トッド スナイダーが売上高1億ドルを超える躍進

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AFFECTUS No.582

日本の市場で、メンズブランド「トッド スナイダー(Todd Snyder)」の存在感は薄いかもしれない。「ラルフローレン(Ralph Lauren)」や「ジェイクルー(J.Crew)」で経験を積んだトッド・スナイダーは、自身の名を冠したメンズブランドを2011AWシーズンに設立した。2014年には渋谷に世界初の直営店をオープンし、日本市場へ本格進出を果たす。しかし、2016AWシーズンを最後に日本国内でオープンした4店舗を閉鎖し、日本市場から完全撤退した。

そのような経緯があるため、「トッド スナイダー」にはネガティブな印象があるかもしれない。しかし、ニューヨークブランドは最新シーズンを迎えるたびにクオリティの高いコレクションを発表していた。スナイダーへの評価は高まり、2024年1月9日、メンズウェア最大の見本市「ピッティ・イマージネ・ウォモ(Pitti Imagine Uomo)」の開幕日にランウェイショーで2024AW コレクションを発表。ショー前半は、スナイダーがクリエイティブ・ディレクターを務める「ウールリッチ ブラック レーベル(Woolrich Black Label)」、後半では自身のブランドの最新コレクションを発表した。

また、2024年はアメリカ「WWD」でMenswear Designer of the Yearも受賞した年でもあった。ビジネス規模も売上高1億ドル(約151億円)を超えるまでに成長する。ブランド単体で、しかも市場規模がウィメンズウェアよりも小さいとされるメンズウェアのみで、売上高が100億円を超えるのは驚異と言うほかない。アメリカントラッドの伝統から外れず丁寧に更新するクラシカルなメンズブランドは、いったいどのようにして驚きの成長を果たしたのだろうか。

スナイダーは「ジェイクルー」での経験を経て、2011年に自身のブランドを設立する。当初は、多くのブランドと同様に卸をメインビジネスに据えていたが、2012年にウェブサイトでオンラインでの販売を開始すると、すぐさま50万ドル(約7,600万円)ほどの規模に成長した。

しかし、当時のスナイダーは収入が芳しいものではなく、自身のブランド以外に3つの仕事を行っており、次第にブランドを閉鎖して、「ナイキ(Nike)」で働き始めることを真剣に検討し始めるようになる。だが、ここで状況が一転する。

2015年、アメリカのカジュアルブランドとして名を馳せる「アメリカン・イーグル・アウトフィッターズ(American Eagle Outfitters)」の経営陣の目に留まり、スナイダーは自身のブランド(会社)を売却した。新しい親会社のサポートによって「トッド スナイダー」は、成長の足掛かりを掴む。

2019年にはマンハッタンのマディソンパークに旗艦店をオープンし、その後次々にアメリカ国内に直営店を展開していき、20店舗ほどにまで増えていく。スナイダーはオンラインの販売データを分析して出店場所を選んでいた。「トッド スナイダー」は小売をベースにビジネスを100億円規模にまで成長させたたブランドで、卸売は行っていなかった。だが、世界中のショップからオファーが届いている。いずれ卸売への再参入を検討しているが、卸売をするための体制が整っていないために、現在のスナイダーはまだ卸売を再開する段階ではないという考えを持っている。

ブランドの成長に寄与した一つはコラボレーションだった。「エルエルビーン(L.L. Bean)」、「チャンピオン(Champion)」、「タイメックス(Timex)」といったブランドとのコラボレーションで、「トッド スナイダー」は市場での注目度を高めた。

スナイダーはなぜ消費者の心を掴むアイテムを製作できたのだろうか。興味深いインタビューが「GQ」に掲載されていた。このインタビューで、スナイダーは自身のデザイン手法について語っていた。

彼は顧客がどんなふうに服と関わるのかを考えるため、車、時計、家、訪れる場所など、たくさんのレファレンスを用いる。服を着る顧客がどのようなライフスタイルを送るのかを想像し、たとえばスナイダーがディレクターを務める「ウールリッチブラックレーベル」で車をレファレンスとして用いるなら、レンジローバー・デフェンダーとなり、この車をライフスタイルに取り入れる人が着る服を考える、という手法を取っている。

かなりリアルな視点の持ち主で、スナイダーはマーケター型のデザイナーだと言える。同タイプのデザイナーで思い浮かべるのは、スタイルはまったく異なるがエディ・スリマン(Hedi Slimane)だ。一見すると自分の好きな服しか作っていない、独善的にも見えるスリマンだが、彼はスナイダーと同様に明確なターゲット(音楽などのカルチャーに熱狂する若者)があり、ターゲットのライフスタイルにふさわしい服を作り出し、提案している。

ビジネス規模の代償はあれど、マーケター型のデザイナーはビジネスを伸ばしていることが多い。自分が作りたい服を作るのではなく、顧客が着たい服を作ることが自分の作りたい服。そんなタイプのデザイナーが、マーケター型のデザイナーだ。

こうして見ると、スナイダーが行ってきた戦略に特別なことは何もないように思う。ファッションビジネスの原理原則を忠実に行ってきた。ただ、それだけだ。原理原則ほど強いものはない。「トッド スナイダー」は今後40〜50店舗の運営と売上高5億ドル(約758億円)の達成を目指している。「新しいラルフローレン」とも言えるスナイダーが、これからどのように、そしてどこまでブランドを成長させるのか興味が尽きない。

〈了〉

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