いつも先を行くトム・ブラウン

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AFFECTUS No.42

「こんなん売れねーよ!!」

以前は、毎回そんなふうに思うことが多かった「トム ブラウン(Thom Browne)」。奇想天外な服は、あくまでコレクションピースであって、ブラウン自身も売るつもりで作っていないだろうし、それは十分にわかっていたけれど、それでもコレクションを見るたびに怒りが込み上げ、こう思わずにはいられなかった。「くそだせえ変な着れねー服作ってんじゃねーよ!!」と。

僕はブラウンの服が好きだ。ショップに行き、手に取れば良さが伝わってくる。ブラウン流に解釈した王道のアメリカントラッドウェアは、リアルかつモダンで、特にカーディガンやオックスフォードの洗い晒しのボタンダウンシャツは最高だ。“Tom Gray”と呼びたいグレーの色調も、控えめで品格ある美しさが素晴らしい。

現在、メンズではパンツ丈を短く仕上げ、くるぶしを見せるスタイルが当たり前になっているが、このスタイルの発端となったのはブラウンだと思っている。くるぶしを見せるアンクルパンツを初めて見た時は、「だせー、それは恥ずかしくて穿けんだろ……」と思ったものだが、僕は次第に「あり」だと思い始め、今では当たり前に穿いている。

「セクシーを感じられるのは女性が胸なら、男性はくるぶしなんです」ようなことをブラウンが語っていた記憶があり、その視点と言葉に面白さを感じて、感嘆した覚えがある。

伝統に対する敬意を持ち、リアルなスタイルの中に、アヴァンギャルドを打ち出せる時代を先んじた希有な才能を持つ人間。それがトム・ブラウンというデザイナーだ。しかし、パリファッションウィークで発表を始めた時期から、僕が魅了されたブラウンスタイルとは正反対の劇画的な服が、ショーで登場するようになった(しかもメンズコレクションで……)。

ブラウンが見せる手法が安易に思え、同時に古すぎるとも感じ、せっかくの恵まれた才能を浪費しているのではないかと疑問が渦巻く。人々が欲しいと思う服を作る。それがやりたくてもできない人間がいるというのに、ブラウンは天賦の才を違う方面で無駄使いしていると思え、それらの感情、憤りこそが、僕の怒りの正体だった。

だが、その後、徐々にゆっくりと私は認識を改めていく。

「次はどんな変な服を見せてくれるんだ?」

とうていカッコいいとは思えない。そんなスタイルが発表されてもかまわない。カッコよさに痺れる感動よりも、変な服を見られた時の面白さが、たまらなく欲しくなっていた。嫌い嫌いも好きのうちとは、よく言ったものだ。まさにその感覚だった。

しかし、勘違いしてはいけない。ブラウンのアンリアルなトラッドスタイルに触発され、面白い服「だけ」を作るブランドを立ち上げたら間違いなく失敗する。ブラウンは奇想な服を作る一方で、しっかりとライフスタイルの為の服も作っている。特に現代は、世の中の人々の生活を考えない、独りよがりの服だけを作る時代ではないのだ。

今時いないとは思うが、「売れない服を作りたい」と言う人は、服が売れない不幸を知らない無責任な人間の発言だから無視してOKだ。服が売れないことで起きる不幸と、その不幸が起こす現実と苦しむ人間の姿を知ってもなお、売れない服を作りたいと言うなら、まともな人間ではない。まともじゃない人間の言うことには耳を傾けなくていい。たくさんの人間を不幸にしてまで作る服にいったい何の意味があるのだろう。

話を戻そう。

僕がブラウンへの認識を改めることになった2014AWメンズコレクションを見たときは、朝から笑ってしまった。

「いやーいいよ」

正直な気持ちを述べるなら、コレクションはダサいし、変だとは思った。だが、それがいい。ダサいことが、変なことが、カッコよくてたまらない。

昨晩、ブラウンはパリで2018SSメンズコレクションを発表した。そこで彼はまたもやってくれた。これまでのコレクションと比較すると、ユニークな造形はかなり抑えられ、シリアスなスーツが形作られていた。しかし、そこはトム・ブラウン。異端な姿勢は決して忘れない。男性モデルのほとんどは、スカートを穿き、中にはロングシャツをワンピース風にスタイリングし、そのロングシャツの上にジャケットを羽織る男性モデルも登場した。タイトな膝下丈のスカートやプリーツスカート、そして膝上丈のミニスカートも現れ、それらのアイテムも男性モデルが穿いていた。

ウィメンズウェア要素濃厚のメンズウェアが、これから一般化するかはわからない。正直、現時点では社会に浸透するのは厳しいように思う。だが、ブラウンはいつだってそうだ。初めて見たときは、疑問が迫ってくる。しかし、いつしか気がつくと、疑問だらけだったスタイルは極めて自然に世の中へ浸透し、かつての疑問は嘘だったように消えている。

今回の2018SSメンズコレクションも、驚くべきインパクトがあったのは事実。だが、これまでのコレクションとは違い、僕はブラウランが現代の社会性をストレートに表現したと思え、素直に美しさを感じていた。ラストルックには、前身頃がタキシードで、後ろ身頃がウェディングドレスという性別が同居したデザインが発表される。このルックは、ジェンダーレスが性別の境界を超えていく現代社会を反映した、素晴らしくエレガントなデザインだ。服を着ることは時代を着ること。そのことを教えてくれる、フィナーレを飾るにふさわしいラストルックだった。僕がジェンダーレスデザインにここまで美しさを感じたのは、生まれて初めてだったと今になって気がつく。

思えばブラウンはいつも早い。時代が後から彼の感性に追いつく。ジェンダーレスな抽象造形を作るアヴァンギャルドな才能を備え、しかもそれをアメリカトラッドに軸足を置いたまま具現化させ、デイリーに着たくなるリアルスタイルも作れる。彼は「アメリカントラッドをベースにしたアヴァンギャルド」という新しいカテゴリーを開拓した。それが、トム・ブラウンという天才である。

〈了〉

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