ドリス・ヴァン・ノッテンとクリスチャン・ラクロワが灯すファッションへの情熱

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AFFECTUS No.180

2020SSシーズン、ドリス・ヴァン・ノッテン(Dries Van Noten)が驚きのコレクションを発表した。ファーストルックからドリスらしからぬデザインの登場に意表を突かれる。現れたのは、クチュールライクな羽飾りを頭にかざし、ランウェイを歩く女性モデルの姿。ファーストルックに次いで次々に登場するルックは、これまでのドリスから感じられてきたエスニックでボタニカルな装飾的魅力とは異なる贅沢さと豪華さを併せ持ちながら、静かなるエレガンスに満ちた装飾性がシックに響いていた。

スカートの裾が床と擦れるロングスカートのシルエットは、レッドカーペットを歩くセレブなドレスのよう。しかし、派手で自らの存在を誇張する仰々しさは皆無。女性の美を讃える厳かな黒いロングスカートが、女性モデルの歩みをエレガントに進めていく。

中国美術の感性が西洋の衣服上で表現されたとも言える、文化の融合、いや融合というほどバランスよく組み合わさったものではなく、それぞれの文化がそれぞれのエネルギーを残しながら一体になった、色彩を多様に用いた混合感ある柄と柄のスタイリングは、1980年代的にも1970年代的にも感じられる。時代と文化の一体化、それはパワフルでありエレガントであり、デコラティブでありクラシックであった。

現在世界中に点在するエレガンスが、歴史という時間軸を彩ってきた数多くのエレガンスが、ドリス・ヴァン・ノッテンの2020SSコレクションには内包されていた。なぜ一つのコレクションからこれほど種類の異なるエレガンスが感じられてくるのか。ドリスらしくもあり、ドリスらしくもない。いったい彼に何が起きたのだろうか。

その答えが判明する。

今シーズン、ドリスはクリスチャン・ラクロワ(Christian Lacroix)とタッグを組み、コレクションを制作していたのだ。ラクロワは1988年にパリでデビューし、今やファッション界を支配する巨大帝国となったLVMHグループを司る王、ベルナール・アルノー(Bernard Arnault)から偉大な才能と絶賛され、天才の称号を授かったデザイナーである。

アルノーはラクロワの才能に惚れ込み、彼のために出資を行ってオートクチュールメゾンを創立する。こうしてラクロワのシグネチャーブランド「クリスチャン・ラクロワ」が誕生した。

ラクロワのデザインは情熱にあふれている。フランス、スペイン、中国、インド。ラクロワのパワフルなドレスからは世界中の文化の影を感じる。世界をインスピーレションとしているかのように、ラクロワのデザインには国や地域を横断した色彩豊かで大胆な柄がクラシックなエレガンスを備えたラグジュアリーなシルエットのドレスと一つになり、これぞオートクチュールと呼ぶにふさわしい豪華で濃く熱い熱が迫力さを伴って迫ってくるコレクションを披露していた。

ラクロワのコレクションから発散されるダイナミズムは圧倒的だ。リアルクローズという言葉が最も似合わない、贅沢で大胆なファンタジーに満ちたドレスの数々。ラクロワはファッションを通して人々に夢を見せてきた。眠ることなく見ることのできる夢を。オートクチュールとは何か。その質問への答えがラクロワのコレクションだった。

だが、創造性の豊かさほどにラクロワのビジネスはうまくいかなかった。ファッションには人を酔わせる美の魅力がある一方で、ビジネスというリアルな側面がある。なぜラクロワはブランドの売上を伸ばせなかったのだろうか。確かな正解を見い出すことは難しい。今見れば、あまりにコスチューム的なデザインが、オートクチュールという贅沢で装飾的な服を良しとする市場であっても受け入れられず、顧客数が伸びなかったように思える。しかし、それも今だから語れることだろう。後年語られる分析に説得力を感じやすいのは、時間の経過によるマジックも含まれている。

2005年、LVMHグループはブランド「クリスチャン・ラクロワ」を売却する。アルノーがあれほど惚れ込んだ才能だが、ブランドのビジネスは売却せざるを得ない状況になっていた。それでもラクロワの才能が、人々の心を震わせてきたのは事実。彼のファッションに魅了された人々がいたのだ。

ファッションは「今」が命。今こそが最も価値がある。それがファッションに定められた宿命。しかしドリスは、ファッション界のセオリーを揺さぶった。ラクロワと協働でコレクションを制作することによって。

かつてラクロワの特徴であったダイナミックかつカラフルな装飾性は、シックに控えられることによって、オリエンタルな成分を含む新たなる魅力を獲得していた。ドリスもこれまでの民族的かつ植物的な要素が厳格に映える装飾性に、ドレッシーなシルエットと豊かな色彩が取り込まれ、贅沢さが気品を伴って現れる新しい魅力を作り出した。ドリスの持つ強みがラクロワの弱みを、ラクロワの持つ強みがドリスの弱みを補完し、各々の才能はマッシュアップされ、一人であったら到達できなかったであろうコレクションへと到達する。

美しさを必要とするファッション。人々の想像の向こう側から、デザイナーは自身の創造性を駆使して未知の新たなる美しさをこちら側へと手繰り寄せる。ドリスとラクロワはファッションの美に再定義を促す。情熱が灯されたファッションにこそ、人々は心を震わせる。ショーの閉幕、それは次の美の創造に向けた始まり。

「今という価値に囚われるな」

〈了〉

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