AFFECTUS No.18
僕は「ジル・サンダー(Jil Sander)」というブランドが好きだ。このブランドを初めて知ったのは僕が20歳になるかならないかだったが、当時のデザイナーは創業者のジル・サンダー本人だった。以降、ブランドのデザイナー(クリエイティブ・ディレクター)が何度か変わっていく。ミラン・ヴクミロヴィッチ(Milan Vukmirovic)、ラフ・シモンズ(Raf Simons)、そして現在のロドルフォ・パリアルンガ(Rodolfo Paglialunga)と、僕はサンダー本人も含めると合計4人のデザインを見てきたことになる。
ディレクターの交代がスムーズにいくケースもあれば、そうはいかないケースもある。後者の場合、サンダー本人の退任時が該当する。彼女はいつも突然辞めてしまう。サンダーはおそらく短気なのではないか。もしそうなら、個人的には一緒に仕事はしたくないタイプだ。
突然辞めるものだから、後任人事が順調に決まるわけがない。つまりブランドに、ディレクター空白のタイミングが生まれてしまう。その時、いつもコレクションのデザインを担当するのはデザインチームだった。そして、僕はこのデザインチームのデザインが非常に好きで、かつブランド「ジル・サンダー」のデザインチームのファンでもある。
サンダーが2度目の退任となり、再びデザインチームが担当した2014AWは秀逸だった。僕はこのデザインチームのリーダーこそが「次期クリエイティブ・ディレクターになるべきだ」と思うほど、このコレクションに一目惚れする。結局、その後パリアルンガが就任したが。しかし現在は彼の起用は正解に思える。素晴らしいコレクションだ。
デザインチームのコレクションに先進性を感じることはない。それは致し方ない側面もある。彼らに求められているのは、まずはコレクションを完成させて、次期ディレクターが決定するまでの穴埋めなのだから。そんな役割を与えられても素晴らしいコレクションを作るチームに、僕は祝杯をあげたくなる。
2014AWコレクションのデザインはとてもシンプルだ。
「ジル・サンダーにとってそれは当たり前だろう」
そう言われれば、確かにそうなのだが、当時のサンダーやサンダーの前任だったシモンズのデザインと比較してみれば、デザインチームのコレクションがシンプルだったのは明らかで、特別な主張が感じられないデザインだった。しかし、それはネガティブな意味で言っているわけではない。
「ジル・サンダーにとってベストの服を作ろう」
そういう実直な姿勢を、僕はデザインチームが手がけた2014AWコレクションから感じた。そして、その姿勢から生まれた潔い服の数々が好きなのだ。
このコレクションのどこに魅力を感じたのか。
最大の魅力はフォルムにある。特にコートとジャケットが素晴らしかった。一見どこにでもあるようなデザインのジャケットとコートだが、目を凝らして見てみると、フォルムが面白いニュアンスを含んでいることに気づく。通常なら身体にフィットさせるパターンを作る場所に、微妙に膨らませたボリュームを入れたり、ボディのスリムシルエットに対してあまりに太い幅のスリーブを取り付け、アンバランスな面白さを感じさせたり、ウェストに生まれている不思議なドレープ、ほんの少しのささやかなドロップショルダーなど、服のフォルムのあちらこちらに不思議なニュアンスがいくつも現れていた。
ニットのフォルムも印象深く、特にスリーブが記憶に残る。太めの幅に作られたスリーブは、肩先から肘にかけて膨らみ、そして今度は肘から袖口に向かって萎んでいき、このスリーブのフォルムが硬質的で、ニットのやわからい素材感とコントラストになって実に美しい。ボトムのデザインも素晴らしく、特にパンツのシルエットがいいのだが、それも書いているといつまでも書いてしまいそうになるため割愛する。
これらの微妙で無用に思えるデザインが、シンプルな外観の中に収まり、それが僕にはとても心地よく感じられた。
ただ、確かに見た目はシンプルな服だが、じっくりと観察してみると通常のスタンダードアイテムとはパターンの取り方が違うことがわかる。フロントのアームホールから前中心の下に向かって、まるで切り裂かれたように大胆に斜めに下がっていく1本の長いダーツ、ネックラインから下に向かってカーブしながら長く伸びるダーツ、後ろから前にまわってくる袖の切り替え線、フロントポケットからネックに向かって長く伸びるダーツなど、パターンの取り方がどれも挑戦的で非常に面白い。
挑戦的要素を明らさまにせず、忍び込ませて表現している点が心憎い。かつヴァンギャルドな造形には走らず、リアルでシンプルな造形の中で挑戦的要素を見せることが、現代のデザイントレンドともマッチしている。
挑戦的なパターンから生まれた面白いニュアンスを含んだ、この極めてシンプルな服から、僕は人間の新しい身体を想像する。生まれてきたイメージは、とても美しく、けれど控えめな佇まいの女性だ。特別で高尚なメッセージなどなくとも、良い服は作れる。それは、言葉にすれば当たり前のことである。しかし、次々に新しい服を生む出すことが宿命とされるファッション界においては、服作りにとっては常識で大切なことも、モードにとってはしばしば非常識となってしまう。
コレクションに斬新さよりも、次の新ディレクターへの繋ぎが期待されるデザインチームのコレクションが、控えめなデザインになるのは当然の成り行きだろう。しかし、ジル・サンダー2014AWコレクションでは、デザインチームが素晴らしく美しい服を創造した。僕はファッションデザインの面白さを感じる。マイナスと思われる、ある制約や決定がクリエイティビティを刺激し、人の心に響く作品を作り出すのだ。
デザインという行為の奥深さを感じさせてくれるデザインチームの仕事はアノニマスになる。だが、その匿名性ゆえに見る側の意識が「モノ」にフォーカスされ、デザインが純粋に楽しめるように思えた。つまり、ファッション界で散見されるデザイナーのキャリアのアピールがないことで、新たに生まれるデザインの楽しさがあるのではないかということだ。個性を主張するのが当たり前のファッションデザインで、この体験は貴重なものになる。
ファッションデザイン、とりわけコレクションブランドの場合、先進的な挑戦がコレクションに見られないとその評価が低くなる。2014AWコレクションのジル・サンダーのように、デザインチームが担当したコレクションはそう見られがちだ。しかし、素晴らしいコレクションは服をしっかりと見れば、すぐに理解できる。最近では、シモンズ退任後にデザインチームが担当した「クリスチャン・ディオール(Christian Dior)」のコレクションも素晴らしかった。
最後に、この言葉を持って終わりとしたい。
「先進的な挑戦がないことは、ファッションデザインにとって悪いことなのだろうか?」
〈了〉