イフアニ・オクワディはイエール発のニュースターとなるか 1

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AFFECTUS No.334

イフアニ・オクワディ(Ifeanyi Okwuadi)というデザイナーの名をすでにご存知の方がいたなら、かなりのモードファンだろう。オクワディは、昨年2021月10月に開催された第36回「イエール国際フェスティバル(International Festival of Fashion, Photography and Fashion Accessories in Hyères)」(以下イエール)において、グランプリを獲得した若手イギリス人デザイナーだ。

イエールは過去に幾多の新しい才能を発掘し、「サンローラン(Saint Laurent)」現クリエイティブ・ディレクターであるアンソニー・ヴァカレロ(Anthony Vaccarello)、2022年1月に「ニナ・リッチ(Nina Ricci)」のアーティスティック・ディレクターを退任した「ボッター(Botter)」のルシェミー・ボッター(Rushemy Botter)とリジー・ヘレブラー(Lisi Herrebrugh)など、現在もファッション界にスターを送り出している。

歴史があり、世界から注目を集めるイエールでグランプリを獲得したオクワディだが、現在オクワディのブランドサイトは、真っ白な背景に黒いロゴのブランド名とペンで描いたと思われるラフなスケッチ(バッグだろうか?)がアップされているだけで、Instagramアカウントも非公開になっている。SNSやブランドサイトを用いて認知度を高めることは今や当たり前の手段だが、世界的ファッションコンペでグランプリを獲得し、ブランドの存在を浸透させる最大のチャンスにもかかわらず、オクワディはインターネットツールに力を注いでおらず(ほぼ放置状態)、彼の現在を窺い知ることは困難である(逆にそれが興味を引いた一因でもあるが)。

しかし、昨年10月にショー形式で発表された全7型のメンズコレクションは秀逸なクオリティだった。ルックを一目見た瞬間に僕はすぐさま惹き寄せられる。なぜ面白さを感じたのか。それは、近年のメンズモードに度々現れていた傾向をオクワディがデザインしていたからだった。その傾向は、イエールと同じく新しい才能を見出す審美眼は世界屈指のコンペ「LVMH PRIZE」で、2022年ファイナリストに選出された「エス エス デイリー(S.S. DALEY)」とも共通する特徴だった。

本格的なデビューをまだ迎えていないオクワディだが、今回はイエールで発表された彼のメンズコレクションにフォーカスし、前編・後編の2回に分けてお送りしていく。前編ではイフアニ・オクワディとはどのような人物かに触れ、その後コレクションテーマに言及し、後編ではイエールの最終審査で発表されたコレクションのデザインについて、モード文脈の観点から述べていきたい。

グランプリ獲得当時27歳のオクワディは、ナイジェリア出身の父とシエラレオネ(西アフリカの西部に位置する共和制国家でイギリス連邦加盟国)出身の母である両親の血を引き、テーラードスーツの聖地であるロンドンのサヴィルロウで約3年の修行を積む(職種は不明)。オクワディは「ヴォーグ(Vogue)」とのインタビューで、ファッションへ足を踏み入れるきっかけとなったデザイナーにアレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)、オズワルド・ボーテング(Ozwald Boateng)の名前をあげており、テーラードからの影響の大きさが窺い知れる。

それにしても現在20代後半の若者が、ボーテングの名前をあげたことに驚く。ボーテングが最も注目を浴びていたのは2000年前半だろう。2003年には「ジバンシィ(Givenchy)」では初となるメンズウェア クリエイティブ・ディレクターに就任するほどだった。ボーテングのスーツには深く濃い色気が全身からあふれ、トム・フォード(Tom Ford)と同じ濃度のセクシーなのだが、ボーテングはより高貴な雰囲気だった。

話を戻そう。

サヴィルロウでの修行後、オクワディはレイベンズボーン大学でファッションデザインを学び、2016年LVMH PRIZEグランプリのウェールズ・ボナー(Wales Bonner)、独特の創作活動が注目されるアイター・スロープ(Aitor Throup)というロンドンを拠点に活動するデザイナーのもとでインターンを経験する。イエールで発表したコレクションは、「マーガレット・ハウエル(Margaret Howell)」で物流関連の仕事をしながら制作したそうだ。また、オクワディはイエールでグランプリ獲得後、Netflixの人気ドラマ「ブリジャートン家(原題:Bridgerton)」のシーズン2で衣装製作も手がけていた。

次に、イエールで発表されたオグワディのメンズコレクションのテーマについて述べてよう。

“Take the Toys From the Boys”と名付けられたコレクションは、グリーナム・コモン・ウィメンズ・ピースキャンプ(Greenham Common Women’s Peace Camp)からインスピレーションを得ている。このキャンプは、イギリスのバークシャーにあるイギリス空軍の基地に配置されている核兵器に抗議するために設立され、1981年から始まって2000年に解散するまで、250人の女性が抗議して34人が逮捕された。

コレクションは抗議活動にフォーカスし、警察官の制服からヒントを得たトレンチコート、抗議者が激しく立ち退きを迫られたことにちなんだネックまわりの広いスウェット、女性たちがキャンプ解散の際に作ったアート作品からヒントを得た、ハリスツイードとボーイスカウトのバッジで制作したパッチワークスカーフなどが発表されている。

「イギリスにはあまり知られていない歴史的な事実があり、スティーブ・マックイーン(Steve McQueen)監督などはそれを映画で表現している。私はそれをファッションやデザインを通じて表現したい」WWD JAPANより

オクワディはそのように語り、メッセージ性を込めたコレクションを意識しているようだ。このように社会性を帯びたデザインは、とりわけヨーロッパのデザイナーに見られる傾向でもある。

前編はここまでとなる。後編の次回では、見事グランプリを獲得したコレクションについて解説していきたい。モード文脈的に見た時、現代のデザインの流れに乗りながら独自の解釈をオクワディは披露しており、ファッションは文脈解釈の独創性を競い合うゲームであることを改めて実感する。

〈続〉

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