AFFECTUS No.609
3月14日、「グッチ(Gucci)」の新アーティスティック・ディレクターがついに発表された。その名は、デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)。驚きの人選だ。候補としてエディ・スリマン(Hedi Slimane)の名がメディアに浮上したが、実は数ヶ月前から「グッチ」とヴァザリアとの間で話し合いが行われていたという報道もあった。まさか「バレンシアガ(Balenciaga)」のクリエイティブ・ディレクターを務めるヴァザリアを引っ張ってくるとは。主軸ブランド「グッチ」の売上不振が続き、株価も低迷するケリング(Kering)は、それほど切羽詰まっているということか。
驚きの一方で、市場の反応は冷ややかだった。ヴァザリアの起用を発表した直後、ケリングの株価は下落する。正直、私も不安を抱いた。近年の「バレンシアガ」のコレクションを見ていると、ヴァザリアが「ヴェトモン(Vetements)」時代に放っていた鮮烈な輝きが色褪せているように感じるからだ。
現在の「バレンシアガ」におけるヴァザリアのデザインは、オーバーサイズとストリートの要素をスーツやドレスにスライドさせたスタイルが続いている。かつてのような驚きや新しさは乏しく、誤解を恐れず言えば惰性に見えてしまう。「これが、あの『ヴェトモン』で世界のファッションを一変させたデザイナーの仕事なのか?」と思うほどに。
かつてのヴァザリアのデザインには、見る者の心をかき乱すパワーがあった。「ヴェトモン(Vetements)」では、想像を超えるビッグシルエット、アメリカンフットボールのプロテクターのようなハードなシルエット、「DHL」のロゴを取り入れたアイテムなど、モードとは無縁の世界からアイデアを抽出し、「美しさ」や「可愛さ」とは異なる価値観を提示してきた。
破壊的な創作姿勢は、「バレンシアガ」でも発揮される。2016AWシーズンのデビューコレクションでは、ウエストを極端にシェイプ、いや、腰回りを人工的に膨らませたと言う方が適切だろう、その異形のフォルムをトラディショナルな生地で仕立てた。美しいとは言い難く、当時の私は疑問も感じたが、一度見たら忘れられない強烈なパワーがあった。
「バレンシアガ」はメンズラインも衝撃だった。ブランド初のメンズ単独のショーとなった2017SSコレクションは、まるでコンクリートの壁のようなシルエットのコートやジャケットを発表。2018SSコレクションでは「ダッドファッション」を打ち出し、新たな価値観を創出し、またも一瞬にして時代のファッションを一変させる。ヴァザリアのデザインは、発表当初は奇異に見えるが、気づけば分解され、世界中に浸透していき、多くの人たちが着るようになる。まるで未来が見えているかのようなその手腕に、当時の私は畏怖すら覚えた。
しかし、「ヴェトモン」を去り、「バレンシアガ」だけに集中するようになると、ヴァザリアのデザインから、かつての爆発的なエネルギーが薄れていることに気づく。言い換えれば、「バレンシアガ」のヴァザリアは、デザインの安定期に入ったのかもしれない。
かつての彼は、既存の美意識を揺さぶり、破壊し、「お前ら、この美しさがわかるか?」とでも言わんばかりに、挑戦的に「美しい醜さ」を突きつけてきた。見る者の価値観を塗り替える圧倒的衝撃。その怒りにも似たパワーは、今のヴァザリアには感じられない。
スタイルが確立され、それを求めるファンが定着した今の「バレンシアガ」では、毎シーズン、支持されたスタイルを洗練させる方向へと進んでいる。だが、それはかつてのヴァザリアが放っていた、見る者を挑発し、揺さぶり、時に不快感すら与えるようなコレクションとは、明らかに異なるものだった。
「アイデアが枯渇したのか?」
そんな疑念すら抱いた。
だが、「グッチ」に移ることで、ヴァザリアの感性が再び刺激される可能性はある。スタイルも世界観も、「バレンシアガ」とはまったく異なる「グッチ」のアーカイブに触れ、眠りに落ちていたヴァザリアの創造性が目覚めるかもしれない。
現在のところ、ヴァザリア体制による「グッチ」のデビューシーズンは未発表だ。「バレンシアガ」での最後の仕事は、7月のオートクチュールコレクションとなる。その発表を終えた後、ヴァザリア体制の「グッチ」が始まる。市場の評価は低い。しかし、まずはデビューコレクションを待ちたい。ヴァザリアが指揮する「グッチ」は、果たしてどんな姿を見せるのか。ケリングの決断が吉と出るか、凶と出るか。それを見届けよう。
〈了〉