ヘルムート・ラングの精神はミニマリズムではない

AFFECTUS No.11

“HELMUT LANG”

未だにこのアルファベットの綴りを見ると、胸がざわつく。僕にとって特別な価値を持ったデザイナーである。僕がモードの世界へ本格的に足を踏み入れたきっかけは、ヘルムート・ラングを知ったことだった。

現在、1990年代に注目が集まっているが、ラングの名前は90年代を代表するデザイナーとして必ずあがる名前だ。1980年代は極端なまでに強調されたショルダーライン、派手な色使いと装飾、とにかく奇抜で目立つファッションがメインストリームで、その流れを一気に変えた存在の1人がラングだった。彼は時代を変えた人間に違いない。

ラングのデザインする服を評する言葉として、当時も現在もよく用いられるのがミニマリズムである。シャープなシルエットに、ホワイトやブラック、グレーなどベーシックカラーをベースに、時折ボルドーやパープルなど鮮烈な色を差し込み、装飾性を最大限に省くクールなデザインは、新素材の使用に積極的なこともあり、近未来世界のカッコよさを表す空気があった。

当時、ラングはメインラインの他に、「ヘルムート・ラング・ジーンズ(Helmut Lang Jeans)」というセカンドラインを展開していた。通常ならメインラインを好きになることが多いのだが、ラングだけは違った。僕はメインラインよりも、セカンドラインのヘルムート・ラング・ジーンズに魅了されていたのだ。

ミリタリーやワークといったリアルスタイルをシャープなシルエットに落とし込み、装飾の80年代を経た90年代のクールな時代感を盛り込み、野暮ったいシルエットの古着を、ラング流の解釈でモダンなリアルクローズへ変換したようなデザインで、「カッコイイ」という言葉はまさにこの服のためにあった。先ほど述べたように、僕がメインラインよりセカンドラインが好きになったブランドは、後にも先にもヘルムート・ラングだけであり、「リアルクローズをカッコよくする」という手法に痺れていた。

ラングのデザインで僕が特に好んだのは、ニューヨークコレクションに参加していた2000年前後の時期だ。

発表の場をパリからニューヨークへ移したことは、当時としてはかなりの驚きだった。クリエイティビティを競う場として、メディアやバイヤーからの注目度を集める場としても世界一を誇るパリから、リアルなデザインが主流でビジネスが重視されるニューヨークへ(当時は少なくともそういうイメージがあった)。しかし、ニューヨークという街の空気がラングに良い影響を与えていたのか、ラングのデザインはニューヨークに移ってからキレを増す。

この時期のラングの服を見ていたとき、ふと頭の中に「NASA」という言葉が浮かび、「NASAの空気まとったクールでモダンなウェア」というフレーズが続けて浮かんできた。「なんだ、それ?」と思われそうだが、そんな奇抜な印象を抱かせる服を当時のラングはニューヨークで発表していた。

僕にとってラング最大の魅力はシルエットにある。ミニマリズムと評される服なので、見た目はいたってシンプル。だが、着用時のシャープなシルエットは、見た目のシンプルさとは逆の、これまでに見たことのない服を見せられた感覚に襲われる。

前述したようにラングは「ミニマリズム」、「ミニマリスト」と評されることが多い。しかし、僕の考えは違う。彼はアヴァンギャルドだ。服のデザインがミニマルだっただけで、ラングという人間の本質はアヴァンギャルドにある。奇想な感覚を持つ人間がデザインするミニマルな服。それが“HELMUT LANG”というブランドなのだ。

毎シーズン発表されるキャンペーンビジュアルからしておかしかった。毛を刈り取った羊の写真だけを発表したり、服のディテールだけをアップしてブランドロゴが添えたビジュアルを発表したり、とにかく表現がシンプルなのに強烈なインパクトにあふれていた。

真面目に服を見せようという意図はあまり感じず、違う価値観を持ってファッション界で生きているようなデザイナーだった。これが同じくミニマリストと言われるジル・サンダー(Jil Sander)なら用いない手法だろう。コレクションで発表される服にしても、確かにシンプルだが、よく見てみるとディテールや素材使いにミニマリストとは思えない、複雑さを凝縮したデザインが忍ばせてある。

ブランド「ヘルムート・ラング」は1999年に「プラダ(Prada)」に買収され、2002SSシーズンから発表の場をパリに戻すのだが、2005年にラングは自ら創業したブランドを去ってしまう。辞めた理由は養鶏場をやりたかったからという、信じ難い噂が聞こえてきて「そんなわけがあるか」と、僕は半ばその噂をバカにしていた。だが、2006年にアムステルダム発のファッション誌『FANTASTIC MAN』第4号で、ラングが上半身肌裸で黒い鶏を愛おしそうに抱いている姿で表紙を飾り、僕はその姿に笑ってしまった。ちなみにその写真を撮ったのはブルース・ウェーバー(Bruce Weber)で、『FANTASTIC MAN』の編集長ゲルト・ヨンカース(Gert Jonkers)曰く、ラングはこの企画を喜んでやったそうだ。アホかいな。いや、失礼。結局、ブランドを去ったラングは後にアーティストへ転身する。

僕の中でラング=ミニマリズムが成立するのはあくまで服のデザインに限定され、ラングという人間はアヴァンギャルドという結論になっている。アヴァンギャルドな人間が作ったミニマルな服は、シンプルでクール、だけどどこか理解しがたい違和感を潜んだデザインである。ラフ・シモンズ(Raf Simons)はマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)と共に尊敬するデザイナーとしてラングの名をあげるが、シモンズ自身の服、特にウィメンズデザインには、理解しがたい違和感が入っているというラングとの共通点が見られる。

ラングがファッション界へ復帰する可能性はマルジェラ以上に低いだろうが、現在のラングがどんな服をデザインするのか見たいという衝動が、私の中にある。せめて1シーズンだけでもいい。10型だけでもラングの新しいファッションが見てみたいと思うのは、思い出に浸りすぎだろうか。

〈了〉

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