AFFECTUS No.45
ZARAやH&M、ユニクロや無印といった巨大SPA企業のロープライスの服が売れていく一方で、一頃に比べてハイプライスのブランドがなかなか売れなくなった。ハイプライスで代表的なブランドといえば、いわゆるデザイナーズブランドと言われるデザイナーの個性がデザインに強く反映された服たちのことである。メディアで頻繁に取り上げられ人気があると思われるブランドでも、その実、売上は驚くほど小さいケースが多い。
仕事柄の人脈を通じて知った情報で、現在人気となっているブランドとしてザ・リラクス(THE RERACS)、オーラリー(AURALEE)、コモリ(COMOLI)といったブランドの名前をよく聞く。入荷してすぐに売れていくアイテムが続出するほどの人気だ。それらのブランドのデザイン的特徴として、素材にこだわっていることがまず挙げられる。素材にこだわっていると言っても、外観的な特徴が大きい柄やプリント、加工が施された素材ではない。原料からこだわり、紡績や設計、素材の質感や表面の手触り、色味や発色の美しさ、素材の重量などにポイントを起き、一見すると普通の素材に見える、いわゆる「キレイめ」と言われる素材をオリジナルで作っているケースが多い。
その素材たちは手に触れると、心地よく気持ちいい感触を肌に伝える。そこでまず惹かれる。そして、そのハイクオリティな素材を、スタンダードアイテムをベースにしたシンプルなデザインの服に乗せている。トレンチコートやワークジャケットなど、ファッションの歴史に残るアノニマスなスタンダードアイテムを、各々のブランドが理想とするシルエットへと変換し、ディテールと共に再構築している。だから、一見するとどこかで見たことのある普通の服だ。しかし、袖を通してみると、シルエットがこれまでのスタンダードアイテムとは違ったラインが身体の上を描き、そのラインに魅了され(素材にも魅了され)、物欲が刺激される。欲しい、着たい、と。
デザイナーのキャリアも、海外の有名ファッションスクールやコレクションブランド出身と言った、いわゆる業界受けするキャリアではない。ともすれば地味と言えるキャリアだ。一般大学を卒業しショップスタッフとしてキャリアを積んだり、国内専門学校を卒業後、コレクションブランドほど派手さはないが、名のある企業やブランドで実直にデザイナーとしてのキャリアを積んで実力を高めてきた人たちだ。パタンナー経験者のデザイナーもいて、彼らは素材や仕様に詳しく「服の研究家」という側面が強い。印象としては「ファッション好き」というより「服好き」というタイプに近い。
いわゆるデザイナーズブランドとはカテゴリーの異なるブランドではあるが、アークテリクス ヴェイランス(ARC’TERYX VEILANCE)には驚いた。
HOUYHNHNMに掲載された記事「アークテリクス ヴェイランスについて語れること。」を読むと、プロパー(定価)消化率が90%を超えているという。生産量が少ないのかもしれないが、価格帯を考えると(ジャケットで¥56,000〜、コートで¥75,000〜、¥100,000前後に達するコートもある)、高価格帯の服にシビアな反応が当たり前になった今の時代から見れば驚く消化率である。通常のショップで言えば、セール期間には商品がほとんど残っていないことになる。アークテリクス ヴェイランスも、高機能素材を駆使したスタンダードアイテムをベースにミニマムでクールなデザインが特徴だ。
また、まだ知名度と規模は小さく一部の人にしか知られていないがスムースデイ(smoothday)も、シンプルなデザインで高品質なキレイめ素材が売りのブランドで、ファンを着実に増やしている。デザイナーのキャリアはパリで学びサンローランや、今は活動停止をしたコムーンでパタンナーとして働いていたというキャリアなのだが、ラグジュアリーでモードな方向へは行かず、身体が心地よく感じれるシンプルな服をクオリティに対して良心的な価格で届けようとしている。
僕はモードが好きだ。しかも、かなりだ。けれど、現在のマーケットにおいてデザイン性の強いモードな服へのニーズは、極めて少数なんだろう(ここでは、デザイン性の強い服=モードというふうに捉えておく)。素材の外観的変化が大きく、パターンが複雑で、仕様が凝りに凝られた濃厚なデザインの服を「着たい・欲しい」と思う人間は、現在の傾向で言えば稀だと言える。今、モードを好む人間は珍しい人間と自覚したほうがいいのかもしれない。いや、きっと自覚すべきなんだろう。そのマーケットの少ないパイを、多くの(しかも毎年多く生まれる)モードなブランドで取り合っている。
人々の望むものを提供するのもデザインであり、人々の価値観を変えるものを提供するのもデザイン。今のスタンダードでシンプルな流れを変えたいと考え、思いっきりモードな服に振り切って作るのも一つの選択肢。人々の生活に役立ち、快適にし、喜ばせる。それがデザインの役割の一旦だと僕は思っている。だから、望むものを提供するデザインと価値観を変えるデザインに優劣はない。もう、それはブランド(デザイナー)の方針次第で、どれが正解とは言えない。
ただ、現状を見ているとモード一辺倒な服で勝負するのはかなり茨の道を歩むことになりそうだ。そんな予感がする。人々の価値観が多様化し、カリスマへの憧れよりも自身の価値観に共感するものを重視し、リアルであることが大切な今の世の中とはミスマッチが起きそうである。服を着ることは時代を着ることでもあって、時代の感覚の変化は人々が着る服へ影響をもたらす。一見ファッションとは関係ない業界であっても、その業界や企業が現在の世の中でとても大きな影響力を発揮しているなら、そのことによって人々の感覚がどう変化していくのか、注視する必要はある。
以前書いた「フラットデザイン、SNS、コンセプト」で僕は以下のように述べた。
「ファッションに限らず、デザインはその時代の中心となる産業やモノに大きく左右されていく。そういう意味で現代の中心はウェブを中心とした業界で、一番大きな転機になったのはやはりiPhoneの登場だと思う。
-中略- 感覚的にシンプルな操作が特徴のスマホの誕生と呼応するように、ウェブサイトのデザインが装飾やリアリティが重視されたリッチデザインから、スクロール重視で立体感を失った平面的なデザインに簡略化されてシンプルになっていった。
-中略- 現代の人々にとって、ウェブに触れない日はないというぐらいに、ウェブが世界に与える影響力はとてつもなく大きい。日常的に触れているモノの感覚が変われば、それに触れている人々の感覚も否応なしに変わる。変わらないほうが難しい。一緒に住んでいる人がいたら、その人の影響は否応なしに受けるように。フラットデザインが進行することで、世の中ではよりイージーで感覚的に楽しめるモノが好まれるようになった」
フラットデザインに関する書籍『フラットデザインの基本ルール』には、このように書かれていた。一文を引用する。
「2012年にマイクロソフトがリリースしたWindows 8のデザインとして多くの人に意識されるようになったフラットデザインは、次第にウェブやスマートフォンアプリのデザインとして採用されることが多くなり、アップルが2013年9月にリリースしたiOS 7では、iPhoneの基本的なUI(ユーザーインターフェース)も、フラットデザイン的な方向に大きく変化した」『フラットデザインの基本ルール』(佐藤好彦氏 著)より
ここで気になることがある。2013年という年だ。この年に勘づく人は、そううとうなファッションニュース好きといっていい。2013年10月、ニューヨークを拠点とし、世の中のトレンドを探りレポートするグループK-HOLEから「YOUTH MODE」という名のレポートが発表された。そう、「ノームコア」という概念と言葉が、世に誕生するきっかけとなったレポートである。
K-HOLEの「YOUTH MODE」発表後、2014年2月ニューヨーク・マガジンでフィオナ・ダンカン氏が書いた記事が大きなきっかけとなり、ファッションスタイルとしてのノームコアが注目され始めた。このいわゆるファッションスタイルとしてのノームコア、シンプルな服のスタイリングを人々が好むようになったのは、フラットデザインの隆盛が一因していると僕は思っている。日常的に触れているウェブデザインの変化が、人々の感覚を変えてフラットデザインと同様にシンプルなスタイルを好むようになった側面があると考えている。
学生時代、アルベール・エルバスが教室を訪れたことある。その際エルバスは、1950年代に発表されたクリスチャン・ディオールのニュールックが生まれた背景には、戦争で貧しく慎ましくすごさなければならない時代があり、それが美への渇望につながりニュールックが生まれたことを語っていた。
1960年代、パコ・ラバンヌやアンドレ・クレージュ、ピエール・カルダンによる軽快で未来感や宇宙的なムードを感じさせる、スペースルックが一世を風靡した。60年代は、アメリカとソ連が宇宙開発で熾烈な競争をしていた時代だった。
1970年代は技術競争への反動なのか、民族衣装を取りれたフォークロアや人々の暮らしが自然回帰へと向かいヒッピースタイルが生まれる。人々がそのような暮らしを好むようになったのも、オイルショックによる消費の低迷やそのことによる生活の変化も一因していると思われる。
そのように以降も1980年代、90年代、そして2000年代と時代が移っていくにつれ(長くなるので今回は省略)、時代の動向によって人々の感覚に変化が起き、その変化は人々が着るファッションのスタイルへ大きな影響をもたらした。時代の気分は、人々が服を着る気分に大きく影響する。
モードが好きだと(自分もそうなわけで)、世の中にモード好きがたくさんいるように思ってしまうけれど、まわりにそういう人間も集まるし、でも実際は、特に今は時代の大きな欲求はそういう時代ではないのだと感じる。90年代や00年代とは違う形の新しいモードが望まれている時代が今なんだろう。
その答えとして個人的に思うのは「スタンダードのモード化」ではないかということ。アノニマスな香りを強くして、デザインのトライはポイントを絞ったミニマムな表現にする。デザインの好き嫌いは置いて、デムナ・ヴァザリアがここ数シーズン発表するデザインの変化を見ていると、時代感を察知しているように感じる。パリコレというモードのステージにおいてヴェトモンやバレンシアガで発表する、あのタウンウェアをユニフォーム化したみたいなデザインを見ていると。
また、新しいブランドではないが、イッセイミヤケのメンズも注目している。ブランドの歴史を辿ればわかるように、ファッションデザインを進化させようという野心は確かに感じるが、ファッションとしてみるとクセが強すぎて「一体この服はどこで誰が着るのだろうか?」と思うことが度々あった。しかし、2016SSシーズンあたりから、イッセイミヤケのメンズが変わり始めた。クセの強さは依然としてあるのだが、イッセイ史上最高のメンズ、それが今だと思え、現代の衣服を東洋的な布の分量感で変換したイッセイ流ベーシックと言える服が、とても魅力的なのだ(しかし、まだ着用した経験がないので、着てみたら感想が変わる可能性は大だが)。
ドーバーストリートマーケットで扱われているロンドンのキコ・コスタディノフ(Kiko Kostadinov)も面白い。このブランドは2シーズン継続して実際に服も見て、自分で着て確かめてもいる。初めて実際に服を見て着たのは2017SSシーズンなのだが、正直その際は疑問符を持たざるを得なかった。ワークウェアをベースにしたデザインなのが、2017SSシーズンはシルエットやディテールに強く惹かれる何かを感じなかった。服の仕様が粗く「学生が作ったのだろうか?」と思えるほどの作りではあったが、そこは新しく若いブランド故、僕はあまり気にしていなかった。それは経験を重ねれば、解決する問題だから。それよりもデザイン的に印象が平凡すぎて、どうしてこのデザイナーが評価されているのか、その才能を把握できず靄がかかるような気分になった。
しかし、先日2017AWシーズンの服を見て着てみると、印象が180度変わる。ワークジャケットをフェミニンなAシルエットへと変換し、ポケットが大胆に斜めにつけられ、デザイン的に言うと特徴はたったそれだけなのだが(ウェストにベルトとポーチがあったが)、たったそれだけなのに「これまでに見たことのある服」が「これまでに見たことのない服」へと変換していた。クリーンなワークウェアというスタイルをキコ独特のシルエットで仕立てることで、新鮮さが溢れ出した。
今、個人的に一番注目するのがミラノのスンネイ(SUNNEI)だ。若いデザイナーデュオによるメンズブランドで、ベーシックアイテムをベースにしながら、ただのベーシックにとどまらない遊びを入れて全体的にフェミニンな香り漂うメンズウェアにデザインしている。2018SSは知的な少年っぽさがあるスタイルが好印象だった。2017AWは2018SSよりも渋みのあるスタイルで、クラシックの匂いが強め。しかし、古臭さとは無縁で、軽快でスタイリングに大胆さがある。複雑さと緻密さでデザインの強度を図るのではなくて、軽やかにさっぱりと仕立て、シルエットとスタイリングでフェミニンさを演出した、ニュアンスを重視したデザインが彼らの特徴だと僕は感じる。デビュー以来シーズン毎に着実に自分たちのスタイルを作り上げていき、ショーを始めた2017AW以降、そのスタイルの深度を一気に深めている。
既存ブランドではもう一つ、OAMCのルークとディオールのデザインチームに所属していたルーシーのメイヤー夫婦による新生ジル・サンダーも「スタンダードのモード化」に乗った新しい時代のモードと言える服を、デビューコレクションとなる2018Resortで発表していた。カットで見せる潔さ。その服に漂う「クール」という表現がぴったりのカッコよさ。これがジル・サンダーの魅力。そのカットに、これまでのジル・サンダーとは異なるストリートのニュアンスを組み込んだ、ジル・サンダーのニューシルエットだった。新生ジル・サンダーがお披露目される2018SSのショーをとても楽しみにしている。
これからのモードがどのような服へとなっていくのか。その明確な答えはわからない。今のスタンダードの流れを嫌い、新しい服を作ろうとするデザイナーたちもいるだろう。そして、そういう服を着たいと思う人たちもいるだろう。それが実現されたら、時代は再び変わる。答えは様々だ。ファッションは着る人の数だけスタイルがある。僕は自分なりの答えを持って、これからのモードを探っていきたい。
〈了〉