日常に寄り添ったクリスチャン・ディオール

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AFFECTUS No.21

ラフ・シモンズ(Raf Simons)退任後、ようやく正式に後任のアーティスティックディレクターが発表された「クリスチャン・ディオール(Christian Dior)」。指名されたデザイナーは、想像もしなかった名前だった。「ヴァレンティノ(Valentino)」でピエールパウロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)とゴールデンコンビを組んでいた、マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)がクリスチャン・ディオールの新アーティスティックディレクターとなる。

キウリがピッチョーリと離れ、単独でディレクションするコレクションはどのようなものになるのか。それを目にする機会がようやく訪れる。新生ディオールのデビューコレクション、2017SSコレクションが発表された。ショーのファーストルックに登場したのは、サイドを刈り込んだショートカットの女性モデルで、スタイルにフェミニンな要素は皆無であり、白い服を基調にしたメンズテイストのスタイルが現れる。

その後、次々に現れるルックはディオールらしい豪華な装飾と造形のデザインは見られず、クロップドパンツが何度も登場し、かなりリアルでカジュアルなルックばかりが発表され、ラグジュアリーの最高峰ブランドがここまで日常に寄り添った服を発表したのは初めてではないかと思えるほどだった。シモンズのコレクションも、以前のディオールと比べればかなり日常に近づいたリアルデザインだったが、キウリのコレクションを見た後では、シモンズのディオールはまだまだファンタジーの要素が強いと感じるほどだ。

率直に言わせてもらえれば、ここまでカジュアルな装いのディオールに、僕はいささか物足りなさを覚えた。しかし、コレクションを見ていくうちに考えは改まっていく。

「これは、いいかもしれない」

そう思い直すに至った理由は、時代性を濃厚に取り入れ、まさに「今」を表現したディオールの誕生だと思えたからだ。

僕は服に良いも悪いもないと思っている。あるのは、時代に合うか合わないか。以前はダサいと思われていた服が、今はカッコイイと言われるのがファッションであり、服のデザインに良いも悪いもなく、単に時代に合うか合わないか、それだけの差だと考えている。ファッションデザイナーに最も必要なのは、自分たちが生きる時代の空気を捉え、服として具体化する能力である。時代に対してどれだけ敏感であるか。それがファッションデザイナーにとって非常に重要だ。

そういう意味でキウリは、時代に対してとても繊細で敏感なセンスを発揮した。キウリは自身のモダンな感性を、ディオールの本質ともいえる「硬質なエレガンス」というDNAと実にうまく融合させる。1947年に発表されたニュールックは、ディオールというブランドの本質を的確に捉えたデザインだ。創業者がデザインしたのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。エレガントかつフェミニンだが、とてもダイナミックで、力強さも備わったエレガンスがディオールというブランドであり、その特徴を私は「硬質なエレガンス」と称している。これは、ディオールのコレクションに欠かせない要素である。

キウリのディレクター就任が発表された時、彼女はディオールをフェミニンな方向に振るのだろうかと思ったが、僕の予想は間違っていた。実際のキウリは、コンパクトでスリムなシルエットをベースに、現代的なライダースジャケット、Pコート、ロゴTシャツを披露したと思えば、中世の甲冑を思わせるベストをトップスに持ってきたりもした。

色は白をメインに使用してピュアなムードを作り上げ、ボトムにはAラインのロングスカートを合わせてクラシカルな匂いを香らせる。新生ディオールは、リアリティを何よりも重視する現代を象徴するスタイルとアイテムを取り入れ、同時にディオールの歴史である硬質なエレガンスを表すドレッシーなシルエットやアイテムも取り入れ、時代を捉えながらブランドの世界観を更新するというレベルの高いコレクションを完成させた。

現在、究極にシンプルなノームコアが終わり、デザイン性の強いモードが復権したと言われるが、実際にはあくまでノームコアのシンプルでリアルなデザインをベースに、デザイン性を強めた服が時代のメインストリームとなっている。

残念ながら、僕は以前のような全身で主張する強烈なデザインのモードはしばらく戻ることはないと思っている。これまで何度か述べてきたが、ウェブの進化とSNSの登場と発展により、今は憧れよりも共感を求められる時代である。遠く離れた存在に憧れるよりも、自分が共感する身近なものが大切。今はそういう時代であり、時代の流れが変わる気配はまだまだ見られない。人々の生活スタイルが変わらない限り、衝撃的なモードが復活するのは無理だろう。

ディオールが作ったデイリーウェアは、強烈なインパクトは感じなかったが(そもそもインパクトのあることが本当に良いことなのか、という見方もあるが)、キウリの手がけた潔くピュアな装いは非常に好印象だった。これだけリアリティをうまく表現したなら、ビジネスにおけるウェアの売上も伸びるのではないか。

次にキウリが発表するディオールのコレクションは、2017SSシーズンのオートクチュールだ。クチュールで発表するコレクションこそ、ディオールにとって最も重要。キウリがどんなエレガンスを発表するのか。僕は楽しみに待ちたい。

〈了〉

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