イッセイミヤケのブラックドレス

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AFFECTUS No.458

ファッションには既存の服に新たな解釈を加え、新しい服が誕生する面白さがある。トレンチコート、ジーンズ、テーラードジャケットなど、愛され続けてきた名作アイテムを、ファッションデザイナーたちがどう再構築するのか。それはコレクションを見る上で注目すべきポイントであり、楽しみな瞬間でもある。

私は「イッセイミヤケ(Issey Miyake)」2023AWコレクションを見ていた際、ある一つのアイテムに惹きつけられる。それはブラックドレスだった。イッセイミヤケと言えば、プリーツをはじめとしたオリジナル素材の開発力に注目が集まる。それも三宅一生が立ち上げた革新的ブランドの魅力だが、「一枚の布」という伝説的コンセプト(これほど簡潔に、かつ創造性を刺激される言葉を使ったコンセプト表現があるだろうか?)を体現するフォルムデザインも、大きな魅力だ。

布を纏ったように人間の身体を束縛せず、自由な動きを約束する服の形は、人間の仕草にエレガンスを加えてくれる。ただ歩いてるだけの姿が、身体の動きに連動して布が揺らめき、この上なく美しく感じられる。イッセイミヤケは、服を鑑賞する喜びを私たちに教えてくれた。

2020SSシーズンよりイッセイミヤケのデザイナーに就任した近藤悟史は、ブランドが得意とする素材開発力に、現代のファッション性を見事に融合するコレクションを制作し、ブランドのデザインクオリティを新たな段階に引き上げた人物だ。近藤のデビューコレクションとなった2020SSコレクションは、クラシック&スポーティなスタイルが心地よさを運んできた。

今年3月に発表された2023AWコレクションも、近藤のファッションセンスが光る。それを最も感じたのが、先述したブラックドレスである。黒い布で仕立てるブラックドレスは妖艶で、静謐な美しさを讃えるドレスの王道であり、クリストバル・バレンシアガ(Cristóbal Balenciaga)、ココ・シャネル(Coco Chanel)、川久保玲と、歴史に名を残すデザイナーたちが取り組んできた、ファッション界普遍のアイテムと言っていい。

近藤がブラックドレスをどのように料理したのか。

まず最初に謝らなくてはいけないことがある。今回のイッセイミヤケに登場したブラックドレスは、厳密に言えばブラックドレスではない。理由は生地の色が黒一色ではないからだ。2024SSコレクションでブラックドレスと呼べるアイテムは、発表された43ルックのうち、わずか4ルックに過ぎず(7番目から10番目に登場)、私が面白さを感じて惹きつけられたのは9番目と10番目に登場した2つのブラックドレスのみになる。

この2ルックのフォルムは、端的に言えばミニドレス。ただし、フォルムの作り方が独特だ。女性の身体に一枚の黒い布を纏わせていき、所々をピンでとめただけ。そう表現したくなる、裾がバルーン型で、上半身のフォルムはドレープを使って形作られたミニドレスに仕上がっている。

そのような量感あるミニドレスのウェストに、フィット感を作り出しているのだが、私が最も面白さを感じたのはフィット感の作り方だった。9番目に登場したミニのブラックドレスの作り方が非常にわかりやすい。

ドレスの左腰に注目しよう。生地の上からなにやら別布が引き延ばされながら、押さえつけられているように見える。画像を拡大すると別布は、四角形の4辺をオフホワイトのニットで縁取られた、黒いニットパネルだった。黒い布を身体に纏わせただけに見えるミニドレスは、左腰部分にフィットするまで引き延ばされたニットパネルがドレスの上から押さえつけられ、反対の右腰側はゆったりとした形をキープしている。

通常、ウェストを絞るなら切り替え線やダーツを入れるなど、服のパターンで構造的にアプローチするのが主流だ。しかし、イッセイミヤケが取った方法は、別布(ニットパネル)を使って単にドレスの上から押さえつけて、服を身体にフィットさせる。ただそれだけの、かなりラフな手法だ。しかし、それが面白い。シンプルなアイデアで最大の効果を発揮する手法は、マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)にも通じる面白さだ。

10番目に登場するブラックドレスも、左腰部分をオフホワイトで縁取られた黒いニットパネルで押さえつけ、フィット感を作り出していた。しかし、10番目のルックは、ドレスの身頃に使用している黒い生地そのものにも、オフホワイトのラインが四角形状に現れている。プリントで表現しているのかと思ったが、画像を拡大して確認すると、接着芯のようなものを黒い生地の上に貼り付けているようにも見えた。

イッセイミヤケが発表した今回のブラックドレスは、色が黒一色ではないために、厳密にはブラックドレスではない。だが、私はブラックドレスと呼びたくなっているし、黒いニットパネルに施されたオフホワイトの縁取りが、さほど気にならない。なぜだろうか。

もし、オフホワイトの縁取りがない、黒一色のニットパネルを黒いドレスの上から押さえつけても、ドレスとニットパネルの境目がぼやけてしまい、ニットパネルの効果がわかりづらい。だが、オフホワイトで縁取った黒いニットパネルを使用することで、アイデアが視覚的にわかりやすく表現されている。

色のコンビネーションが目的ではなく、黒のニットパネルを際立たせるためのオフホワイト、あくまでも主役は黒で、オフホワイトは脇役という印象を持ったから、私はイッセイミヤケのドレスをブラックドレスと呼ぶことにさほど違和感を覚えなかったのだろう。

もちろん、私の考えを否定する人もいるはずだ。

「それはちがう!」

そう言われたら、「おっしゃるとおりです」と素直に頭を下げるしかない。でも、それでも、私はイッセイミヤケのドレスを「ブラックドレス」と呼びたい(呼ばせて)。

そうなると、私の中で真にブラックドレスと呼べるのは、9番目に登場したルック一つになる。ドレスの身頃に使われた黒い生地に、オフホワイトのラインが現れた10番目のルックはオフホワイトの存在感が強く、ブラックドレスとは呼び難い。イッセイミヤケのブラックドレスを賞賛したいがために書いた今回のタイトルだが、結局43ルックのうち1ルックだけのために、約2500字も費やしてしまった。

ここまで技術的な面ばかり述べてきたが、近藤のデザインが素晴らしいのはアイデアだけが前面に出ず、ファッショナブルな魅力にあふれていることだ。ニットパネルを使用したブラックミニドレスは、ニューヨークブランドが発表するデザインのようにクールでモダン。けれども、ニューヨークブランドではあまり見られないアイデアの面白さが見られる。やはり、この1着だけにここまでの文字数を費やしたのは正解だ。それほどの魅力を持つデザインである。

3000字が近づいてきたので、本日はここで終わりとしたい。二郎系ラーメン全マシみたいな濃い文章になってしまった。次回はもう少し爽やかにいきたいと思う。

〈了〉

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