新しい新しさを示唆するカイダン エディションズ

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AFFECTUS No.170

ファッションの魅力は一面からだけでは断定できない。僕の好きな服をあなたは嫌いかもしれないし、あなたの嫌いな服を僕は好きかもしれない。そのことがしばしば論争を起こして、ファッションを難しいものにする怖さがある。

今回ピックアップしたのは、女性の服では本来なら魅力ではないと思われる要素を魅力に転換させた、日本人には耳慣れた単語をブランド名に使用しているロンドンのブランドである。

日本語の「怪談」をブランド名に取り入れた「カイダン エディションズ(KWAIDAN EDITIONS)」は、夫婦でもあるフランス人デザイナーのレア・ディッキリー(Lea Dickely)とベトナム系アメリカ人デザイナーのフン・ラ(Hung La)が2016年にスタートさせた若いブランドだ。

なぜ「怪談」をブランド名に使用しているのか。レアとフンは初めてのデートで映画『シャイニング』を観るほどホラー好きであり、小林正樹監督のオカルト映画『怪談』がブランド名の由来となっている。

ブランド名のエピソードやホラー好きという趣向を聞くと、カイダン エディションズはダークでアヴァンギャルドな服なのかと思わせるが、その想像は裏切られる。

カイダン エディションズのデザインはテーラードジャケットが数多く登場し、シャツとパンツのスタイルが毎シーズン現れ、シックでシンプルなデザインが特徴の端正なスタイルが魅力のウィメンズウェアである。複雑なディテールやパターンは見られない。クリーンでシンプルなカットを持ち味に、服を丁寧に作って見せている印象を抱く。

ただし、上品な美しさに落ち着いているわけではないし、ベーシックウェアと評するすることにも違和感を感じる。スタイルからはダークさがにじんでいる。光沢のある素材が使われることが多いが、その光が鈍く怪しげに感じらてきて、時折色で赤が使われるが、その色味も暗く濃い赤で、どこか血を連想してしまう。数は少ないがプリントも使用されて、2019AWコレクションに登場したシャツに施されたプリントはおどろおどろしい雰囲気を持つ抽象的な柄で、人間の顔が恐怖で歪んだ表情からインスピレーションを得たのではないかと思わせる怪しさがあった。

ビジュアルに登場するモデルを見ていると、街中を歩いていそうなリアリティを感じながら、その内面に狂気を隠し持っているようなミステリアスな雰囲気を醸している。レアとフンのホラー好きという趣向が大胆なデザインという方向性ではなく、シンプルなデザインの上に乗せて提示していくという手法になっている。スタイリングもいたってシンプル。何層も重ねていく重層的重ね着のスタイリングは見られず、着こなしも標準的。しかし、普通にはおさまらない怪しげな魅力を放つ。

そして、僕が思うカイダン エディションズ最大の特徴はシルエットにある。

女性の服と聞くと、どのようなイメージをまず持つだろうか。

フェミニン、エレガンス、優美さや可愛さ、繊細さなどをイメージすることが多いのではないだろうか。しかし、カイダン エディションズはここで述べた女性の服ならではの特徴を備えていない。シルエットがそれらを否定しているのだ。

一目見て僕が感じたこと。それはカイダン エディションズのシルエットは硬いということ。まるで男性の平面的かつ直線的なボディラインに合わせて作った服を、立体感があり曲線的な女性の身体に着用させたような硬さがある。

シルエットが硬い。通常ならそれはウィメンズウェアにとって弱みになる。しかし、カイダン エディションズにとってはシルエットの硬さが、ダークでホラーな雰囲気を強調する役割を果たし、ブランドのオリジナリティを形作ることに成功している。

これは面白い発見である。

ファッションにはセオリーがある。男性の服に求めらられる要素、女性の服に求められる要素といったセオリーが。しかし、セオリーは絶対ではない。大切なのはブランドのオリジナルスタイルを確立すること。オリジナルスタイルはデザイナーの文学性から導き出される。文学性からたどり着いたオリジナルスタイルを完成させるために、セオリーが邪魔をするなら取り入れる必要はない。オリジナルスタイルがあるから、消費者はブランドに惹きつけられるのだから。優先すべきはセオリーよりも自身の文学性という名のオリジナリティ。

レアとフンにとって欠かすことのできない文学性はダーク&ホラー。この要素をより魅力的に見せるには、女性の服らしい優美で流麗なシルエットよりも硬く直線的なシルエットがふさわしい。

欠点は、状況と組み合わせによっては強みになる。硬いシルエットには彫刻的力強い美しさが宿る力がある。そのシルエットにダーク&ホラーな素材・色・ディテールが組み合わさることで、カイダン エディションズのオリジナルスタイルは完成している。

先ほどテーラードジャケットが多く登場すると述べたとおり、コレクションにはジャケット&パンツのスタイルが毎シーズン必ず登場している。これは昨今のブランドでは珍しい。ましてメンズウェアではなくウィメンズウェアで。

ジャケットのシルエットは肩幅が広く、袖幅も太めでラペル幅も広い。二つ釦でVゾーンは深め。このシルエットを見ていると1980年代のパワーシルエットを思い起こす。だが、80年代ほどに肩幅がパワフルではない。その印象が、80年代の名残を残す90年代のミニマリズムにも感じられてくる。

強烈なインパクトがあるわけではないのに、惹かれていく。カイダン エディションズにはそのような魅力がある。もしかしたら大胆で攻めていくデザインが新しくない時代が訪れるのだろうか。たとえモードという先端的舞台であっても。

最近、ピックアップするブランドは今業界で注目されているブランドを意識的に取り上げている。それらのブランドを見ていると、しばしばデザインの価値を言葉にする難しさを僕は感じている。

難しさの理由は、服の印象が「普通」に近いからだ。だから服の特徴を捉えられても、その特徴がどのような価値を持っているかわかりづらいことが多い。長い時間頭を悩ましてしまう。カイダン エディションズもその類のブランドだった。

今、新しい新しさが生まれようとしているのかもしれない。カイダン エディションズはそのことを示唆する。

〈了〉

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