世界をフラット化するコシェ

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AFFECTUS No.15

現在最も注目しているブランドは「コシェ(Koché)」だ。コシェのショー映像は、何度観ても心を内側からざわつかせる。それは、身体の中心から波立つような感覚だ。同時にコシェのショー映像は、服を作りたい意欲も強烈に刺激する。自分も何か作らなくちゃいけない。そんな気持ちに駆り立てる。

 最近になって、コシェのデザイナーであるクリステル・コーシェ(Christelle Kocher)のインタビューが、日本のメディアに掲載されることが増えてきた。インタビューを読んでいると、彼女にとっての服を作る意味が見えてきて、非常に面白い。

インタビューでクリステルは「着たい服を作る」という旨の発言はしない(僕がこれまで読んできたインタビューでは)。常に彼女は、服のデザインに込められたメッセージ、自身の伝えたい価値観をメディアに述べている。クリステルにとってファッションデザインとは自分の価値観を伝えることで、その価値観はファッションでしか伝えられない類のものなのかもしれない。ショー映像を何度も観ていくうちにそう感じるようになった。

ブランドのデビューショーは、パリファッションウィークの2016SSシーズンに開催された。会場は地下鉄の駅に直結する道で、普段は多くの乗降客が通り過ぎる場所をランウェイに選んでいた。ゆえに、ショーに招待されたファッション関係者のみならず、たまたまそこを通りかかった一般客もショーを観戦することになっていた。

デザイナーであるクリステルの価値観が最も強く濃く出ていると感じるのは、モデルのチョイスだ。プロとアマチュアのモデルが混ざり、混合した世界が創造されている。彼女の思想はモデルとしてのキャリアにとどまらず、体型にも及ぶ。モデルと言えば、スレンダーで高身長な体型が当たり前だが、コシェに出演したモデルは僕たちとそう変わらない、極々一般的な体型のモデルたちも多くいた。国籍、体型、性別、経験、世界のあらゆる価値をミックスし、世界をフラット化していく。デビューコレクションは、ブランドの世界観が見事に表現されていた。

翌シーズンの2016AWコレクションでは、クリステルのフラット化がますます強化される。会場にはアーケードのある商店街を選び、またも通常ならファッションショーなど開催しない場所が選ばれていた。ランウェイとなったありふれた商店街の通りを、緻密な技巧を凝らしたオートクチュールに勝るとも劣らないテクニックを盛り込んだストリートウェアが、疾走感を伴って過ぎ去っていく。

ファッション界の常識に捉われないモデルや会場のチョイス、オートクチュールに比肩するテクニックをあえてカジュアルでラフなストリートウェアに使用するなど、クリステルは価値観に差をつけないことを価値観としている。

「世界のあらゆる価値観はフラットである」。

そんなメッセージ性をコレクションから捉え、僕はクリステルをとても真面目な人物だと思うようになる。

アノニマスなストリートウェアをベースに、自身のバックグラウンドを生かしたデザインをすることで、ブランドの世界観を表現する。これがファッションデザイナー、クリステル・コーシェの手法だが、アノニマスなスタイルをベースにデザインする方法は決して珍しくはない。特にノームコアの登場以降は、よく見られるデザインアプローチでもある。

2016年7月18日公開「ヴェトモン、デザイン、エレガンス」で述べたように、これまではトラッドやクラシックなど世界に広く浸透したアノニマスなスタイルをベースにデザインすると、リアルな服が誕生するケースが多く、そこにデザイナー自身の「自分の着たい服を作りたい」という視点が、コレクションに盛り込まれるケースも見られた。

そんな旧来の手法に革新をもたらしたのが、「Vetements(ヴェトモン)」のデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)である。ヴァザリアは、ストリートウェアをベースにデザインしているためにリアリティが強い。だが、引用するスタイルにマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)という固有のモードスタイルも取り入れ、リアルであると同時にアヴァンギャルドでもあるという稀有なスタイルを実現させた。翻って、クリステルが引用するスタイルはストリートウェアのみにとどまり、デザインアプローチの先端性という意味ではヴァザリアの方が勝っている。

しかし、僕がクリステルのコレクションを新鮮だと思うのは、「自分が着たい服」ではなく「自分以外の誰かのための服」という視点が入っているからだ。彼女の価値観は、世界に対して、人間に対して正面から見据えたものだ。そして、その姿勢は恐らく間違っていない。

クリステルは自分が大切に思い、面白いと思う価値観(むしろ哲学・思想と呼ぶほうが適切かもしれない)を現実世界へ伝えるため、アヴァンギャルドなデザインで人々を幻想へ誘うのではなく、ストリートウェアというリアルな服を基盤にデザインし、現実世界に潜む課題を人々に認知させる。そんなコレクションが僕の心を打つ。

人間のために服を作る。自分ではない、誰かのための服を作る。それがファッションデザインの核心ではないだろうか。その核心に対する姿勢が強いエネルギーとなって現れ、ショー映像を観るたびに私の心をざわつかせていた。そして、そのざわつきが、「自分も自分以外の誰かのために服を作りたい」という気持ちを刺激させていたのだと、今になって僕は理解する。

クリステルは「LVMH PRIZE」や「ANDAM」など名だたるファッションコンペでファイナリストになりながらも、グランプリはおろか何の賞も受賞することはできなかった。しかし、コシェのビジネスが徐々に成長する様子を見ていると、審査員たちの判断は間違っていなかったように思える。クリステルならば、独力でコシェワールドを人々に伝えられるはずだ。世界をフラットに見ようとする強い意志を持つ彼女なら、きっと。

〈了〉

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