ラフ・シモンズがカルバン・クラインへ

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AFFECTUS No.12

ついに正式発表された。8月2日、「カルバン・クライン(Calvin Klein)」が同ブランドのチーフ・クリエイティブ・オフィサーに、ラフ・シモンズ(Raf Simons)の就任をアナウンスした。当初言われていたクリエイティブ・ディレクターではなく、より上位のポジションでブランドを幅広く深く統括するチーフ・クリエイティブ・オフィサーへの就任だった。

ちなみに、メンズ・ウィメンズ・アクセサリーを担当するクリエイティブ・ディレクターには、映画『ディオールと私』に出演していたシモンズの右腕、ピーター・ミュリエ(Pieter Mulier)が就任する。

ようやく噂が現実になった。以前から様々なメディアで報道されていただけに、確実に決定だろうと思っていても、やはり正式発表があるまでは信じられなかった。噂が現実にならないことが多いのもモードの世界だ。しかし、噂は事実になった。かなりの時間を待たされた心境だが、この待たされた時間が、新生カルバン・クラインに対するポジティブなイメージを抱かせる効果を発揮し、結果的には良いマーケティングになったのではないか。

肝心のシモンズによるカルバン・クラインのデビューは2017AWシーズンに決定した。シモンズがどんなコレクションをカルバン・クラインで発表するのか。それが今、最も気になることである。今日は新生カルバン・クラインのデザインについて、特にウィメンズデザインについて考えていこう。

シモンズのウィメンズデザインの特徴を、僕なりに一言で表現するなら「違和感」に尽きる。シモンズのウィメンズは基本的には、伝統的なエレガンスに沿ってデザインされる。伝統的なエレガンスとは、僕にとって1950年代のオートクチュール黄金期を源流とするエレガンスを指す。そのエレガンスをベースに、シモンズは自身の感性で表現するが、そこで主役となるが次のような違和感である。

「なぜ、そんなところにそんなボリュームを?」
「なぜ、そんなところにそんな素材を?」

シモンズは、スカートのそんな場所にそんな切り替えを入れなければ、誰もが美しいと思える服が完成する場所に、あえてバランスを崩す違和感を持ち込み、見ている人間に疑問を抱かせるデザインを作り上げる。

そんなシモンズのデザインを見て、以前の僕は彼をアーティストだと称した。それは色使いやシルエットを指して「美しさを感じた」から言ったわけではなく、「視覚的に美しいとは思えないもの」を作り出し、「なぜ、そんなものを作ったのか?」という服の背景に疑問を抱かせた体験が、まるでコンテンポラリーアートのように感じられたことが理由だった。シモンズのウィメンズデザインについては、2016年7月24日公開「ラフ・シモンズのウィメンズ」で、自分なりの解釈を述べているので、詳しくはそちらを読んでもらいたい。

僕が思うに、シモンズはカルバン・クラインでも自身の特徴を打ち出してくるはずだ。というよりも、自然に出てしまうはず。ただし、デビューコレクションとなる2017AWコレクションでは、シモンズの特徴である違和感は弱いのではないかと予想する。

シモンズが手がけた「ジル・サンダー(Jil Sander)」と「クリスチャン・ディオール(Christian Dior)」のファーストコレクションに、彼の特徴が一つ見られる。シモンズはディレクター就任直後に発表する初期のコレクションでは、革新を行わない。まずは、ブランドの哲学や伝統にそって静かにスタートし、そして徐々に自身の感性を強めたデザインに移行していく。シモンズは、カルバン・クラインでも同様のアプローチを取るのではないか。

シモンズとカルバン・クラインの相性を考えると、もうこれは疑問の余地がないくらいにフィットするはずだ。ジル・サンダーがそうであったように、シモンズのセンスとフィットするブランドはやはりミニマリズムを標榜するブランドである。ただし、カルバン・クラインとジル・サンダーでは大きな違いが一つあった。

それはセクシーだ。

カルバン・クラインには見る者を刺激する、匂い立つ色気がある。カルバン・クラインが発表した2016AWコレクションのキャンペーンビジュアルを見れば、それは実感することだろう。セクシーという点で、カルバン・クラインはジル・サンダーとは大きく異なる。シモンズのデザインは基本的にクールでシャープだ。それがミニマリズムブランドではより研ぎ澄まされ、硬質な印象さえ抱く。カルバン・クラインのセクシーを、シモンズは硬質に変化させるのだろうか。そこが、一番注目したいポイントだ。

シモンズの手腕次第では、新生カルバン・クラインのウィメンズコレクションは、ノームコアを経てリアルベースのモードへ移行しているという現代の流れを捉え、かつ1990年代も踏まえた、これからの時代を担う新しいファッションデザインになるのではないと予想する。もし、そんなデザインが誕生すれば、ミニマムでありつつジル・サンダーよりもセクシーでカジュアル、攻撃的で野心な一面さえも感じる若さが濃厚に漂うコレクションとなり、ミニマリズムの文脈に新しい解釈を刻むだろう。

今は、デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)による「ヴェトモン(Vetements)」の登場以降、ストリートウェアが時代の中心であり「ダサいことがカッコイイ」という価値観が時代の主流になっている。シモンズの手にかかると、世界はカッコよくなる。だが、そのデザインはヴェトモンやゴーシャ・ラブチンスキー(Gosha Rubchinskiy)といった、時代最先端のデザインとは異なる。

ストリートウェアが支配する時代の流れを、伝統的なエレガンスをベースにデザインするシモンズが大きく変えてしまう可能性がある。ストリートウェアの空気感を取り込みながら、伝統的なエレガンスへ回帰する。そんな現象が、シモンズの手によって起こらないとは限らない。

時代を支配した新しい価値観から、次の新しい価値観へ。そういうインパクトが本当に生まれるのかどうか。シモンズとカルバン・クラインは、ファッションデザイン史的に新しい楽しみを生んでくれた。

〈了〉

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