韓国モードのデザインを紐解く

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AFFECTUS No.352

モードの歴史を振り返ると、ある国や都市から注目のデザイナーが集中して輩出される時期がある。1980年代に「コム デ ギャルソン(Comme des Garçons)」と「ヨウジヤマモト(Yohji Ymamoto)」がパリに衝撃を起こし、以降日本からはいくつもの新しい才能が加速的に誕生した。1990年代はアントワープシックスの登場により、ベルギーのアントワープ王立芸術アカデミー出身のデザイナーたちがファッション界に旋風を起こす。また、これは国や地域とは違うカテゴライズになるが、2010年代はストリートウェアから人気デザイナーとブランドが次々にデビューし、その勢いは今もなお続いている。

そして近年、僕の中で注目しているのが韓国ブランドだ。活動拠点が韓国のブランドもあれば、活動拠点は韓国以外の国でデザイナーのルーツが韓国というブランドもあり、厳密に言えば韓国ブランドとカテゴライズするのは正しくないかもしれないが、今回は「韓国ブランド」と称していきたい。韓国人デザイナー、ロック・ファン(Rok Hwang)による「ロク(Rock)」はクール&シャープなモードウェアで韓国ブランドの筆頭であるし、その他にも「ポスト アーカイブ ファクション( Post Archive Faction)」、「ウェルダン(We11done)」、「キムへキム(Kimhekim)」、「ザオープンプロダクト(TheOpne Product)」など、まだ数は少ないながらも興味深いブランドが着実に増えている。

6月に閉幕した2023SSパリメンズファッションウィークで、あるブランドのコレクションに惹かれたのだが、そのブランドも2002年に韓国で誕生したメンズブランド「ウーヨンミ(Wooyoungmi)」だった。

このブランドの歴史について少し触れよう。ウーヨンミは近年設立された新ブランドというわけではない。スタートは1988年にまで遡り、すでに30年以上の歴史を持つ。1958年ソウル生まれの創業デザイナー、ウー ヨン ミ(Woo Young Mi)は1988年に自身のブランドをソウルでスタートさせ、メンズウェアを2003SSシーズンから始める(この時、ブランド名に自分の名を冠す)。メンズブランドとしての歴史だけ見ても、すでに20年ほどの歴史があり、韓国を代表するモードブランドと言えるだろう。

2023SSコレクションのウーヨンミは、初めてルックを見た時は正直惹かれるものは何も感じなかった。ベーシックなニットやパンツ、ジャケットを軸にしていて、コレクションは強いインパクトを放つ色使いや素材使い、複雑なディテールや大胆なシルエットなどは皆無だったため、創造性激しいパリの中で他ブランドと比較すると、デザインに特別注目すべき要素が見られなかった。

しかし、僕の考えが、ルックを繰り返し見ていくうちに改まっていった。次第に普通の服の中に見え隠れするバランスの崩れみたいなものを感じ始め、気がつくと強烈なインパクトはなくとも、惹きつけられるだけの魅力を持つコレクションに変貌していた。

ウーヨンミのデザインは前述したようにベーシックウェアがベースで、シルエットに特段大きな特徴は見られない。しかし、シルエットの組み合わせが微妙に不規則なのだ。ストレートシルエットの端正なダブルブレステッドジャケットに、ベルボトムシルエットのデニムをスタイリングし、シックなのかカジュアルなのか、曖昧な雰囲気を醸す。ストレートシルエットの5ポケットパンツを穿いたモデルは、白いシャツを第一ボタンまで留めて、スカイブルーとクリームの淡いアワードジャケットを羽織っているが、シャツの着丈が短くて腹部が露わになっている。

カーディガンルックもそうだった。着丈はウェスト付近で終わり、インナーに着る白いカットソーはまたも腹部が見えるほどに短い。しかし、パンツのシルエットは至ってベーシックなストレートだ。

ウーヨンミは、シンプル&クリーンなスタイルという現代のトレンドの一つに乗りながら、シルエットの組み合わせに微妙なバランスの崩れを起こす手法でブランドの個性をデザインしている。

これは今注目の韓国ブランドに共通するデザインだった。多くの韓国ブランドは、現在トレンドになっているスタイルをベースにして、デザイナーが自身の解釈をクリエイティブに表現するデザインが多い。たとえば、冒頭で触れたポスト アーカイブ ファクションはスポーツやワークウェアスタイルをベースに、サイバーでアナーキーなイメージを投入してブランドに特徴をもたらしている。

言い方を変えれば、韓国系ブランドは現代モードの文脈を十分に把握し、その文脈に乗ってデザイナーが自身の創造性をデザインしている。

翻って対照的なのが日本ブランドである。日本ブランドの多くは、デザイナーが自身の経験してきたカルチャーの投影濃度が高いコレクションを披露し、デザインがパターン・素材・ディテール・スタイリングなどすべてに創造性が注ぎ込まれ、複雑かつ重層的なデザインが多い。「サカイ(Sacai)」や「カラー(Kolor)」はまさに日本モードを代表するデザインである。

韓国と日本、それぞれデザインのアプローチが異なっており、韓国が文脈的ならば日本が内省的と言えるだろう。日本ブランドは海外で発表するようになると文脈的デザインにシフトしながら、デザイナーの世界観が強く表現されていく。近年で言えば「マメ・クロゴウチ(Mame Kurogouchi)」が、パリで発表するようになってからデザインに変化が現れた。

これは韓国と日本、どちらのデザインアプローチが良い悪いという話ではなく、特徴の違いに過ぎない。おそらく、個性の強烈さという意味ではデザイナーが自身のカルチャーを強く投影する日本ブランドの方が優れているだろう。一方、個性が独自過ぎて、世界の文脈(トレンド)から外れて評価が高まらない、ビジネスが伸びないというリスクもある。

韓国ブランドはモードの文脈に乗る比重が高いために、評価を獲得しやすい、ビジネスが早期に伸びやすいという面がある。だが、個性の独自性に弱さが現れて埋没する可能性を孕む。

どちらのデザインアプローチにも長所短所はある。本来ならデザイナーにマッチする方法でデザインすれば良いだけの話だ。日本人デザイナーであっても、文脈的デザインの方が評価の高い(売上が伸びる)なら文脈的デザインをすれば良い。ただ、国単位で見た時に双方に共通の特徴が見られたことが、僕としては非常に興味深かった。

僕は韓国ブランドのデザインは、エディ・スリマン(Hedi Slimane)と近い印象を受ける。エディはブランドのターゲットが明確で、ターゲットが熱狂するための服を作っている。韓国ブランドはモードの文脈を観察し、文脈に現れているスタイルを好む人々のために服を作っている。微妙に差異はあるのだが、大枠で言えば僕はエディと韓国ブランドのデザインが近しいと考える。

韓国ブランドのデザインは非常に戦略的に感じる。意識して行っているのか、それとも無意識で行っているのか、それは判断がつかないが、世界で戦うための術を見せてくれているのが現在の韓国ブランドだ。今後も注目していきたいと思う。

〈了〉

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