ラフ・シモンズのウィメンズ

AFFECTUS No.8

ラフ・シモンズ(Raf Simons)のメンズデザインについて話したなら、やはり彼のウィメンズデザインにも触れなければならない。1998年ごろにシモンズを初めて知って以来、僕はシモンズのメンズに魅了されてきたが、今では彼のウィメンズを見ることの方が楽しみになっている。シモンズの真の才能は、メンズではなくウィメンズにある。そう思えるほどに、僕はシモンズのウィメンズに陶酔している。

新しい才能との出会いは刺激的な面白さに満ちているが、面白さは新しい才能に限ったことではなく、既存デザイナーの新しい側面が見られることも楽しい。そのことを最も体感できたのが、シモンズのウィメンズだった。

シモンズがウィメンズデザインを本格的にスタートさせたのは、「ジル・サンダー(Jil Sander)」のクリエティブ・ディレクターに就任した2006AWシーズンからだが、彼がウィメンズの才能を真に開花させたのはラスト3シーズン、2011AW・2012SS・2012AWコレクションだったと思っている。

なぜそう思うのか。そう言われると、また困ってしまう。シモンズのジル・サンダーをずっと見続けていた私が、2011AWコレクションを見た瞬間、シモンズのデザインが次のステージに上ったような感覚に襲われたのだ。

今改めて2011AWウィメンズコレクションを見てみると、創業者のジル・サンダーの手から離れた新しいジル・サンダーがこのコレクションには誕生していた。ジル・サンダー本人ならまずデザインしないであろうフォルム、色使いとその組み合わせ、シルエット、スタイリング、それらが一体となって2011AWウィメンズコレクションに現れていた。

もちろん、シモンズはジル・サンダーのディレクターに就任してからは、サンダー本人ならば発想しないはずのデザインをいくつも発表し、ブランドに新しい解釈を持ち込み続けていた。だが、2011AWウィメンズコレクションからブランドを退任する2012AWウィメンズコレクションまでの3シーズンは、シモンズの独自性が数段階上がる形で、極めて鮮烈に濃厚に現れたのだ。

前述の3シーズンの中でも特に傑作だと僕が思うのは、ジル・サンダーにおけるシモンズのラストコレクションとなった2012AWウィメンズコレクションである。このコレクションは、個人的にはメンズを合わせてもシモンズの生涯におけるベストコレクションだと確信している。シモンズは、ジル・サンダー退任後に就任した「クリスチャン・ディオール(Christian Dior)」では、このジル・サンダー2012AWウィメンズコレクションを超えるコレクションを作れていない。それほどに素晴らしいコレクションだった。

そして、ここから本題だ。シモンズのウィメンズデザインについて振り返るにあたり、今回はジル・サンダー2012AWウィメンズコレクションを中心に考えていきたい。

2012年1月に時間軸を巻き戻そう。当時、各都市で発表が始まった2012AWメンズコレクションをチェックしていると、ある一つの傾向が見えてきた。それは「強さ」だった。2012年における時代の空気感として、あまりポジティブではない、ネガティブなムードがあった。(今もその空気は変わってない気がするが……)。

不穏な空気とでも言えばいいだろうか。決して明るくない時代の空気が感じられた。逆に、前シーズンとなる2012SSシーズンでは、明るい印象のコレクションが全体的に多かった。

「今はあまり良い状況ではないけれど、夢を見て明るく楽しく行こう」。

そんな印象を抱くコレクションが多く発表されていた。だが、ポジティブなイメージの提案があっても世の中は明るくはならず、2012SSシーズンの発表以降も、世界は依然として不穏な空気に包まれたままだった。

「もう夢を見せてもだめだ。必要なのは厳しい現実と向き合い、その現実を乗り越える強さだ」。

そんなメッセージ性を感じ取るブランドが、翌シーズンの2012AWメンズコレクションでは散見された。シモンズ自身も、ジル・サンダー2012AWメンズコレクションでは素材にレザーを多用し、黒一色で構成された非常にダークでストロングなデザインを打ち出す(少しのユーモアを混ぜながら)。

そのため、2012AWウィメンズコレクションでも、多くのブランドにダークなイメージが強く現れるのではないかと私は予測していた。

そして実際に2012AWミラノウィメンズコレクションが開幕すると、黒を多用したブランドが多い印象を受けた。その流れできっとシモンズもジル・サンダーでは先に発表したメンズコレクションと同様に、ウィメンズでも黒一色のダークなデザインが発表されるのではないかと予測していた。僕はジル・サンダー2012AWコレクションをリアルタイムで見るためにiMacの前に座り、シモンズのラストショーが始まるのを待っていた。

だが、ファーストルックで僕の予想は見事に裏切られる。一瞬たりとも想像できなかったルックの登場に、僕は本当に驚く。それはとてもポジティブな意味での驚きだった。

たっぷりとした量感の甘いピンクのダブルフェイスコートを着たモデルが現れ、そのコートにはボタンが一つもなく、モデルが左手でコートのフロントを掴んで胸元を隠している。その姿がとても甘く優しくエレガントだった。次々に現れるルックも、同様にたっぷりの量感と甘い色使いで、ダークとは正反対に位置する女性の優しさにフォーカスした美しいデザインばかりだった。

特にコートを片手で掴むモデルの仕草が美しい。女性が身体のある場所を隠す仕草にはエレガントな空気が生まれる。ココ・シャネル(Coco Chanel)は女性が膝を出すことに嫌悪感を抱き、決してミニスカートを作らなかったが、膝を隠すというデザインが趣深い美しさを立ち上げたように、シモンズが提案したコートの着こなしにも、かつてのシャネルと同じエレガンスが滲んでいた。

そしてショーのフィナーレ、僕は大きな感動に包まれる。甘く美しい服を着たモデルたちが整然と歩いている姿を眺めていると、目から涙がこぼれそうになっていた。ショーを見て涙が滲む体験はその時が生まれて初めてで、ファッションでこんな感動が体験できたことに僕は胸を熱く昂らせる。ラストに登場したシモンズが涙ながらに挨拶していたことも感動的で、ディオールのラストショーでも見られなかった彼のエモーショナルな姿は、2012AWシーズンのハイライトだった。

僕はシモンズをアーティストのように感じ始める。

それは、決して2012AWコレクションで披露された美しい色使いやシルエットを指して称しているわけではない。

シモンズのウィメンズデザインは、綺麗に収めればいいはずの色の配色やシルエットに、あえてイレギュラーな色とボリュームを唐突に持ち込み、理解されやすい美しさに着地させない違和感をどこかに匂わす造形を完成させる。そうすることで、従来のファッションで表現されてきたエレガンスとは一線を画すエレガンスが生まれ、それはまるでコンテンポラリーアートを見ているかのようだった。伝統的なエレガンスに沿ったデザインでありながら、その伝統の中に「美しいとは思えないもの」を視覚的に紛れ込ませ、見る者に疑問を抱かせる。ファッションの美が、シモンズの手によって再構築されていく。

こういうコレクションをデザインすることは、シモンズ自身がコンテンポラリーアートのコレクターである事も関係しているのではないか。シモンズのウィメンズは、ジル・サンダー2012AWウィメンズコレクション以降は1950年代を源流とする伝統的なエレガンスに沿いながら、違和感を感じさせるのを特徴としている。一瞬では理解できないが、曖昧模糊とした感覚が次第に心地良くなっていくから不思議だ。

今、シモンズはニューヨークの象徴「カルバン・クライン(Calvin Klein)」との契約が噂されている。カルバン・クライン本人も暗に認め、シモンズのディレクター就任はもう事実だろう。おそらくカルバン・クラインではウィメンズだけでなく、ジル・サンダー時代と同様にメンズもデザインすることになるはずだ。

それでも、やはり僕が楽しみなのはウィメンズコレクションになる。ディオールというエレガンスにおいて世界の頂点とも言えるブランドのディレクターを正式に務め、しかもディオールのオートクチュールを経験したデザイナー。そんな経験を持つデザイナーは世界に数えるほどしかない。現役のデザイナーでは、シモンズ以外ではジョン・ガリアーノ(John Galliano)だけだ。

最先端のエレガンスに開花したラフ・シモンズが、今度は相性抜群と思われるカルバン・クラインでどんなウィメンズを発表するのか、今から楽しみだ。

〈了〉

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