ベルリンクラブカルチャーとGmbH

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AFFECTUS No.145

これまで幾度か述べてきているが、今の僕はストリートブランドに対する興味が強くなっている。現在、モードシーンがカジュアルなストリートからフォーマルなエレガンスへ振れ始め、メインストリームが変わろうとしている。これは僕の性格が理由でもあるのだが、そんなトレンドになると逆にストリートが気になってしまうのだ。

そして、現実的には市場におけるストリートへのニーズは未だに強く、人気が高くよく売れている。そこで、今回ピックアップしたブランドは、ベルリンのクラブカルチャーを背景にした「GmbH(ゲーエムベーハー)」である。

まずブランドの略歴について触れ、その後GmbHのデザインにフォーカスしたい。

ブランドの始まりは2016年と比較的新しい。ファッションフォトグラファーのベンジャミン・アレクサンダー・ヒュズビー(Benjamin Alexander Huseby)とメンズウェアデザイナーのセルハト・イシック(Serhat Isik)の二人が中心となり、ベルリンのクラブのダンスフロアで出会った10人ほどの友人たちと共にスタートした。

ブランド名のGmbHはドイツ語で「会社」を意味し、英語の「INC.」や「LTD.」と同じように使われる言葉になる。そこに込められた意味は、ブランドを構想した当初、できるだけ多くの人たちにブランドへ参加してもらいたいと考え、ブランド名を個人の名前ではなくグループを意味する言葉を選択したということだった。

また「会社」という言葉はジェンダーレスであり、ベルリンには多くの移民が住んでおり、多人種・異性愛・同性愛といった多様性を内包する意味もGmbHというブランド名には込められている。実際、GmbHが起用するモデルは中東、アジア、東欧など様々な背景の人々であり、国境や文化を横断して新しい価値観を作ろうとする姿勢がうかがえる。

これにはブランドを立ち上げた二人、ヒュズビーとイシックの背景も関係していた。ヒュズビーはノルウェー系パキスタン人、イシックはトルコ系ドイツ人で、彼らは中東系ということで不当な扱いを受けた経験がある。そのような他文化への理解不足に憤りを感じ、社会の意識を揺さぶろうとしている。

これは、僕が最近気になる傾向なのだが、このような社会問題に対する姿勢をブランドコンセプトに取り入れ、それを商品デザインに投影させる例が見られるようになってきた。社会問題に対する意識が強いZ世代が消費を左右する存在になる今後を考えると、こういったソーシャルな姿勢は重要になるだろう。

GmbHにはサスティナブルな姿勢があげられる。当初、資金が少なかったため、デッドストックの生地を使うことからスタートしたことがきっかけになり、それがブランドの象徴にもなった。

以上が、GmbHの簡単な略歴になる。それでは次にデザインにフォーカスしたい。

僕がGmbHのデザインを最初に見て、すぐに感じた特徴は切り替えの多さだった。一つのアイテムの中に、通常の服よりも多くの切り替えがあり、アイテムによっては異色・異素材の切り替えが挟み込まれており、その外観を見ていて浮かんできたのはレーシングウェアだった。

F1のドライバーがレース時に着用しているレーシングウェアに見覚えがある方もいるだろう。レーシングウェアには多数の切り替えがあり、様々な色のスポンサーのロゴがいくつも張り付いている。その印象にとても似ていた。GmbHのデザインは、そのレーシングウェアの構造をデイリーウェアで応用しているようなデザインなのだ。

ヒュズビーとイシックのインタビューを読むと、レーシングウェアからの影響を受けたというコメントは見られない。おそらく、これはブランド当初のデッドストックの生地を使って服を作っていたという経験が大きいのではないかと推測する。

デッドストックの生地であるため、生地のストックが使いたい使用量に足りないこともあっただろう。そこで、生地が足りない箇所に他のデッドストックの生地で切り替えてアイテムを作っていた可能性がある。その制作方法が、ブランドのシグネチャーデザインに発展したのではないだろうか。結果的に完成したアイテムを見ると、先述のようなレーシングウェアのような構造が偶然できたように思える。

2016AWシーズンでは、古着のダウンジャケットを使ったアイテムを作っているのだが、色・柄・シルエットが異なるダウンジャケットを解体し、そのパーツを新たに組あわせて古くも新しいダウンジャケットを作ったことをイシックはインタビューで述べている(FREE MAGAZINE「ベルリン発、サスティナブルなクラブウェア」より)。まさにそのデザインアプローチが、様々なアイテムに転用されている。

このようなアプローチが素材だけでなく、スタイルにも現れている。GmbHを見ていると、ミリタリー・マウンテン・ストリート・スポーツ・フォーマル・フューチャリズムなど、あらゆるスタイルの残像が感じられてくる。そして、その多種多様に組み合わさったスタイルは一目でクールと思える雰囲気ではなく、どちらかといえば野暮ったい。服のシルエットもルーズで硬い。サイズが大きい小さいではなく、異なる体型のために作られた服を着ているような、oversizeではなくdifferent sizeと言いたくなる印象のシルエットなのだ。

「サイズは自分とは違うけど、デザインが気に入ったから着ている」

そんな意識で着ているような、常識的な服の着方を外す着こなしに見えてくる。

GmbHはベルリンのクラブカルチャーを背景にしており、ベルリンのクラブカルチャーにGmbHの根幹がある。ベルリンのクラブカルチャーの始まりは1989年にベルリンの壁が崩壊し、1990年に東西ドイツが統一された時だった。統一後、ベルリンでは大量の廃墟が生まれることになるのだが、その廃墟を改装し、夜に音楽を流して様々な人々が性別年齢を超えて集まるアンダーグラウンドスペースとして、ベルリンのクラブはスタートする。たとえば、世界的に有名なベルリンを代表するクラブ「ベルクハイン(Berghain)」は旧東ドイツの発電所を改装した建物で営業しており、外観は喧騒とは無縁に見える無機質な大きいビルである。

ベルリンではかつて、1989年に始まった「ラブパレード(Love Parade)」というテクノパレードが毎年開催されていた。音楽をなり響かせるトレーラーが道路を進んでいき、車上とその周囲に溢れるばかりの人々がテクノミュージックに酔い、踊り、行進していくパレードである。その後、ラブパレードは開催場所をベルリンから変えながら紆余曲折を経て、2010年の死傷事故を機に開催は中止された。

ベルリンのクラブカルチャーとテクノは密接な関係にある。ベルリンはテクノの聖地とも言われるほどだ。テクノはシンセサイザーやリズムマシンといった電子楽器を使って、短いリズムをつなぎ合わせたり、繰り返すことで曲を作り出している。テクノのルーツは1980年代、アメリカのデトロイトで生まれた「デトロイトテクノ」が源流として語られている。

その代表的DJがデリック・メイ(Derrick May)。今回のテーマの参考資料にと考え、彼の代表曲「ストリングス・オブ・ライフ(Strings of Life)」を私は聴いてみた。この曲はデトロイトテクノの代名詞といわれる名曲である。

先述のように短い電子音のリズムをつなぎ合わせ、スピーディに繰り返されていく。途中でリズムが途切れたと思いきや、一瞬の間を置いて再び同じリズムが繰り返されていく。

この曲を聴いていると、GmbHの服と結びついてきた。服の中に繰り返し多用される切り替えはつなぎ合う短いリズムであり、その中に突然配置された色違いの素材は「ストリングス・オブ・ライフ」に現れる一瞬の無音の間であるようだった。BmgHはデザイナーの二人が目にして魅了された服の要素を、あらゆるところから拾い上げて素早く組み合わされたようである。スマートなカッコよさとは異なるカッコよさがそこにはあった。

今、身体を綺麗に見せるという従来のファッション的エレガンスとは異なるエレガンスが、生まれ始めている。GmbHはそのニューエレガンスの一つを形態している。GmbHだけではない。それはストリートウェア全体に言えることだ。僕はまだストリートのデザインに注視する必要性を感じる。

〈了〉

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