ラフ・シモンズのカルバン・クライン

AFFECTUS No.32

ラフ・シモンズのブランドディレクションの手法は、革新ではなく更新。ドラスティックにダイナミックにブランドを変貌させる方法は取らず、ブランドのコードを尊重し、ブランドの中心となる核にフォーカスして、その核をラフ自身の視点によって新しくすることでディレクションをスタートさせる。

ジル・サンダーとディオールのデビューコレクションを見ても、強烈なインパクトをもたらすものではなく、むしろおとなしく控えめな印象。けれど、そのブランドらしい匂いと、ラフの視点による新鮮なニュアンスはしっかりと入っている。そして、シーズンを重ねるごとにラフ自身の個性が強く導入されるようになり、気がつくとブランドが生まれ変わっている。ラフは時間をかけてブランドを変えていく。

その振り幅が最も大きかったのが、ジル・サンダー。ラフは、創業者であるジル・サンダーを超えるジル・サンダーを作ってしまった。ジル・サンダー時代よりもデザインクオリティは一段落ちると個人的に感じるディオールだが、そのディオールでも今のマリア・グラツィア・キウリが手がけるミニマムなディオールという新しいディオール象に繋がる礎を築いた。だから、僕はラフのブランドディレクションには、革新という言葉より更新という言葉がふさわしく思える。

ようやくお披露目となったカルバン・クラインのデビューコレクションでも、その手法は活きていた。ブランドのコードを理解した上でのスタートという手法が。一目見て、強烈なインパクトを感じるコレクションではない。けれど、ラフ自身の視点が明らかに入り、これまでのカルバン・クラインとは趣を一変させていた。ただ、過去の2ブランドと違っていた点がある。ジル・サンダーとディオールのデビューコレクションよりも、ラフ自身の個性が強くにじみ出ていたことだ。

それでは「ラフの個性とはなんだろう」という話になる。ここではウィメンズデザインに絞って話していきたい。ラフのウィメンズデザインの個性は「違和感」にある。

「なんでここに、こんな切替え入れるんだろう?これがなければ、きれいなのに……」
「なんでここに、こんなボリューム入れるんだろう?これがなければ、きれいなのに……」

それがなければ、多くの人が美しいと感じられるのに、あえて美しく思わせないような違和感を挟み込み、人の美意識を揺らす。そうすることで、見る人の感覚を違う方向へ振っていく。それが、ラフのウィメンズデザインの個性、つまり特徴と僕は個人的に捉えている。その個性が、このカルバン・クラインのデビューコレクションでは過去の2ブランドのデビューコレクションよりも強く感じられた。

そもそも全体の印象に違和感を感じた。僕が思うカルバン・クラインのイメージは、クールでモダン。シャープな空気が漂っていて、匂い立つ色気が攻撃的。だけど、このコレクションを見た最初の印象は、昔懐かしいアメリカのスタイル(多くは70年代的)をピックアップしてきて、それを身体のラインを主張するセクシーなシルエットではなく程よくゆとりを入れたナチュラルなシルエットで、テーラードなコートやセットアップ、Gジャンやデニムというブランドを象徴するアイテムとスタイルで表現し、多彩かつ多色ながらトーンがとても優しい色使いが気持ちをほっと和ませ、攻撃的というよりは健康的に感じる色気が漂い、そのどれもがカルバン・クラインに必要な要素でありながら、けれどこれまでのカルバン・クラインとは異なる視点で表現されていて、そこにおとなしい印象ながらも心に引っかかる新鮮な何かを感じさせた。この感覚が、ジル・サンダーとディオールのデビューコレクションを見たときよりも、僕には強く感じられた。

カルバン・クラインでありながら、これまでのカルバン・クラインとは違う新しさを強く感じるコレクション。それがラフによるカルバン・クラインのデビューコレクションだった。このショーを見ていて感じたのは、「ラフが1番やりたかったデザインはこれなんじゃないか?」ということだった。シンプルでリアルなアイテムをベースにしてカジュアルなスタイルで、ひたすらにカッコよさの追求。現代のメインストリームとなるエクストリームとは異なる軸の、極めてファッション的なカッコよさ。時代の流れを、王道のファッションのカッコよさへ。そういう挑戦を、特に今回のコレクションの、誇張も極小もない極めてナチュラルなシルエットに感じた。

ラフが提案したいのは驚きや斬新さではなく、これまでにあったファッション的カッコよさの素晴らしさ、それを再提示したいのでは。だから、アメリカの、いやニューヨークのアイコンとも言えるブランドのカルバン・クラインで、アメリカのクラシカルな要素、昔懐かしいスタイルがピックアップされていたように思える。「ばかやろー、そんなこと思ってねえよ」とラフに思われる可能性もあるけど、結果的に生まれたコレクションから僕はそんなことを感じた。この解釈を自由に楽しむってところが、ファッションを見る面白さでもある。正しい答えを知りたいのではなく、自分だけが感じられる何かを感じて、その感覚を楽しみたいから。今の時代、ファッションはもっと自由に軽快に気軽に楽しんでもいい。

メンズについては、ラフは違和感を持ち込むというよりは正統派。正統なカッコよさを人々の感覚がまだ及んでいない、その領域にまでカッコよく更新させる。「え!?これって、こんなにカッコよくなるの!?」というセンス。今回のデビューコレクションのメンズで、僕が一番好きなルックはGジャンとジーンズを着たデニムのセットアップ。かつてニューヨークで発表していたヘルムート・ラングのセカンドライン『ヘルムート・ラング・ジーンズ』を思わすスタイルだ。とてもカッコよかった。このスタイル、こんなにカッコよかったんだ。そう思えた。見た目、めちゃくちゃ普通だけどね。

メンズは初期のシグネチャーで発表していたころの香りがほのかにあって、あの頃の若者が大人になったスタイルというイメージもあった。先立って発表されたシグネチャーよりも惹かれた。シグネチャーに以前ほど魅力は感じないのはなぜだろう(16AWと17SSは除く)。もしかしたらカッコ良すぎるのかも。その感覚が今の気分にあっていないのかもしれない。これはちょっとよくわからない。シグネチャーのみに集中した時は、すごく魅力を感じるんだけど。不思議だ。

ショー終了後、多くの人が言及しているようにヘルムート・ラングの香りがあったのは確か。特にメンズのテーラードコートにスリムパンツのスタイルなんて、まさにラングの代名詞とも言えるスタイルだ。ラフはかつてメディアにマルジェラと共にヘルムート・ラングへの尊敬を述べているし、ニューヨークで発表することになって、なんらかのラングからのインスピレーションはあったんじゃないのか。そう思えるほど、ラングのテイストが漂っていた。そこを誰かラフにインタビューして聞いて欲しいよ。

そして、ラフのディレクションの本領が発揮されるのは、むしろこれからだと僕は思っている。ラフはイメージ作りの天才。ウィリー・ヴァンダピエールと組むビジュアルは、まさにその才能が最も発揮される領域。ショー発表後、早速Instagramで新しいビジュアルを矢継ぎ早にアップしている。そのビジュアルから受けるイメージは、ショーよりも刺激が強い。むしろカルバン・クライン本来の攻撃的な色気を感じさせた。セクシーと感じられる肌の露出なんて皆無なのに。おそらく、完璧に全身を写すことはせず、身体の一部を隠したり後ろ姿だけであったり、モデルたちにそんなポーズを取らせて飛散した様々な色を背景に写した写真が、想像を「刺激」したことが理由だろう。

今回、ラフがカルバン・クラインで発表したウィメンズは、シグネチャーではないのにシグネチャーに極めて近いデザイン、ラフのアイデンティティを表現した真のウィメンズデザインが初めて垣間見えた気分になった。

ショーの最後にピーターと一緒に出てきたラフの表情が楽しそうで、そのリラックス感漂っている姿を見たら、ディオールを辞めて良かったのではないかと思えた。ブランドとの相性がやはり最も重要で、ラフとカルバン・クラインの相性はこれまでで最もいいはず。その確信が得られたデビューコレクションでもある。ディオール以上に、いやもしかしたらジル・サンダーよりも大きな自由を手に入れ、次のコレクションでどのような更新を見せてくれるのか、とても楽しみだ。

〈了〉

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