従来のイッセイミヤケの伝統工芸的な側面が強い(しかし、それがイッセイミヤケの魅力でもある)。メイナーのスタイルには、セットアップ、ダッフルコート、フーディといったリアリティあふれるアイテムをベースにした手に取りやすく着やすい要素がある。
一方ヨウジヤマモトとの違いでは、イッセイミヤケと同じで装飾性があげられる。現在のヨウジヤマモトはダイナミックなグラフィックが最大の武器となっている。メイナーにはそのようなグラフィカルな要素は皆無と言っていい。
また相違点としてもう一つ注目したいのは、ベースとなるスタイルの違いである。ヨウジヤマモトのベースはクラシックなエレガンス。1950年代に生まれたパリ伝統の王道エレガンスになぞることのできるテイストを持ち、布が身体の上を上質感を持って流れ、古風な美しさを持つ黒い服。それがヨウジヤマモトである。
メイナーはヨウジヤマモトよりもアーバンなエレガンスを持ち合わせている。先ほど述べたように、色使いやアイテムの種類で都市生活を過ごすのにマッチするクリーンなスタイルをデザインしている。無印良品が服の量感をボリュームアップし、モードテイストを含んだとでも言えばいいか。
また、シルエットの面でも同じ平面性を生かしたように見えるが、メイナーとイッセイミヤケやヨウジヤマモトとの違いが見えてきた。
メイナーはより洋服に近い立体感を持っている。布が流れるシルエットを描くのではなく、直線的なシルエットを描くデザインが多い。イッセイミヤケのシルエットは、メイナーよりもソフトで風に舞う軽量感を感じることができる。一方ヨウジヤマモトも、メイナーよりもソフトで布がたわみながらシルエットを描く流麗感があり、イッセイミヤケとの違いは黒を多用する効果もあってよりシャープである。
メイナーはたしかに平面的なシルエットなのだが、ヨウジヤマモトやイッセイミヤケよりも立体感が強く、ビッグシルエットというよりもオーバーサイズと呼ぶ方が近い。ただし、そこにメイナーは西洋との違いも作り出している。
メイナーのシルエットを見ていると、アラブの男性が着る伝統衣装の面影が見えてくる。
アラブの男性が着るロングレングスのワンピースに見覚えはあるだろうか。あの服は「カンドゥーラ」と言われるアラブの民族衣装であり、色は白が基本色になる。メイナーのデザインにはカンドゥーラのシルエットを、洋服のアイテムを組み合わせ作り出す構造が入り組んでいると僕は感じた。
アラブではカンドゥーラ一着で作れるシルエットを、メイナーはコートやシャツ、パンツといったアイテムを複数組み合わせて作り上げているように見えたのだ。民族衣装を、そのままストレートにファッションデザインの素材として使用するのではなくて、民族衣装の特徴を抽象化し、その特徴=「カンドゥーラのシルエット」を西洋の洋服であるベーシックアイテムを複数使って構築し、スタイルとして作り上げている。
イスラエルには、黒いテーラードジャケットやコートを羽織って黒いパンツを履き、黒いハットを被る全身ブラックのシックなスタイルの男性たちがいる。メイナーのスタイルを見ていると、彼らのスタイルをピックアップし、モード化していると考えた方が良いのだろう。
しかし、僕はメイナーの服を見ていると、そこからもう一段深いものを感じた。それが先述のカンドゥーラのシルエットだった。カンドゥーラのシルエットは、縦に長くほっそりとしたラインである。それだけ見ると、メイナーのスタイルが描くシルエットはカンドゥーラよりボリュームがありダイナミックで、相違点はあまり感じられない。
だが、メイナーのスタイルはアウターにトップス、ボトムと様々なアイテムを着ているにもかかわらず、アイテムたちが一続きになった一体感を感じる。その一体感が、僕にワンピースであるカンドゥーラのシルエットを呼び起こした。
これはとても面白い構造だ。シルエットの作り方を変えると、新しいニュアンスを生まれる。ファッションデザインのアプローチとして発展性のあるやり方ではないだろうか。あるシルエットを、全く別の要素で作り上げることで新しいニュアンスを生む。ファッションデザインの理論化につながる構造の発見だった。
メイナーの着こなしはラフでルーズな側面が強い。しかし、そんな着こなしなのに一体感が滲んでいる。メイナーはそんな矛盾をデザインしている。なぜそんな矛盾が起きるのだろうか。服の一着一着に、布の量感という共通要素があるからだと僕は推察する。
メイヤーのアイテムはトップスであれ、ボトムであれボリュームがある。ボリュームとは横幅のことだけを指すのではなく、縦への長さも含む。コントラストをつけるためにスリムなシルエットを混ぜる場合も多いのだが、メイナーのデザインは細いラインが極めて少数。コレクションアーカイブをチェックすると、2018SSコレクションでレギンスようなボトムが見られたが、細いラインはほぼ皆無と言っていいぐらいに表れない。メイナーのデザインは、どのアイテムでも縦と横にボリューミーだ。その統一感が、ラフでルーズな着こなしにもかかわらず、ワンピースのような一続きの一体感を生んだのだろう。
マーケット的にも、メイナーと同様にビッグシルエット(オーバーサイズ)要素を含むカジュアルで装飾性強いストリートや、ヨウジヤマモトのようなグラフィカルでクラシックなエレガンス、イッセイミヤケのクラフト的カジュアルスタイルとも違う特徴があり、認知度をアップさせればビジネスがもっと伸びる可能性を感じる。
その意味で、今や世界一注目度の高いLVMH PRIZEヘのチャレンジは有効だった。結果、ファイナリストに選出され、認知度をアップさせたであろう。
果たしてLVMH PRIZEでは、どんな結果がメイナーには待っているのだろうか。
〈了〉