AFFECTUS No.213
久しぶりにキコ・コスタディノフ(Kiko Kostadinov)について書こう。基本的にキコがデザインするメンズウェアは異形な造形は登場せず、ジャケットやシャツなどメンズウェアのフォーマットである現実的な衣服が発表される。だが、それらの衣服はリアルであるにもかかわらず、本来なら一体になることがないディテール・色・素材が組み合わされることで違和感がアイテムの至る所に立ち上がり、困惑を増加していく。現実的なのに現実感が伴わない。まるで白昼夢を見ているかのようであり、初期のワークウェアが特徴だったスタイルは現在では完璧に消失している。
2020AWコレクションでは、赤や白、オレンジに黒といった色の切り替えが多用されたアイテムが目を惹き、そのデザインは初見ではわかりやすいように感じられる。だが、次々に現れるルックは違和感を産み落とす。
一見するとショールカラーのロングジャケット。しかし、違和感はすでに生じている。ウェストラインから下が裾に向かってフレアシルエットを描き、まるでジャケットとドレスのシルエットが一着の中に閉じ込められたかのようで、そのジャケットから僕は右半身が裸の男性、左半身が裸の女性という人間が、手を上空にかざし空を仰ぎ見る姿が浮かんできてしまった。
それだけではない。このロングジャケットはノースリーブであり、インナーに着用したニットの袖がジャケットのアームホールから覗くのだが、ニットの袖と布帛のジャケットが一体になったようにすら見え、夢の中の服が目の前に現れたシュールさを訴えかけてくる。
このコレクションではグラフィカルな切り替えが特徴的だが、これはアメリカの抽象画家ケネス・ノーランド(Kenneth Noland)の作品がモチーフとなっている。ノーランドは円形や逆三角形を多色使いで表現する絵画を描く。三角形や円といった誰もが目にしたことのあるシンプルな形状。それらの形状が色彩の切り替えを用いて描かれ、シンプルさが複雑さを訴えてくる不思議な感覚は近年キコが披露するコレクションを見た際と同様の感覚があり、ノーランドの絵画はキコと同種の違和感を僕に覚えさせる。
新型コロナウィルスにより発表がデジタル化へ移行した2021SSシーズンでも、キコの不可思議な違和感は健在だった。
このコレクションのタイトルは、初夏にアフリカから地中海を越えてイタリアに吹く暑い南風にちなんで「シロッコ(Sirokkó)」と名付けられた。キコは15世紀から16世紀にかけてのドレス、貴族たちの服装をモチーフにコレクションをデザインする。事実、登場するルックは中世ヨーロッパ当時の服装を代表するディテールのスリットが主にパンツに多用され、ケープに細身のパンツを合わせたスタイルはまさに貴族を連想させるもだった。
2020AWコレクションはアーティストの作品をモチーフに、現代のアイテムに落とし込むデザインがされているが、2021SSコレクションは中世ヨーロッパの服装を現代的にニュアンスを変化させたデザインを披露している。このように現在のキコはシーズン毎にデザインの触れ幅が極端に広く、服そのもののファンであり続けることが困難なデザイナーへと変貌している。デザインの振れ幅が大きいだけでなく、現在キコが見せるデザインは非常に先鋭的であり、市場にこの服への需要が果たしてどれほどあるのだろうかという疑問も生じてくる。
違和感がコレクションの主役。ファッションとは人間の感覚を困惑させるもの。そうと言わんばかりに独立独歩であるキコの姿勢は揺るがない。正直、僕はキコのデザインを理解することがかなり困難な状態に陥っており、戸惑いを覚えている。初期のワークウェアスタイルが僕にとってとても好きなスタイルだっただけに、現在の現実感を伴わない現実的スタイルはもはや良いのか悪いのかの判断がつかない状態だ。
難解さを加速させるキコ・コスタディノフ。僕はどこまで彼のデザインについていけるだろうか。
〈了〉