混沌さと共に変化するパーム・エンジェルス

スポンサーリンク

AFFECTUS No.156

この1ヶ月半、国内外のストリートウェアに関する資料を調べて僕が感じたのは、ストリートウェアはスケートのようにある一つのカルチャーが起源になり、発生しているということ。

だが、そこから進化を重ねた現代のストリートウェアは単一のカルチャーのみを反映しているわけではなく、今ファッション界を席巻するストリートブランドの多くは、いずれもデザイナーが影響を受けてきたカルチャーや体験を、相性というものをさほど重視せず、いくつもつなぎ合わせてスタイルを作り上げている。

ストリートウェアには綺麗にまとまっていない雑多な雰囲気がある。それも、デザインの構造が理由ではないかと思われる。

今回のパーム・エンジェルス(Palm Angels)も、その構造を持つモダンなストリートウェアだ。

パーム・エンジェルスのコレクションアーカイブを2017SSから、先月発表を終えたばかりの最新2020SSまでを見終えると、私の頭にあるフレーズが浮かんできた。それは「ストリートギャングとイタリア絵画」である。

イタリア絵画という印象を感じたのは2018AWコレクションを見たときだった。このコレクションは男性モデルが頭を目出し帽で覆い、目元にはサングラスをかけるというギャングスタイル。頭を覆う目出し帽や女性モデルのヘアバンドには、銀色の細い棒が何十本も取り付けられ、まるで針が大量に刺されている剣山みたいになっており、鋲を打ち込んだウェスタン調シャツやジャケット、黄色×黒 or 赤×黒チェックといった素材も使われ、かなりパンキッシュな味付けが施されている。

一連のスタイルの中に、褪せた色調の20代から30代前半と思われる女性と、メガネが掛けた70代ぐらいの男性の顔をダイナミックにプリントした素材を使ったパンツやシャツ、スカートが登場するのだが、そのプリントの持つ雰囲気は、ボッティチェリやラファエロといった15世紀に活躍したイタリアの芸術家たちが描いた絵画の色調を連想させた。

さらにはデニムやワークウェアのディテールも組み合わされ、パンク、ギャング、イタリア絵画、加えてスポーツ、ウィメンズはロングドレスも混ぜられ、大量のイメージが一つのコレクションの中でつなぎ合わされている。

このスタイルに調和のとれた美しさを感じるのは不可能であり、従来のファッション的美意識に照らし合わせると、パーム・エンジェルスのスタイルに魅力を感じるのは無理だろう。

シーズンは前後するが、2017SSコレクションはブレザーやスウェットといったプレッピーな要素が強い。プレッピーとは、アメリカのアイビーリーグなどの名門大学に入学するための進学コース、名門私立高校(プレパラトリースクール)に通う裕福な家の子供である学生たちが着ていたスタイルのこと。

そう言うと、上品で綺麗にまとまったスタイルが連想されるかもしれないが、若い時期の反動と言えるように彼ら彼女らはその育ちの良さを隠す、少しヤンチャな色使いや着崩しで伝統的アメリカンスタイルを着ている。名門大学派生のスタイルにアイビーもあるが、アイビーよりも若々しい。プレッピーが高校生、アイビーが大学生のスタイルと表現するのが感覚的にわかりやすいかもしれない。

2017SSのパーム・エンジェルスはプレッピーのイメージが強いのだが、翌シーズンの2017AWになるとスウェットやブレザーといったプレッピーアイテムが消失し、フード付きアイテム、ボリューミーなシルエットのダウンやキルティングのブルゾン、チェック、柄、ロゴなどグラフィックデザインが大量に施された素材も増加し、頭をフードで覆ってサングラスを掛けたモデルの姿はストリートギャングのイメージを一気に加速させる。

チョークストライプのジャケットやパンツ、コートもスタイリングには使われ、クラシックな要素も混ぜているのだが、コートの上からウェストにレザーベルトを巻きシルバーチェーンを垂らすなど、その着こなしはクラシックとは程遠く、ストリートギャング流にクラシックをスタイリングしているように見えてくる。

2017年から2018年にかけてのコレクションを見ていると、パーム・エンジェルスのシグネチャーアイテムと呼べるアイテムが頻繁に登場する。ジャージだ。アディダスのジャージのようにサイドにラインが入り、スーツのように上下でジャージを着る「トラックスーツ」がコレクションの中で頻出する。ヒップホップのスターたちが着こなすジャージスタイルを連想させるが、ヒップホップスタイルよりもシルエットはスマートであり、その洗練された雰囲気にはラグジュアリーな匂いも漂う。

6月に発表された最新2020SSコレクションは、トレンドの装飾系エレガンスに乗ったギャングなストリートウェアというイメージを見せる。これまでよりも雑多性は薄れ、クリーンさが増している。だが、無地のシンプル素材を大量に使っているのかというと、そうではなく、大胆なプリント素材を多用している。

黒いテーラードコートのフロント、腰付近に左右両身頃にまたがって黄色い巨大な蝶々がプリントされており、鮮烈なインパクトを放つアイテムになっている。日本の刺青を思わす柄、サイドにラインの入ったジャージテイストのパンツ、バスケットボールのユニフォーム、ワークウェアに、スウェットやスタジャンのプレッピーも復活し、2020SSはイメージの多様性が一層増している。

この多様で雑多なイメージのパーム・エンジェルスをスタートさせたのは、イタリアのミラノを故郷とするフランチェスコ・ラガッツィ。彼はモンクレール(Moncler)のアートディレクターでもあるが、フォトグラファーとしても活動しており、2014年にはカルフォルニアのスケートシーンを記録した写真集『Palm Angels』をアメリカのアート出版社 Rizzoli (リゾーリ) から発行している。その写真集がファッションとして具現化したのが、2015AWシーズンからスタートさせたパーム・エンジェルスだった。フォトグラファーとして捉えたロサンゼルスのスケートカルチャーが反映されたファッション。そのアプローチはロックとスケートという違いはあるが、エディ・スリマンと同種である。

僕はこのブランドの成り立ちに興味が惹かれた。パーム・エンジェルスは、ラガッツィが子供のころから熱中していたカルチャーから派生したデザインではなく、彼が大人になってから訪れたロサンゼルスで遭遇したスケータースタイルに魅了された体験がベースになっている。ラガッツィが子供のころからスケータースタイルに興味のあった可能性はあるが、ブランド誕生のきっかけは大人に成長してからの体験だ。

ファッションデザイン(特にモード)の方程式に「オリジナリティ」は必須である。オリジナリティをファッションとして具体化することで、ブランドの魅力が立ち上がってくる。

オリジナリティの多くは、デザイナーが幼い頃から10代にかけて夢中になった「強烈な好き」であることが多い。しかし、前述のようにラガッツィは異なる。たしかにラガッツィがパーム・エンジェルスを立ち上げるきっかけは大人になってからの体験であったが、彼はその体験を写真集にして発売するところまでのアクションを起こしている。オリジナリティには「いつ体験したのか」という時期よりも「自らを強烈な行動に駆り立てたものは何か」、その問いがオリジナリティを見出すために必要な条件に私は感じられてきた。

デザイナーのオリジナリティは、なぜ若いころ(多くは10代)に体験したものが多いのか。

10代は感受性が鋭い時期であり、体験するものの多くが新鮮に感じられ、喜びの表現もストレートであり、一つの体験から受ける感性と影響はとても大きい。20代、30代と年齢を重ねていくと知識・体験が増えて、ストレートに受け入れてその感情のまま感動するよりも、咀嚼して吟味する感覚が10代に比べて発達し、感動に対して客観視する傾向が見られ始める。これを成熟と呼ぶか、鈍感と呼ぶか、難しいところではある。また新しい体験よりも慣れ親しんだ体験に心地よさを感じてくる傾向もある(この傾向は、現在の私も心地よさを感じる)。

10代が持つ感受性の鋭さは、体験からの影響を強く大きくその人間の記憶と感覚に刻む。そのパワーがそのままオリジナリティになっているのではないだろうか。逆にいえば、自らを強烈な行動に駆り立てる体験に出会えたならば、年齢は関係なく、その体験がファッションデザインのオリジナリティになる。たとえば40代で自分の人生観を一変させる体験に遭遇したなら、その体験こそがオリジナリティになる可能性は高い。パーム・エンジェルスの誕生エピソードは、オリジナリティの定義に一つ新しい側面を見せてくれたと同時に、ファッションでは固定観念を持たないことの重要性を教えてくれた。

ファッションはいつだって新しさを求めて変化していく。人々の常識を超えて。これまでも、これからも。

ラガッツィ自身、パーム・エンジェルスを始めるきっかけとなったスケータースタイルにとどまらない変化を見せている。2019SSコレクションになると、これまでよりも合繊素材が目につくにようになった。合繊素材を使ったそのアイテムは、スポーツよりもヘロン・プレストンのように消防士や警察官など公共性ある仕事に従事する人々のユニフォームを思わせた。だが、イメージはそこに収まらない。スケータースタイルはもちろん、サイバー、パンク、グラフィティアート、イメージの波は次々に押し寄せ、私はこの2019SSコレクションを一言で表現する言葉を探り当てられない。

2019AWコレクションでは、さらに新しいイメージを重ねていく。ブランドのDNA、スケータースタイルを軸にマットな質感の黒いテーラードアイテムが数多く合わせられていき、アウトドアテイストなマチ付きのファスナーで開閉できるポケットが過剰に取り付けられ、女性モデルはアズディン・アライアを思わせるボディコンシャスな切り替えが入ったレザーのミニドレスを着用している。

ラガッツィは自分の創造的欲望に忠実であるように感じられてきた。世界中から自分が刺激を受けてきたモノをこれでもかと、コレクションに投入してくる。エネルギッシュでワイルドなデザインは、ドルチェ&ガッバーナに通じる迫力が訴えられてくる。

ここまで、パーム・エンジェルスのコレクションを時系列ではなく、時間を前後しながらピックアップしてきた。いつもならデザイナーのキャリアについては冒頭で触れ、その後からコレクションのデザインを見ていくが、それはそのプロセスの方が読みやすいと考えているから。しかし、今回はデザイナーであるラガッツィのキャリアも、中盤に差し掛かったあたりで触れた。

今回のテキストの構成に、もしかしたら読みにくさやイメージが浮かびにくい感覚を覚えた方がいるかもしれない。その感覚を覚えた方は、その感覚こそがパーム・エンジェルスだと思ってもらえたらと思う。

AFFECTUSは、写真は1枚も使わず言葉でファッションを表現することをテーマにしている。だが、ファッションには写真でしか伝えられない感覚があるのも事実。僕がパーム・エンジェルスのコレクションから感じた、この混沌とした感覚を、写真を使わず言葉で感じてもらえるにはどうしたらいいか。

そう考えた時、今回のテキストの構成を考えた。綺麗に整えるのではなく、その時感じたことをありのままに書いていく。たとえバラバラに感じられようとも。そのバラバラ感こそがパーム・エンジェルスの魅力だから。

〈了〉

スポンサーリンク