ジュンヤ・ワタナベの退廃的美しさ

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AFFECTUS No.14

「西洋の王道エレガンスに勝負できる日本人デザイナーは誰か?」

この問いに答えるなら、すぐに二人の名前が浮かぶ。一人は山本耀司である。オートクチュールのファッションウィーク期間中にプレタポルテを発表した2003SSコレクションが、山本のエレガンスがパリに比肩するものだと証明している。そして、もう一人が渡辺淳弥だ。

「コム デ ギャルソン(Comme des Garçons)」のデザイナーが王道のエレガンスをデザインする。それだけを聞くと、首を傾げたくなるかもしれないが、僕が渡辺淳弥の作る服から最も魅力を感じるのは、アヴァンギャルド性が発揮された最新素材や技術を使ったコレクションよりも、女性の身体を美しく見せるカッティングが随所に施されたエレガントなコレクションである。

渡辺淳弥に王道エレガンスの才能が備わっていることを、僕が明確に初めて感じたのは2002AWコレクションだった。グレーを基調に、細く流麗なラインを描くスリムなロングドレスがとても印象的なコレクションで、僕が特に魅了されたのは、ウエストのシェイプが強く、ラッフル状にヘムラインが広がったジャケットのこの上ない美しいフォルムだった。

2002AWコレクションには、最新素材を使ったジュンヤ・ワタナベとはまったく違う魅力が潜んでいる。時代、歴史、伝統、長い時間を経たものだけが獲得できるエレガンスが、あのコレクションには備わっていた。裾が引き裂かれ、ところどころに穴のあいたグレーのロングドレスが実に魅惑的で、退廃的に朽ちていく時間の経過を美しく具現化したデザインだった。

ジュンヤ・ワタナベから再び退廃的美しさを感じたのが、1年後に発表された2003AWコレクションである。クラシックな装いが一段と強まったコレクションは素材にツイードを多用し、ショートジャケットとロングのフレアスカートを軸にしたスタイルが多数発表される。そしてジャケットとスカートの裾は切り裂かれ、糸が垂れ下がり、ゆらゆらと揺れている。

ココ・シャネル(Coco Chanel)自身の手がけた服が、何十年という時間を経て発見された服。そんな印象を抱いた。一度は完成した綺麗な服。それが朽ちていく様子が記録された服。そんな服が2003AWコレクションである。だが、魅力はそれだけではなかった。古さの中に新しさがあること。それがこの退廃的美しさを誇る服たちの魅力だった。一見するとシャネルをイメージする服なのだが、シャネルの服とは異なる若々しいシルエットが渡辺淳弥の服にはある。

シャネルは女性を精神的にも身体的にも解放するため、服の素材にストレッチ性のあるジャージを使い、身体を締め付けないストレートシルエットの服を生み出したクチュリエだ。そんなシャネルだからこそ、女性を前時代に戻すような、ウェストを急激にシェイプさせるシルエットのニュールックを受け入れることができず、クリスチャン・ディオール(Christian Dior)に激しい怒りを見せたのだろう。

渡辺淳弥が2003AWコレクションで発表した服は、シャネルの思想に反するように女性の身体のラインに沿うシルエット、そしてそのシルエットの作るテクニックがシャネルの時代とは違う、現代らしい複雑なパターンで服を作り込む挑戦的要素があった。身体のラインを強調すると若々しさが生まれる。ジュンヤ・ワタナベの2003AWコレクションが、シャネルの服よりも若々しいのは間違いない。しかし、現代の服と比較すれば、ジュンヤ・ワタナベの若々しさはとても控えめでクラシックである。

それにこのコレクションは、ディオールのニュールックほど女性の身体にフィットしたシルエットではない。ほどよい空間が布地と身体の間に存在する。もしシャネルがジュンヤ・ワタナベの服を見たなら、満足はしなくとも納得するのではないか。

「あなた、なかなかやるわね」

といった具合に。

ジュンヤ・ワタナベが発表したスカートのレングスが、シャネルが忌み嫌う女性の膝をしっかりと隠し、さらにはくるぶしにまで到達するロングスカートが数多く発表された点も、シャネル的にはきっとポイントが高いだろう。もちろんこれは完全に僕の妄想に過ぎないが、そんな妄想を掻き立てるほどのデザイン力がジュンヤ・ワタナベの2003AWコレクションにあるということである。

時間の経過とはなんだろう。時間が経過していくことで、廃れていくものや消えていくものがある。その一方で、次の時代を担う新しさの芽が生まれたりもする。それが僕にとっての時間の経過だ。

古くなっていくだけではない、何か現代的な新しさが見え始めている。それが時間の経過だとジュンヤ・ワタナベの服から教わり、そしてその美意識は悲しくもありながら美しく、渡辺淳弥が表現した退廃的美しさに僕は心の底から魅了された。やはり僕は、悲しさを感じる創作物が好きなようだ。

最新素材と最新技術を積極的に多用した服が、オブジェとしてではなくファッションとしてリアルな魅力を持つ服になっている。最先端への挑戦を続ける一方で、歴史と伝統への敬意もあり、過去の遺産を独創性たっぷりに解釈してデザインすることも可能。シンプルな服であっても、シルエットを作り上げるテクニックには複雑さと面白さがある。川久保玲と山本耀司以降の世代に現れた服作りの天才が、渡辺淳弥というファッションデザイナーである。

〈了〉

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