ラフ・シモンズのカルバン・クライン

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AFFECTUS No.32

ラフ・シモンズ(Raf Simons)のブランドディレクションは、革新ではなく更新と述べるのが適切だろう。ドラスティックにダイナミックにブランドを変貌させる方法は取らず、ブランドの伝統を尊重し、受け継がれてきたデザインの特徴にフォーカスし、その特徴をシモンズ自身の視点によって新しくすることで、シモンズはディレクションをスタートさせる。

シモンズが手がけた「ジル・サンダー(Jil Sander)」と「クリスチャン・ディオール(Christian Dior)」のデビューコレクションは、強烈なインパクトをもたらすものではなく、むしろおとなしく控えめな印象だ。しかし、ジル・サンダーとクリスチャン・ディオール、それぞれのブランドが持つ特徴と、シモンズの視点による新鮮なニュアンスがうまくミックスされたコレクションだった。そして、シーズンを重ねるごとにシモンズの個性が強くなり始め、気がつくとジル・サンダーとクリスチャン・ディオールは新しいブランド像を獲得していた。シモンズは時間をかけてブランドを変えていく。

変化の振り幅が最も大きかったのがジル・サンダーだった。シモンズは、創業者であるジル・サンダーを超えるジル・サンダーを作り出してしまった。クリスチャン・ディオールのデザインは、ジル・サンダー時代よりもクオリティは一段落ちると個人的には感じるが、それでも現在のアーティスティック・ディレクターであるマリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)が手がける「ミニマムなクリスチャン・ディオール」という新しいブランド象に繋がる礎を築いた(ただし、現在のキウリはディオールを変貌させている)。ゆえに、僕はシモンズのブランドディレクションには、革新という言葉より更新という言葉がふさわしく思える。

ようやくお披露目となった「カルバン・クライン(Calvin Klein)」のデビューコレクション、2017AWコレクションでもブランドの伝統を理解した上でのスタートという、お馴染みの手法は生きていた。一目見て強烈なインパクトを感じるコレクションではない。だが、シモンズ自身の視点が明らかに入り、これまでのカルバン・クラインとは趣を一変させていた。ただ、過去の2ブランドと違っていた点がある。それは、ジル・サンダーとクリスチャン・ディオールのデビューコレクションよりも、シモンズ自身の個性が強くにじみ出ていたことだ。

それでは「シモンズの個性とはなんだろう」という話になる。ここではウィメンズデザインに絞って話していきたい。シモンズのウィメンズデザインの個性は違和感にある。

「なぜここに、こんな切替え入れるのだ?これがなければ、きれいなのに……」
「なぜここに、こんなボリューム入れるのだろう?これがなければ、きれいなのに……」

シモンズは、それがなければ多くの人たちが美しいと感じられる服なのに、あえて美しく思わせないような違和感を挟み込み、人の美意識を揺らす。そうすることで、見る人の感覚を違う方向へ振っていく。それが、シモンズのウィメンズデザインの個性、つまり特徴だと私は捉えている。カルバン・クラインのデビューコレクションでは、シモンズの個性が過去の2ブランドのデビューコレクションよりも強く感じられた。

そもそも全体の印象に違和感を感じた。僕が思うカルバン・クラインのイメージは、クールでモダン、シャープな空気が漂い、匂い立つ色気が攻撃的というものだ。しかし、デビューコレクションを見た最初の印象は、昔懐かしいアメリカのスタイル(多くは1970年代的)をピックアップしてきて、それを身体のラインを主張するセクシーなシルエットではなく、程よくゆとりを入れたナチュラルなシルエットで、テーラードのコートやセットアップ、Gジャンやデニムというブランドを象徴するアイテムで表現し、多色ながらトーンがとても優しい色使いが気持ちを和ませ、攻撃的というよりは健康的に感じる色気があふれ、そのどれもがカルバン・クラインに必要な要素でありながら、けれどこれまでのカルバン・クラインとは異なる視点で表現されていて、そこにおとなしい印象ながらも心に引っかかる新鮮な何かを感じさせた。

この感覚が、ジル・サンダーとクリスチャン・ディオールのデビューコレクションを見たときよりも、僕には強く感じられた。カルバン・クラインでありながら、これまでのカルバン・クラインとは違う新しさを強く感じるコレクションだったのだ。

デビューコレクションから感じたのは、「シモンズが最も実現させたかったデザインはこれなのではないか」ということだった。シンプルでリアルなアイテムをベースにしたカジュアルスタイルで、ひたすらカッコよさを追求する。アグリーなストリートが支配する時代の流れを、王道ファッションが持つカッコよさへ引き戻す。そんな挑戦を、今回のデビューコレクションで発表された、トレンドのビッグシルエットのように極端に誇張されたわけでもなく、かといってスキニーシルエットのように身体を締め付けるほど究極に細いものではない、身体を緩やかに包む極めてナチュラルなシルエットから感じた。

シモンズが提案したいのは驚きや斬新さではなく、これまでにあったファッション的カッコよさの素晴らしさ、それを再提示することなのではないか。ゆえに、アメリカの、いやニューヨークのアイコンとも言えるブランドのカルバン・クラインで、アメリカのクラシカルな要素、昔懐かしいスタイルがピックアップされていたように思える。もちろん、これは僕の解釈であり、シモンズの真意はわからない。だが、結果的に生まれたコレクションから僕が感じたことは、アメリカファッションを通じ、トレンドのアグリーではなく伝統のエレガンスを表現するファッションへの原点回帰だった。

解釈を自由に楽しむことが、ファッションを見る面白さでもある。正しい答えを知りたいのではなく、自分だけが感じられる何かを感じ、その感覚を楽しみたいのだ。今の時代、ファッションはもっと自由に軽快に気軽に楽しんでもいい。

シモンズのメンズデザインについては、違和感を持ち込むというよりは正統派のデザインだと言える。正統なカッコよさを、次の領域にまで更新させる。

「え!?これって、こんなにカッコよくなるの!?」

例えるなら、そんな感覚である。

カルバン・クラインのデビューコレクションで発表されたメンズウェアの中で、私が最も好きなルックはGジャンとジーンズを着たデニムのセットアップだった。かつてニューヨークで発表していた「ヘルムート・ラング(Helmut Lang)」のセカンドライン「ヘルムート・ラング・ジーンズ(Helmut Lang Jeans)」を思い起こすスタイルだ。非常にカッコよかった。このスタイル、見た目はかなり普通なのだが。「こんなにもカッコよかったのか」と思えた。

メンズウェアはシモンズがシグネチャーブランドの初期に発表していた時期と似た雰囲気をほのかに感じ、あの頃のシモンズがイメージしていた若者が大人に成長し、今回のカルバン・クラインを着ているという姿がイメージされた。

ショー終了後、多くの人たちが言及しているように、デビューコレクションにはラングの香りがあったのは確かだ。特にメンズウェアで見られたテーラードコートに、スリムパンツを組み合わせたスタイルは、まさにラングの代名詞とも言えるスタイルだ。シモンズはかつてメディアに、マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)と共にラングへの尊敬を述べている。カルバン・クラインのディレクションが決定し、ニューヨークで発表することになり、ラングから何かしらのインスピレーションを得たのではないか。そう思えるほど、ラングのテイストが今回のデビューコレクションには漂っていた。

シモンズのディレクションの本領が発揮されるのは、むしろこれからだと僕は予想している。シモンズはイメージ作りの天才だ。盟友とも言えるフォトグラファー、ウィリー・ヴァンダピエール(Willy Vanderperre)と組むビジュアルは、イメージメイカーとしてのシモンズの才能が最も発揮される領域である。

ショーの発表を終えると、早速カルバン・クラインの公式Instagramアカウントでは新しいビジュアルが矢継ぎ早にアップされた。ビジュアルから受けたイメージはショーよりも刺激が強く、肌の露出など皆無なのに、むしろカルバン・クライン本来の攻撃的な色気を感じさせたほどだ。完璧に全身を写すことはせず、後ろ姿のみを撮影するなど、モデルたちの身体の一部に焦点を当てた写真が逆にセクシーというイメージを刺激する。

今回、シモンズがカルバン・クラインで発表したウィメンズウェアは、彼のシグネチャーブランドではないのにシグネチャーに極めて近い印象を覚え、シモンズのアイデンティティを表現した真のウィメンズウェアを初めて見られた気分になった。

ショーの最後に、シモンズの右腕であるピーター・ミュリエ(Pieter Mulier)と一緒に登場したシモンズの表情が楽しそうで、リラックス感が漂う彼の姿を見ていたら、クリスチャン・ディオールを退任して良かったのではないかと思えた。ブランドとの相性がやはり最も重要で、シモンズとカルバン・クラインの相性はこれまでで最もいいはずだ(そう信じたい)。クリスチャン・ディオール以上に、いやもしかしたらジル・サンダーよりも大きな自由を手に入れ、シモンズが次のコレクションでどのような更新を見せてくれるのか、非常に楽しみだ。

〈了〉

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