AFFECTUS No.528
今回は久しぶりにニュースをピックアップしたい。5月30日、アメリカを象徴するブランドの一つである「カルバン クライン(Calvin Klein)」が、6年ぶりにクリエイティブ・ディレクターの起用を発表した。新ディレクターに就任したのは、昨年の「LVMH プライズ」でファイナリストにも選出されたミラノの新鋭「クイラ(Quira)」のデザイナー、ヴェロニカ・レオーニ(Veronica Leoni)だった。
レオーニは9月から「カルバン クライン」のメンズ・ウィメンズ・アンダーウェア・アクセサリーを手がけ、デビューコレクションは2025年秋に発表予定となっている。6年前のディレクターはラフ・シモンズ(Raf Simons)で、就任からわずか4シーズンでの退任という結果に終わった。シモンズの退任と同時に、「カルバン クライン」はコレクションラインの発表も休止したが、レオーニが新ディレクターに就任したことで、「カルバン クライン」はコレクションラインを再開する。
率直な感想を言えば驚いた。シモンズが去って以降、コレクションラインを休止した「カルバン クライン」だったが、2021年にはアメリカストリートを代表するデザイナー、ヘロン・プレストン(Heron Preston)とコラボレーションを発表し、モードとの接点を復活させていたため、いずれクリエイティブ・ディレクターを起用するのではないかという予想はあった。その予想は現実になったが、「クイラ」のレオーニを起用するとは想像もしなかった。
私の個人的な気持ちを言えば、プレストンがそのまま「カルバン クライン」のディレクターになれば面白いのではと考えていた。前任のシモンズは、「カルバン クライン」を通して新時代のファッションを提案し、そのデザインはまさにモードの文脈に新たな視点を打ち込んだ。
調和されたエレガンスよりも、不調和が生み出すパワー。それが、シモンズの「カルバン クライン」だった。ジーンズ、NASA、消防士、映画『ジョーズ』と『卒業』、アメリカの大学の卒業式で学生たちが着る黒いマントと黒いスクウェア帽、それらアメリカを代表するカルチャーを、調和など考慮せずに一つにまとめ上げたコレクションには、カオスな魅力があった。
だが、シモンズの提案は「カルバン クライン」の顧客にとってはあまりに前衛すぎた。新しいコレクションの業績は芳しいものにならず、シモンズはブランドを去ることになる。
もし、次のクリエイティブ・ディレクターを起用するなら、「カルバン クライン」の顧客を理解できるデザイナーがいいのではないかと思っていた。その点、アメリカ人であるプレストンはアメリカにおける「カルバン クライン」がどのような存在なのか、シモンズよりも把握しているだろうし、「カルバン クライン」とコラボレーションを重ね、ブランド内のことも熟知していた。
そして、「カルバン クライン」は伝統的にストリートとの親和性が高い。ケイト・モス(Kate Moss)を起用したアンダーウェアの広告から始まり、ブランドのシグネチャーアイテムであるジーンズはストリートウェアに欠かせないもので、「カルバン クライン」はクールなアメリカンストリートという側面も持つ。
プレストンはマシュー・ウィリアムズ(Matthew Williams)、ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)らと共にアート集団「ビーン・トリル(Been Trill)」を結成したメンバーであり、カニエ・ウェスト(Kanye West、現在はYe)のクリエイティブ・ディレクターを務めるなど、根っからのストリート派デザイナーである。
アメリカにおける「カルバン クライン」の立ち位置を理解し、ストリートの真髄を知るアメリカ人デザイナー。そんなプレストンが、クリエイティブ・ディレクターに指名されたら、「カルバン クライン」は面白いことになるのではないか。そんな考えをずっと抱いていた。
だが、実際に指名されたのは「クイラ」のレオーニだ。エヴァ・セラーノ(Eva Serrano)=カルバン・クライン グローバル・ブランド・プレジデントをはじめとする経営陣は、都会的でクールなミニマルデザインとしての「カルバン クライン」がビジネスの要だと判断したのだろう。
その観点で考えれば、レオーニは適任だ。以前、レオーニのブランド「クイラ」については2022年12月21日公開「クイラが披露したミニマルウェアを更新するための公式」でも取り挙げたとおり、「クイラ」とレオーニによるノマドなミニマルデザインには以前から注目していた。シンプルなシルエット、静かなトーンの色彩、フェミニンとマニッシュの狭間をいくミックス感覚、それらが一体となったミニマルウエアは静かな美しさを放つ。
レオーニが持つデザイン性は、「カルバン クライン」のミニマリズムにふさわしいマッチングを見せるだろう。デザイン的に言えば、シモンズの前任ディレクターであり、ウィメンズラインを担当していたフランシスコ・コスタ(Francisco Costa)時代の「カルバン クライン」に回帰するのではないか。もちろん、レオーニの感性が加わることで、コスタとは異なるコレクションが完成するはずだ。
「クイラ」とレオーニの知名度は、日本ではまだまだ浸透していないだろう。「クイラ」のブランドサイトで卸先ショップリストを確認してみると、いまだに日本では「クイラ」は取り扱われていないようだ。Instagramのフォロワー数も約1.7万人と、「カルバン クライン」を率いるデザイナーのブランドとしてはフォロワー数がかなり少ない。
まさに抜擢という表現がふさわしいディレクター人事だ。近年、ビッグブランドが行うディレクター人事は以前に比べると保守的になっていたが、「カルバン クライン」の挑戦に期待が高まる。もちろん、レオーニが手がけるコレクションにも心が高鳴る。来年発表される新しい「カルバン クライン」を楽しみに待とう。
〈了〉