さようなら、セルジュとルーシー

AFFECTUS No.4

「クリスチャン ディオール(Christian Dior)」の新アーティスティック・ディレクターが発表された。噂通り、「ヴァレンティノ(Valentino)」のマリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)が就任することになった。ディオール初の女性ディレクターの誕生だ。このニュースが流れたからには、触れないわけにはいかない。

キウリのことではなく、ラフ・シモンズ(Raf Simons)退任後のディオールを支えてきたセルジュ・ルフュー(Serge Ruffieux)とルーシー・メイヤー(Lucie Meier)の二人についてだ。僕は二人のデザインが好きで、ファンでもある。

1974年生まれのルフューは、「モスキーノチープ&シック(Moschino Cheap And Chic)」や「ソニア・リキエル(Sonia Rykiel)」などでキャリアを積み、2008年にジョン・ガリアーノ(John Galliano)時代のディオールに参加し、シモンズがディレクターに就任した2012年にはディオールのヘッドデザイナーとなる。1983年生まれのメイヤーは、「ルイ ヴィトン(Louis Vuitton)」でマーク・ジェイコブス(Mark Jacobs)と5年間働き、ニコラ・ジェスキエール(Nicolas Ghesquiere)時代の「バレンシアガ(Balenciaga)」でキャリアに磨きをかけた後、ディオールへ参加する。

シモンズの突然の退任(少なくとも外からはそう見えた)によって、誰が先頭に立ってコレクションを制作していくのか、新ディレクターはすぐに発表されるのかなど、様々な噂が業界を駆け巡るが、ディオールの経営陣は2011年にガリアーノを解雇した時と同様のアプローチを行なう。新ディレクターは置かず、デザインチームにコレクション制作の全権を委ねた。この結果、シモンズ退任後のディオールは、ルフューとメイヤーの二人がデザインチームをリードし、コレクションを発表していくことになった。

時期的に見て、おそらくルフューとメイヤーが手がけた最初のコレクションになるであろう2016年プレフォールを見た時、僕は惹かれる要素を感じず、代わりに感じたのはシモンズのスタイルの枠に留まろうとする無難な仕上げだった。

まだルフューとメイヤーは、自分たちの個性を出していないように見えた。そのため、このプレフォールコレクションを見てからは、デザインチームがリードするディオールに僕はあまり期待を持てずにいた。

しかし、その印象が一変する。それが2016SSオートクチュールコレクションだった。僕はファーストルックから惹きこまれていく。

一見するとシモンズのテイストをなぞったようなミニマムなスタイル。だが、ルフューとメイヤーはシモンズよりもさらにミニマムスタイルを押し進める。シモンズならダイナミックに作り込むシルエットを、ルフューとメイヤーは身体のラインをシンプルにたどるシルエットにデザインし、スカートは白と黒のツートンカラーで仕上げていた。

シルエット自体はシンプル、色使いもモノトーンで、シモンズよりもかなり軽いデザインだ。しかし、トップスは両肩と胸元を大胆にはだけさせ、スカートは素材を切り替え、簡素に見えるスタイルを簡素には終わらせないデザインは

強い癖を露わにし、それがルフューとメイヤーの特徴なのだと僕は捉えた。

次に登場したセカンドルックでさらに惹きこまれる。シンプルなシルエットにグラフィカルな要素を持ち込み、クチュールならでは素材を配置する。ウェブのフラットデザインを見ているような、ミディアムレングスのスカートに使われた平面的色使いが現代的空気を表現し、僕は見事に魅了される。

全体にフリンジ状の装飾を施したブラックのロングジャケットと膝下丈のコンサバなスカートルックも秀逸だった。古き良き時代の懐かしいスタイリングとシルエットだが、胸元から覗くインナーの赤が女性の色気を静かに主張し、抑制されたエレガンスを感じる。

最も素晴らしかったルックはキャメルのミニコートドレスだった。単純に僕の好みにフィットしたデザインという理由もあるが、トップとスカート双方で広がりを持たせたことがウエストの強調につながり、女性特有のシェイプされた身体のラインを際立たせている。コートをベースにしたマニッシュなデザイン、シックなトーンのカラー、ミニレングスが一つになって、モダンとクラシックを両立するエレガンスを誕生させた。

女性の身体を表現するフォルムの面白さを完成させたミニコートドレスは、「ヴェトモン(Vetements)」発のトレンドとなった過剰なビッグシルエットとは異なる、「スリムなビッグシルエット」とも言える新たな方向性を生み出していた。

カーキのコートドレスもクラシカル&セクシーで印象的だ。決して大胆な肌の露出があるわけではない。だが、ルフューとメイヤーは「肩をはだけさせる」という極めてシンプルな方法で、色気に静かな美しさを纏わせる。ミリタリーテイストのコートを、肩をはだけて着るモデルの姿にディオールらしい硬質なエレガンスが香る。肌が露わになった左肩には、ディオールらしい華やかなモチーフが取り付けられていた。肩には女性の色気がにじみ出る。その肩に、ディオールの象徴であるフェミニニティを持ってきたセンスに僕は唸る。

ディオールの根源となるフェミニニティと硬質的エレガンスをしっかりと踏襲し、冒頭に平面的色使いでフラットデザインを盛り込み、シンプルな素材の切り替えは幾度も登場した。しかし、そのテクニックの簡単さとは裏腹に、素材はオートクチュールらしい緻密で華やかな装飾性が作り込まれていた。ディオールの歴史と現代ファッションの文脈を同時に表現したこのコレクションを、僕は本当に素晴らしく美しいと思った。正直に言えば、シモンズのディオールデビューとなった2012AWオートクチュールコレクションよりも高揚感を覚えたほどだ。

2012AWオートクチュールコレクションは、個人的にはディオールにおけるシモンズのベストだと今でも思うが、当時は物足りなさを感じたのも事実だった。その理由を考えると、シモンズはメゾンのコードを守ろうとしすぎていて、彼が「ジル・サンダー(Jil Sander)」時代のラスト3シーズンに披露した迫力が弱まったからではないかと推測する。

だが、それでもシモンズがディオールに新しい方向性をもたらしたのは間違いない。そしてルフューとメイヤーはシモンズのスタイルを踏襲しながら、自分たちの新しい解釈を巧みに取り入れる。

2016SSオートクチュールコレクションは、今の時代の軽快さをフラットデザイン的手法で盛り込み、そこにシンプルで平面的なフラットデザインとは全く異なる「強い癖」をカッティングと素材の力でデコラティブに作り上げることで、ヴェトモンによって生み出された、ノームコアを経て生まれた現代ファッションデザインのトレンドに乗りながら新たな文脈を築くことに成功する。

ルフューとメイヤーのディオールは、2016AWプレタポルテ、2017リゾートコレクションの発表回数を重ねるたびに進化していき、次第に僕はディオールの新ディレクターにはこの二人の就任を強く望むようになっていった。二人のデザインがもっと見たくなったのだ。

けれど、その期待とは裏腹にディオールの新ディレクターにはヴァレンティノのマリア・グラツィア・キウリに決定との噂が流れ、それを知った時、正直ディオールの判断に僕は大きく落胆する。ディオールの今後の経営戦略に、キウリの持つキャリアとスキルがフィットしたのだと思うが、僕はヴァレンティノがキウリとピエールパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)を、「グッチ(Gucci)」がアレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)を選んだように、デザインチームの中から新しい才能を抜擢する度量をディオールに見たかった。

新ディレクターがキウリに決まったのであればしょうがないし、だったら2人による最後のディオールのコレクションを楽しみに待とうと考えた。そして先日、ルフューとメイヤーによる最後のディオール、2016AWオートクチュールコレクションが発表されたのだが、僕は驚く。その驚きはポジティブなものではなかった。

「え?」

一目見るなり違和感に襲われた。これは本当にルフューとメイヤーが手がけたコレクションなのか、と疑問が駆け巡るほどに。それまでの二人のディールにあったモダニティとフレッシュな感性が一気に消え失せていたからだ。新ディレクターに自分たちがなれず、ルフューとメイヤーはモチベーションが下がったのだろうか。そんなあらぬことまで考えてしまうぐらいだった。このコレクションを見た後だと、ディオールが新ディレクターをキウリに選んだのはしょうがないとまで思うようになった。

だが、ルフューとメイヤーが発表した過去のコレクションは素晴らしかったのは事実で、たった1回のコレクションでそれまでのデザインとその才能を否定するのはアンフェアである。やっぱり、今でも二人は本物だと僕は思っている。

今後二人がどうなるのかはわからない。たとえ、ディオールを辞めたとしても、ヴァレンティノのキウリとピッチョーリみたいにコンビを組んでやっていくのか、それとも各々単独でやっていくのか、それはわからないが、僕の勝手な希望を言わせてもらえれば、二人のコレクションを再び見たい。それもできるなら、どこかのビッグブランドのディレクターという立場ではなく、二人のシグネチャーブランドが見てみたい。

新しい才能をどこかのブランドのフィルターを通して見ることに、正直僕は飽きてきた。新しい才能は新しいままに純粋な形で見たいのだ。

〈了〉

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