AFFECTUS No.268
このコラボレーションがニュースになり、しかしコロナ禍によってコレクション発表の延期を2回重ね、2021年7月、ようやく全貌が明らかになった。ジャン・ポール・ゴルチエ(Jean Paul Gaultier)と「サカイ(Sacai)」の阿部千登勢は、互いの才能が交差するオートクチュールを世界に披露する。
ゴルチエが毎シーズン、ゲストデザイナーを招待して共にオートクチュールを製作し、発表する。2020年3月にこのコラボクチュール第一弾として発表されたゲストデザイナーが阿部千登勢だった。当初コレクションの発表は同年7月とアナウンスされていた。しかしその後、ご存知の通り世界は新型コロナウィルスの脅威に覆われ、ファッション界ではリアルショーの開催が困難になり、ショーでの発表を重視したゴルチエとサカイのコラボも2度延期される。
こうした経緯を経て発表されたのが今コレクションになる。ではさっそくルックの解読を試みよう。
ファーストルックがすでにこのコラボクチュールの特徴を大きく表している。まずデザインの軸にあるのはゴルチエのスタイルだ。ゴルチエのデザインは女性の身体的特徴にフォーカスするものが多く、それはどこかSMテイストを匂わす。ファーストルックもバストを強調するカッティングが盛り込まれ、見るさま瞬時にゴルチエの世界観が迫ってくる。
そしてそのゴルチエスタイルを、複雑かつ重層的パターンでモードなフォルムへ書き換える役割を果たしているのが、サカイのデザイン力である。これまで幾度も述べてきた通り、サカイのデザインの特徴はそのパターンワークにある。一見するといったいどのように作られているのか不明かつ難解なパターンが、一つのルックの中で複雑に絡み合い、迫力と大胆さ備えた造形を作り出すことがサカイの真骨頂である。
ファーストルック以降も、ゴルチエのSMテイストに、チョークストライプやボーダーといった、これまたゴルチエが好んで使っていた素材が多用され、ゴルチエスタイルの匂いが強くなっていき、そこに連動してサカイのパターンワークがゴルチエの伝統を新たに書き換えていく。
それだけでは終わらない。ルックの発表が中盤に差し掛かると、今度はサカイスタイルに散見されるミリタリー要素が挟み込まれ、MA-1やトレンチコートからインスピレーションを得たであろうアイテムにゴルチエのバストを強調したカッティングが溶け込み、今度はサカイスタイルをゴルチエのテクニックで書き換えるタイプのデザインが登場する。そして再び、スタイルの軸はゴルチエバージョンのルックへと回帰していくのだった。
このように構成されているのが、ゴルチエ&サカイのコラボクチュールである。
二人の才能あるデザイナーが共同でコレクションを作り上げる。これはなかなかに難しいと僕は実感する。そう思う理由の一つに、現在の「プラダ(Prada)」があげられる。ミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)とラフ・シモンズ(Raf Simons)によって共同ディレクションによってコレクションが制作される現在のプラダだが、これまで発表されたコレクションを見ていると当初思い描いた興奮を僕は未だ感じられずにいる。
プラダのコレクションを見ていると、やはりラフとミウッチャが互いの個性(デザイン)を尊重し過ぎているように思えるのだ。一方、ゴルチエ&サカイは一人が得意のスキルでデザインでアイテムを完成させたら、もう一方のデザイナーはそのアイテムを自分の得意スキルでさらに自由にデザインする。そんな自由と大胆さが感じられてくる。
マッシュアップという言葉をご存知だろうか。2つ以上の曲から片方はボーカルトラック、もう片方は伴奏トラックを取り出して、それらをもともとあった曲のようにミックスし重ねて一つにした音楽の手法である(Wikipediaより)。
僕が思うに突出した才能のコラボは、一人が自分の得意な領域で仕立てたデザインを、もう一人のデザイナーに投げてあとは完全に任せることで、デザインクオリティがアップするように感じる。僕は音楽に精通しているわけではなく、マッシュアップが本来持つ意味とは異なるかもしれないが、ファッションデザインのコラボにもマッシュアップのようなアプローチが互いの才能を最も効果的に発揮するように思えるのだ。最初から最後まで二人で共同して作るやり方は、どちらの特徴も曖昧に表現されてしまい、個性が弱体化されてしまう。
僕は今回のゴルチエ&サカイのクチュールと、ミウッチャ&ラフのプラダを比較した際に相違を感じる。もちろんこれは僕の完全な憶測に過ぎず、実際の現場で行われているデザイン手法は違うかもしれない。しかし、完成されたコレクションを見ていると、ゴルチエ&サカイからは二つの人格が感じられる一つのコレクションに見え、ミウッチャ&ラフのプラダはほぼ一つの人格しか感じられないコレクションに見えてしまったのだ。
やはりコラボとは二人のデザイナーの異なる才能が、入れ替わり立ち替わり一つのコレクションの中に実感できてこそ成功ではないか。近年ではドリス・ヴァン・ノッテン(Dries Van Noten)とクリスチャン・ラクロワ(Christian Lacroix)が共同で制作した2020SSウィメンズコレクションも、まさにドリスとラクロワの才能がマッシュアップして完成した見事なコレクションだった。
僕はミウッチャとラフにもマッシュアップを感じたい。
ゴルチエとサカイについて書き始めたはずが、プラダへの思いに書き変わってしまった。逆に言えば、それほどこのコラボクチュールは成功と言えるクオリティを示している。
待ち望んでいたコレクションは、待っただけの価値あるものだった。再び見たいと思うのは自然な心境だろうが、一度だけで終わらせるのもきっと美しい。だから、僕は願いたい。ゴルチエとサカイが再びコラボレーションをしないことを。
〈了〉