マルケス・アルメイダの方法論

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AFFECTUS No.378

ブランドがファンの心を掴み続けていくには、変化が必要だ。シンプルなデザインが信条のブランドであっても、新しい変化が毎シーズン必要になってくる。だが、変化の振り幅が大きいと、コレクションのイメージを大胆に変えてしまい、それまでの顧客が離れるケースも出てくる。結果的に新しい顧客を掴むことも多いが、再び大胆な変化がコレクションに起これば、ついたはずの新しい顧客が離れるという可能性を潜む。変わらずに変わっていく。これがブランドに求められることなのだろう。かなりの難題である。

近年、デビュー当時の特徴から変化を見せ、その変化の振り幅が絶妙なブランドがある。2015年に「LVMH PRIZE」で見事グランプリを獲得したロンドンブランド、「マルケス・アルメイダ(Marques Almeida)」のことだ。2009年にマルタ・マルケス(Marta Marques)とパウロ・アルメイダ(Paulo Almeida)が立ち上げたブランドといえば、デニムが代名詞だった。毎シーズン発表されるコレクションには、デニム素材を使ったアイテムが常にデザインされ、マルケス・アルメイダ=デニムのイメージが私の中で確立されていた。

しかし、コレクションのイメージに変化が生まれ始める。私がマルケス・アルメイダの変化に初めて気がついたのは、2019リゾートコレクションだった。このシーズンはランウェイショー形式で発表しているのだが、場所はロンドンではなくパリだった。発表場所の変化が理由かは定かではないが、このリゾートコレクションはデニムのイメージがかなり薄らいでいた。

大きな理由としては、単純にデニムの使用量が少なかったことがあげられる。発表された44ルックのうち、明確にデニムを使っていたのは5ルックのみ。そのことで代わりに、マルケス・アルメイダもう一つの特徴であるカッティングが、際立ったように感じられた。

造形面で、マルケス・アルメイダはダイナミックな形を作っているわけではない。むしろ、ベーシックシルエットで勝負している。スレンダーシルエットやAラインシルエットを多用しながら、切り替え、フリル、袖にボリュームを出すなど、ベーシックシルエットを基盤にして巧みなカッティングを披露する。私の中では、「ピーター・ドゥ(Peter Do)」と同じ系統に属するカッティングに思え、カジュアルなアイテムや素材を使っても、ドレッシーでシャープなイメージに仕上げるのがマルケス・アルメイダだった。

この「ドレッシー&シャープ」が徐々に強まっていく。「これまではアイテムが注目をされてきたが、これからはスタイルへの注目を集めさせようとする」。そんな意図を感じるようなコレクションに変わり始める。

2020SSコレクションでは、ドレッシー&シャープにホラーが加わる。デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)発のアグリースタイルが新しいエレガンスとして、トレンドに現れて支配してきたが、2020SSシーズンはアグリーに代わるものとして、ホラーテイストが現れていた。マルケス・アルメイダは、ホラーテイストと得意のカッティングと融合させ、安易に綺麗と思わせる服を作らず、見る側の感覚に揺さぶりをかけるコレクションを発表した。

2022AWコレクションではさらに新しい要素として、カラフルな色彩が加わる。パープル、グリーン、イエローのテーラードコートやダウンジャケットが登場した。また、彩り豊かな柄の生地をパッチワークしたトップス、スカート、ワンピースを披露され、カラーのインパクトが迫ってくる。そして、一筋縄ではいかない感覚は、このコレクションでも健在だった。

モデルたちは海上を歩き、青い海と空が非常に爽やかで清々しいイメージを感じさせてくれる。通常なら、それは見事な演出なのだが、これはAWコレクションであり、海を舞台に発表することには違和感を覚える。だが、この奇妙な演出がマルケス・アルメイダの印象をさらに強めていく。一瞬にして美しさを理解できる・感じられるファッションは、今や新しいとは言えない時代になったのだ。違和感、疑問を感じさせてこそ、現代最先端のファッション。それはある意味、ファッションが問題を投げかけるアートのような要素を持ち始めたことになる。

最新コレクションの2023SSコレクションでも、カラフルな色彩は健在。そして混沌としたデザインはさらにパワフルになっていた。もはや、スポーツとかクラシックとか従来のファッション形容詞で表現することが不可能なコレクションが完成していた。

テーラードコートはクラシックな印象も抱くが、オーバーサイズで作られ、フロントのボタン位置も低く作られ奇妙なバランスを見せ、ストリートな雰囲気も立ち上がる。加えてコートの色が真っ赤であるために、パンクも迫ってくる。

赤みを帯びたパープルのストライプシャツはオーバサイズで作られ、袖丈は手首をすっぽりと覆うほどに長く、女性モデルの右肩ははだけていた。そんな着こなしのシャツの上には、イエローのブラがずり落ちるようにレイヤードされている。脚には茶色いスウェードと黒いレザーが真ん中で接ぎ合せているサイハイブーツを履き、SM、スポーツ、クラシックと幾つものイメージが浮かび上がる。

ゼブラ模様、モアレ模様といった柄も登場し、コレクションはますます混沌としていく。モデルは痩身の女性モデルがメインだが、40代と思われる男性モデル、大柄な体型の女性モデル、そして子供たちまでがモデルとして登場し、統一感があるようでノイズを走らせている。

もはや現在のマルケス・アルメイダは、LVMH PRIZEでグランプリを獲得したころと別のブランドと言っていい。ブランドを象徴したデニム素材は、コレクションを構成する要素の一部となった。

しかし、それでも私は2023SSコレクションにしっかりと「マルケス・アルメイダ」を感じることができる。その理由は、ドレッシー&シャープというマルケス・アルメイダもう一つの武器が、カッティングによって表現されていたからだ。大胆に変化しながら、以前と変わらない個性をキープしている。それを実現しているのが、現在のマルケス・アルメイダである。

人気と評価を高めていくブランドには、明確な武器がある。トレンチコートが評判になるといったように、アイテムで武器を作るブランドもあれば、ニットが評判となり、素材面で武器を作るブランドもあり、人気ブランドは一つの武器がフォーカスされるケースが多い。

しかし、厳密にいえば、ブランドの武器は一つではないはずだ。トレンチコートが評判になるブランドならば、もしかしたらシルエットの美しさがあったからこそ人気となった可能性もあるだろうし、ニットが評判のブランドは色使いや、ディテールの作り込みの複雑さと一体だったからこそ人気になった可能性がある。

そんなふうに、ブランドの武器は分解することができるはずだ。たとえニットを使わなくなったとしても、色使いとディテールの複雑さを布帛素材でも表現していれば、そのブランドは大胆に変わりながら、以前と変わらない個性を持ち続ける新しいブランドへと生まれ変わる。

それがマルケス・アルメイダの場合、デニムの使用量を減らし、ドレッシー&シャープなカッティングを際立たせることだった。現在のマルケス・アルメイダは、キャリアを重ねたブランドが、コレクションを次のステージへ至らせるための方法論を披露している。

これから、マルケス・アルメイダはどのように進化していくのだろう。もしかしたら、ドレッシー&シャープなカッティングを使わず、デニムも使わなくなる時が来るのかもしれない。今の私には気づくことのできない武器が、現在のコレクションに現れている可能性がある。新たなファッションが見られるなら、これほど楽しいことはない。マルケス・アルメイダの未来を注視していこう。

〈了〉

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