リアリティを獲得したウェアラブルなこぶドレス

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AFFECTUS No.169

「ロゴやプリントは皆無の無装飾で、デコラティブなトレンドへのカウンターとも言える無地の生地のみを使い、シルエットにフォーカスしている。この潔いデザインに惹かれた。市場がすべてデコラティブな服を欲しているわけではないし、クリーンな服を着たいニーズだってある」

この一文は今回ピックアップしたブランドの2019SSコレクションを、昨年見た際に僕が呟いたツイートである。今読み返してみると、そのブランドのデザインを簡潔に表している。

これだけグラフィックデザインを多用したストリートウェア(ストリートウェアだけにはとどまらないが)が市場にあふれると、その反動でグラフィックを用いないシンプルでエレガントな服が気になり始める。一つのスタイルがビッグウェーブになったとき、カウンターのスタイルに心が惹かれるのはファッションの宿命である。

服の造形はファッションデザインの基礎になる。服を着たとき、布が身体の上でどのような形を描くのか。その印象が服の、ブランドの印象を決定づけ、ブランドがファンを獲得できるかどうかの鍵となる。ロゴや柄などのグラフィックデザインが全盛の今、装飾性を排除して造形を軸にデザインの魅力を訴えようとするブランドが世界にどれだけあるだろうか。

デビュー早々にドーバーストリートマーケットでバイイングされた「メリッタ・バウマイスター(Melitta Baumeister)」は、その数少ないブランドの一つになる。

ドイツ生まれのバウマイスターはドイツでファッションを学んだのちにニューヨークへ渡り、名門パーソンズに入学する。卒業後すぐに自身のブランドをスタートさせ、デビューコレクションはドーバーストリートマーケットのロンドンとNYでバイイングされることになり、現在は東京のドーバーでも取り扱われている。

現代のファッションデザイナー、とりわけブランドデビュー間もない新人デザイナーなら夢見るストーリーを実現させたバウマイスターは、どのようなオリジナルスタイルを作り上げているのだろうか。

僕がバウマイスターを知ったのは今から2年前の2017年。2018SSコレクション発表の時期に、VOGUE RUNWAYを眺めていたら一つのルックに目が止まる。不思議な服だった。第一印象はシンプルでクリーン。しかし、見続けていると何かが引っ掛かる。それはまるで白昼夢を見ているような浮遊感覚で、シンプルな造形から感じられる違和感が僕には魅力として記憶に残る。

バウマイスターはコレクションの発表をショーでは行っていない。毎シーズン、ビジュアルで発表し、ルック数も20ルックほどと少数である。写真はいたってシンプルだ。バウマイスターの最新コレクションを着用した女性モデルが、白い空間の中で様々なポーズをとって淡々とルックを見せていくタイプのビジュアルである。

色数も絞られている。ブランドカラーは黒で、対照的に白も多用されている。時折、ピンクやオレンジなどの明るい色が差し込まれることもあるが、めったに黒と白以外の色が使われることはない。素材も無地ばかりだ。

ほとんどの色が黒と白で、素材は無地。ショーは開催せず、発表はビジュアルのみ。毎年、次々に新ブランドがデビューするファッション界では地味な存在に思われてしまうだろう。だが、彼女の服は一度見るといつまでも心に引っ掛かりを残す。忘れることのできない引っ掛かりを。

トラッド、ロック、クラシック、ストリート。ファッションスタイルを形容する言葉は多々あるが、どの言葉もバウマイスターのスタイルを正確には表現できていない。服の外観はミニマリズムなのだが、服から受ける印象はアヴァンギャルド。ジル・サンダーを見ているのに、コム デ ギャルソンを見ているような感覚。それがバウマイスターである。

彼女のデザインを見ていると、コム デ ギャルソンに通じる匂いがしてくる。ただし、コム デ ギャルソンよりもずっとリアルでシンプルな造形だ。シンプルな形の中にアヴァンギャルドな匂いを感じる秘密は、異形なボリュームとラインを潜り込ませている点にある。

最新コレクションの2019AWコレクションではその特徴が進化を見せる。マットな質感と光沢感のある黒い生地で作られたジャケットは、一見するとシンプル。しかし、印象はアヴァンギャルドそのもの。肩が異様に盛り上がり、筋骨隆々の屈強な男性の身体の上でパターンを作り、そのパターンで作られたジャケットをスレンダーな女性モデルに着用させているかのよう。アームホールは異様に広く、袖幅も同様に異常なまでに太い。ただし、着丈は通常のジャケットと変わらず、袖丈に至っては少し短く、手首が見えてしまうほどだ。

シンプルなデザインだが、シンプルさを大胆に表現する造形とベーシックな造形を並列させることで異様なアンバランスを生み出し、ミニマリズムでありながらアヴァンギャルドという特異なデザインを完成させている。2019AWコレクションでは大胆さがグレードアップされ、グラフィックデザインや装飾的なディテールを多用しなくても、立体にコントラストをつけることでファッションにはダイナミズムを生み出せる好例を示している。

もう一点感じられる特徴がある。それは少女性だ。バウマイスターはAラインシルエットのドレスとスカートが多く登場する。着丈が膝下よりも長く、刺激的な色気を感じさせないスタイルも少女性のイメージを加速させる。黒い服という理由もあるだろう。葬儀に参加する少女というイメージを私の中に浮かび上がらせた。

2019AWコレクションは服をデザインするというよりも、まずは身体をデザインし、その身体に見合う服をデザインしているような発想のアプローチを感じる。バウマイスターがイメージする身体は、私たちが抱く「美しい身体」とは異なっている。美しい身体とは細く痩せている身体のことを言うのだろうか、それともボリュームのあるボディラインにも美しさがあると訴えているのだろうか。

いや、バウマイスターの造形はそのような単純な二択では語ることはできない。それがなければ美しいのにと思える異様な服の膨らみや絞り、それらが人間の身体を再定義し、身体にフィットするように整えられた服だけが美しいのかという疑問を抱かせ、それはまるでコム デ ギャルソンのこぶドレスを思い出させる。

「こぶドレスがスタンダードな服をベースにリアリティを獲得したデザイン」

そう形容することが、バウマイスターのデザインにはふさわしい。

重層的な装飾性が人気を集める現代のファッション界において、潔いまでの簡潔さで勝負するバウマイスター。そこに狂気を忍び込ませて。彼女は人間の身体を拡張し、新しい美しさを模索する。

〈了〉

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