AFFECTUS No.149
ある一つのカルチャーが世の中でブームとなる時、メディアが大きな役割を果たすことが多い。現在、一過性のトレンドを超えて普遍的スタイルへとなりつつあるストリートウェアにおいても、同様の役割を果たしたメディアがある。
その一つが、今回テーマとして取り上げた「HYPEBEAST(ハイプビースト)」だ。HYPEBEASTは、2005年に当時カナダのブリティッシュコロンビア大学に在学中だった創業者でありCEOでもあるケヴィン・マ(Kevin Ma)がローンチしたものである。当初HYPEBEASTは、ケヴィンのスニーカーマニアとしての偏愛ぶりを反映したスニーカーブログであり、ブログの更新は彼の寝室で行われることもあった。個人の趣味を反映しただけのブログが、2015年には月間4600万以上のPVを集めるほどに成長し、翌年2016年になると香港証券取引所に上場、今ではストリートカルチャーの情報をキャッチアップするためのオンラインメディアとして、世界中から注目されるまでに成長した。
現在、ストリートウェアはこれまでにない隆盛を誇り、一般的な消費者層にまでそのスタイルは普及している。ここまで一つのスタイルがほぼ同時期に、かつ世界的に、しかもマス層にまで普及したのはなぜだろうか。
1976年、アメリカでストリートウェアの起源とも言えるブランド「VISON(ヴィジョン)」がスタートした。現在のストリートを代表するブランド「STUSSY(ステューシー)」が始まったのは1980年であり、ストリートのキング「シュプリーム(Supreme)」が誕生したのは1994年と、ストリートウェアそのものは数十年前から存在し、賛否両論起こるプロモーションを仕掛けてきたシュプリームが創業してからも25年が経過している。
ストリートウェアがここまで市場に人気を急拡大したのは、この5〜6年だと思われる。限定したコミュニティの人気にとどまっていたカルチャーが、なぜに近年になって急拡大したのか。その時、拡散を仕掛ける役割が必ず存在する。現在、その役割を果たしているのがメディアとSNSである。
HYPEBEASTはメディアとして、その役割の一部を担ったと言える。しかもファンとファンを繋げていくSNS的要素も合わせながら。HYPEBEASTは情報を伝えるだけのメディアではなく、ファンとの距離感がかつてのメディアにはない近さを作り出していた。
なぜ、HYPEBEASTがここまでの人気メディアとなったのか。
現在デザインの魅力を市場に広め、顧客に価値を感じてもらうことは重要な要素になっており、それもファッションデザインの一部と化している。HYPEBEASTの拡大には、そのような現在のファッションデザイン(ブランドの価値を市場へ浸透させる)につながるヒントがあるのではないかと思えた。
創業者のケヴィンはどのようなことを考えて、どのような仕掛けを行い、HYPEBEASTを成長させたのか。それを知るために僕はケヴィンが過去に受けたインタビューを国内外含めていくつか読んでみた(そのリストは最後に参考資料として付記する)。
すると、一つ真っ先に感じたことがある。
「堅実であること」
そのフレーズが浮かんできたのだ。
ケヴィン(とそのチーム)が行ってきたことは、特別目新しいことではない。その手法はオーソドックスと言えた。当初HYPEBEASTはスニーカーブログであったが、そこからハイファッション、音楽、アート、フードとライフスタイルを含めたカルチャーメディア(ストリートキッズたちが好むであろうテイストの)へと、扱う領域を拡大していった。
それは極めて自然なことだ。スニーカーはファッションと極めて関連性が高い。そして、プレミアムスニーカーを入手するファンはたいていハイファッションへの興味も強い。そして、ハイファッションにも強い興味を持つファンはアートや音楽であったり、美味しいフード情報といったカテゴリーへの興味も強いケースが多い。
ケヴィンはファンの望むものが何かを洞察し、HYPEBEASTのターゲットとなるファンたちのライフスタイルにマッチするものを、適切なタイミングで提供してきた。その地道で堅実な繰り返しが、HYPEBEASTの成長過程だった。
創業から6年後の2011年、HYPEBEASTは初めてマガジン版を発行する。それまでオンラインで情報を楽しんできたが、ケヴィン自身、HYPEBEASTを始める以前から雑誌が大好きで(日本のファション誌も熱心にチェックしていた)、そこから大量に情報を仕入れていた。そういったケヴィンの個人的思い入れもあって、マガジン版がリリースされた。
インタビューを読んでいくと、ケヴィンが自身の個人的思いを重視しているように感じた。ケヴィンがHYPEBEASTの一番のファン。自分がファンとしてHYPEBEASTに望むことを実行しているだけ。そんな印象を受けたため、ケヴィンのインタビューは、例えばスタートアップの起業家のインタビューに比べると趣味を語るような感情的、もしくは抽象的・理想的な内容が多く感じられた。
ケヴィンの特徴として、ファンの声に耳を傾ける姿勢があげられる。それは当然の姿勢で面白みがないと思われるかもしれない。けれど、その当然のことをケヴィンが地道に実行している。
HYPEBEASTマガジン版を発行した同年2011年、HYPEBEASTは自社オンラインストア「HBX」をスタートする。それもファンの声に耳を傾けた結果であったし、時流を掴んでの行動でもあった。当初、ケヴィンはオンラインストアを始める気はまったくもってなかった。
ケヴィンは、メディアが並行してオンラインストアを運営することに疑問を持っていたのだ。メディアはメディアの業務に集中すべきという考えを持っていた。しかし、時流が変わり始め、メディアとECを融合するビジネスモデルが現れ始める。現在ではカナダの「SSENSE(エッセンス)」がその代表だろう。SSENESがサイトにアップする記事はテーマ・内容と共に面白く、クオリティが高い。その高揚感がECサイトでの購買に繋がっていく。
そのような時流を感じ始めたケヴィンは徐々にオンラインストアのスタートへ気持ちが傾き始める。その気持ちが決定的になったのは、HYPEBEASTのファンたちへの問いかけだった。ファンに「今、HYPEBEASTに望むものは何か?」と尋ねたところ、ECを望む声が圧倒的だったのだ。オンラインでHYPEBEASTの記事を読んでいて欲しくなったアイテムを、スムーズに買うことができない。ファンの不満は新しいニーズになる。そこで、ケヴィンは自社オンラインストア「HBX」をスタートさせる。そこに至るまでのプロセスはかなり慎重だったと言っていい。
2018年10月にはHYPEBEAST初めてのフェス「HYPEFEST(ハイプフェスト)」をニューヨークのブルックリンで開催したが、これもオンラインストアと同様に時流を把握してからの実行だった。
今、ストリートウェアでは、限定コラボアイテムの販売、パネルディスカッション、ポップアップショップ、インスタレーション、音楽のライブなどが一体になったフェスがトレンドでもある。代表的なフェスに、開催期間2日間での来場者数約5万人、商品売上高約2500万ドルを誇る「コンプレックスコン(ComplexCon)」がある(2015年スタート)。
そのようにフェスが盛り上がる中、HYPEBEASTのファンたちにもリアル体験の必要性を感じていたケヴィンは、フェスの開催を決定する。そこには顕在化したフェスの問題点を解決する施策を交えて。
フェスには、会場外での転売行為、限定アイテム購入のために並ぶ長蛇の列という問題があった。それらの問題を解決するために、HYPEFESTでは専用アプリからしか購入できないようにし、後日指定の配送先にアイテムを届ける施策を打った。この施策によってフェスを訪れたファンは、列に並ぶことに時間を使わずイベントを楽しむことができるようになる。
施策は完璧に成功というわけではなかったが(やはりその場で手にしたいという声や、発売商品数が少なく入手できないという声もあった)、一定の成果をあげる。
ケヴィンが、時代に先駆けて新しいアイディアを率先してトライするというイノベーター的アクションを起こしたのは、スニーカーの情報がネット上に点在し、かつ更新頻度が少なかった時期にスニーカーブログというテーマを打ち立てた初期だけと言え、その後は他社ですでに実行されて成果の出ていたものを、HYPEBEASTのファンたちが望むタイミングになったときに事業をスタートさせるという、リスク回避の慎重姿勢で行っている。
ケヴィンもこれまでを振り返り、自身の行動についてそこまでリスクを取ってきたわけではない旨を述べている。ケヴィンはインタビューで「成功に必要なスキルを3つあげるとしたら?」と尋ねられ、彼はこう述べた。
1.オープンマインドで、いつもでも学びたいと思うこと
2.粘り強くなること
3.良い人たちに囲まれ、素晴らしいチームを作ること
3点とも特別目新しいことではなく、おそらく様々な場所で何度も聞いたことのある類のアドバイスに思える。ただし、この3つのアドバイスをあげたことにケヴィンの基本姿勢に、ケヴィンの堅実性を強く感じる。
ブランドの認知度を広げ、価値を感じてもらい、商品の購入に繋げるのに必要なのは、奇策や奇手ではなく、王道で地道なもの。ケヴィンの歩みを見ていると、そのようなことを感じてくる。
ファンのニーズを深く知ろうと常にその声に耳を傾け、ケヴィン自身がユーザーとしてHYPEBEASTを通してファンと繋がっていく姿勢はSNS的ともいえ、そこまでファンとの距離感が近いメディアは希少だった。
今回はいつもと異なるテーマで、メディアの創業者であるケヴィン・マをピックアップした。ケヴィン・マは、現在のファッション界、とりわけストリートウェアにおいて重要人物である。現在、ストリートの動向を捉えることは、ファッション界の動向を捉えることと同義と言っていい。ストリートウェアの動向にはこれからも注目し、考察を重ねていきたい。
〈了〉
*参考資料
QUARZY “HYPEBEAST’S KEVIN MA DOESN’T CARE ABOUT SNEAKERS ANYMORE. HE WANTS TO START A BOOK CLUB INSTEAD”
The Business of Fashion “KEVIN MA”
Forbes “Best Under A Billion: Founder Kevin Ma Wants Hypebeast To Last 100 Years”
Tatler Asia “How Kevin Ma Turned His Sneaker Blog Into A Global Streetwear Authority”
the fashion post 「『Hypebeast(ハイプビースト)』編集長、Kevin Ma(ケヴィン・マ)インタビュー」
WWD JAPAN 「『ハイプビースト』創業者が明かすメディア誕生秘話とNYの『ハイプフェスト』