AFFECTUS No.222
今や若手日本人デザイナーのトップを走る存在と言ってもいい。黒河内真衣子による「マメ クロゴウチ(Mame Kurogouchi)」は、2020SSシーズンからはパリファッションウィークの公式スケジュールで最新コレクションの発表がスタートし、黒河内の作り出す日本の誇る精緻な技術と気高い美しさが一体になったデザインは、海外メディアにも頻繁に取り上げられ、国際的な評価がシーズンを重ねる毎に高まっている。
久しぶりに日本から登場した国際レベルのニュースターとなったマメだが、いったいどのような特徴がデザインにあるのだろうか。なぜ、ここまで人気と評価を高めることができたのだろうか。最新2021SSコレクションの発表を来週に控えた今、マメのデザインを読み解いていこうと思う。
マメのデザインで大きな特徴となっているのは、日本の技術を生かした服作りにある。黒河内は自ら日本各地の工場へ赴き、現場の職人たちと密度の濃いコミュニケーションを取ることで、難易度の高いデザインを完成へと導いている。そのことをブランドのInstagramアカウントを見ていると詳細に感じられ、マメの服作りのプロセスを体験できる面白さがある。
日本の技術を生かしたアイテムが、2020AWコレクションでは発表された。それは「籠人間を作りたい」という黒河内の、一度聞いただけでは突拍子に感じられる奇想なアイデアから始まっている。刺繍によって籠を編むように作られたオフホワイトのコートは、空を覆うほどの原生林が生茂る植物の蔦をそのままコート素材にしたかのような、オートクチュールのドレスに勝るとも劣らない技術と気品の結集が見られる。
マメのコレクションに度々登場する刺繍は、ブランドのシグネチャーとも言える存在感を放っているが、不思議とデコラティブな圧迫感が薄い。これだけ刺繍を多用した装飾的な服なら、もっと厚みと重さを服から感じても良さそうなものだが、マメのコレクションからはむしろミニマムでクリーンなイメージが感じられてくる。
これはなぜなのか。
秘密は色使いにある。黒河内はアールヌーボーを思わす植物の蔦や花、葉をモチーフにしたデザインを度々登場させるが、使用される色数が最小限にとどめられている。例えば、初の公式スケジュール発表となった2020SSコレクションではファーストルックから登場するグリーンが鮮烈な印象を植え付けるが、その後の色展開は多彩という形容とは逆の、ブラック・ホワイトを頻繁に登場させ、時折ベージュを挟み込むぐらいで、むしろその色数と色展開はミニマリズムだと称してもいいほどだ。
2019SSコレクションから直近の2020AWコレクションまでの4シーズンを調べてみたが、色使いは華やかさよりも冷たいトーンの色が使用されていた。植物をモチーフにしたデザインというと、多彩な色使いで華やかにデザインされた服であることが多い。だが、黒河内のデザインはその逆をいく。以前からマメのカラーパレットは控えめだったが、この傾向は発表をパリで行うようになってから強まったように見える。これは意図して行った結果なのか、それとも偶然の結果なのか、それはわからないがこの変化はマメのコレクションに独自性をもたらす要因になっている。
また、2020AWコレクションで見られた特徴なのだが、2種類の女性像が共存されていることに注目したい。このコレクションでまず感じられるのはクラシックである。基本的にマメには成熟のエレガンスがコレクションのベースとしてあり、淑女が厳かに静かにその美を表現したスタイルが披露されている。ドレスやスカートはロングレングスが支配し、パンツルックも多い。だが、2020AWコレクションでは新たな一面が顔を覗かせた。それがシックなフェミニンである。従来のロングドレスと一緒に、膝上丈のミニレングススカートが登場し、これは2019SSから2020SSまでの3シーズンに現れなかった新兆候であり、抑制されたムードの装いをキープしたままフェミニンを調理している。
例えるなら、第二次世界大戦後に華開いた1950年代のオートクチュールに見られた淑女たちのエレガンスと、1960年代のオートクチュールで中心となった近未来感香る若々しい女性たちのフレッシュなフェミニティが、一つのコレクションの中で表現されたものだと言える。相反する時代の女性たちが備えていた感性が一つになる。その感性を繋げるのは、植物たちを愛でるかのごとく刺繍を施された素材やディテール。しかし、それら植物要素のモチーフをカラフルという表現とは対極の、ミニマムな色使いでフィニッシュさせる。
これが僕に解釈によるマメ クロゴウチのデザインになる。黒河内はファッション界に成り立っていた既存イメージを細かく断続的に裏切り、そしてそれらを積み重ねてファッションデザインの文脈に独自の立場を刻むデザインを生み出していた。それはファッションデザインに最も必要な「新しさ」を満たす美の提示だった。
サステイナブルが重要な現在、ファッション界の常に新しさを求める姿勢は批判に晒されることがある。しかし、ファッションにおいて人々が本当に熱狂する服とは、新しさを確立した服である。過去の繰り返しではもちろん、過去に評価を得ていたデザインをアレンジしただけの服を市場に発表しているだけでは、人々の心は揺れることはなく、そのブランドは市場からの退場を迫られる。
今までにない新しさを確立できたからこそ、人々はブランドへの興味を抱き、熱狂にまで至るのだ。マメ・クロゴウチは紛れなもなく新しさをファッションコンテクストに提示した。ファッション界で覚悟を決めて生きるなら、新しさへの探求を決して忘れてはならない。
〈了〉