AFFECTUS No.552
服に心地よさは絶対的に必要だ。実際に着用している際の心地よさはもちろん、服を着ている姿が周りの人々に与える視覚的心地よさも無視することはできない。服は着る本人に加えて、服を着た人の周囲にも心地よいものであることが望まれる。「Up, Up, and Away」と題された2025SSコレクションを発表した「オム プリッセ イッセイ ミヤケ(Homme Plissé Issey Miyake)」は、服の核心を突くメンズウェアを製作する。
モデルたちの歩行に合わせて、最新ウェアは空気をはらんで柔らかく優しく舞う。「風に色を染色して衣服とした」。もしそんな幻想的な服があるとしたなら、2025SSシーズンの「オム プリッセ イッセイ ミヤケ」がまさにそうだ。ただし、服そのものは一般的なベーシックアイテムとは異なるデザインだが、劇場的や実験的と言えるほど非日常の服には仕上がっていない。独創性を持ち込んでも、街中で着られる、着たくなるリアリティを持ち込むのが「オム プリッセ イッセイ ミヤケ」。デイリーウェアとしての要素を大切にするからこそ、このブランドは人気を獲得していったのだろう。
着心地は服を着る立場と、服を見る立場からでは求められる要素が変わってくる。前者ならば、着た際の動きやすさといったパターンワーク、素材の触り心地に加えて、猛暑が勢いを増す近年の夏なら速乾性など素材の機能性も重要だ。一方、後者の服を見る立場からは視覚要素が最も重要になる。服を着た人を見た時、心地よさを感じる外観であるかどうかが大切である。
服の外観を構成するものは大別すれば、形と色に絞られる。「オム プリッセ イッセイ ミヤケ」の2025SSコレクションはオレンジ、イエロー、ミント、ピンク、ホワイト、ブルー、パープル、見ているだけで瑞々しい気分にさせてくれる色が次々に登場した。
多彩な色使いはカラフルと形容すればいいのだろうが、フェミニンな印象はない。どちらかといえば、アフリカの民族衣装的な色使いに近い。けれど、アフリカ伝統の布地よりも色のトーンが明るくフレッシュで、都会的と述べる方がしっくりくる。ショー冒頭に発表されたチェック柄の生地は見逃せない。チェック柄は細い線が狭い幅で交差するデザインではなく、太幅の直線が間隔を広めに交差する模様として描かれ、大ぶりな柄デザインがプリミティブでエスニックなイメージを強める。
服の形はどのアイテムもワイドシルエット。立体というよりも面に近いシルエットで、まさに「イッセイミヤケ」の伝説的コンセプト「一枚の布」が体現されていた。また、アイテムがスタンドカラーコート、フードコート、ハーフパンツといった具合にスポーティ。しかし、完全にスポーツへ振れた服というわけではなく、オーバーサイズコートやテーラードジャケットにハーフパンツとスニーカーを合わせるなど、シックな要素の服をスポーティに着こなすルックも織り交ぜて上品に装う。
そして、なんといってもブランドのアイコンであるプリーツ素材が、どのアイテム、どのスタイルも柔らかく優しく見せる。身体の上で波打つプリーツの襞(ひだ)が、ランウェイから緊張感を取り除く。
「オム プリッセ イッセイ ミヤケ」は外観に心地よさをデザインすることで、春夏を爽やかな気分で過ごすための日々を叶えてくれる服を実現した。
今年の日本の夏は7月から30℃後半に達する日々が多く、精神的に参ってしまうことも多かった。うだる暑さでは、服が機能的であることがより重要になっている。シンプルなTシャツはコットン100%よりも、コットンにポリエステルを混紡して速乾性に優れた素材の方が好ましくなってきた。そしてサマースタイルは、スペックに加えて、ファッションの魅力であるビジュアルも涼しげならパーフェクトだ。
服を着る自分だけでなく、服を着た自分の周りも爽やかな気持ちにする服。その気持ちよさが次々に伝播すれば、街は軽やかになっていく。服を着るだけで、街の風景を変えて、季節の風景を変えて、時代そのものを変えていく。そんなパワーがファッションには潜む。「オム プリッセ イッセイ ミヤケ」は、優しく爽やかな服の外観とは裏腹に力強いエネルギーを隠し持っている。
〈了〉
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