星野貞治という才能

AFFECTUS No.49

「君たちにはわからないかもしれないけど、僕にはわかるんだ」

これは、ある若き日本人学生に向けた、アレキサンダー・マックイーンが残した言葉だ。マックイーンは、その若き日本人学生に対してこうも述べている。

「誰かのスタイルを踏襲しているわけではない。彼には独自のビジョンがある。すべて意味をもったディテールと完璧なテクニックで作られた作品に敬意を表したい」

マックイーンは、彼の作品がステージに登場すると身を乗り出して見た。そして、すぐにそのままバックステージへと駆け込んだ。おそらく彼に会うためだろう。マックイーンは、彼が作った服に一瞬で虜になった。

僕は彼の服を実際に見たことはない。写真でしか見たことがないのだ。見る機会に恵まれなかった。もちろん、本人にも会ったことはない。いや、服さえ見れれば、僕は作り手自身に会いたいという気持ちは持たない質なので(会ったところで、特に聞きたいことがない)、会えていないことはたいして問題ではない。僕はラフ・シモンズのデザインが好きだけど、ラフに会いたいとは思っていない。そういう感情は抱かない。僕は人には憧れない。ただ、ただ、服だけに憧れる。新しいデザインを見せ続けて欲しい。ただそれだけだ。そんな自分だから、マックイーンが惚れた彼の作った服を見れていないことが、残念でならない。

その日本人の名前は、星野貞治と言う。1978年生まれの彼の名前を知っている人間は、今はほとんどいないのではないかと思う。僕が彼を知ったのは、2001年6月13日の繊研新聞の記事だった。その記事は切り抜き、今でもファイルへ大切に保管している。記事から推測するに、冒頭の出来事は2001年6月に起きたことだろう。イギリス19大学のファッション学部の合同卒業ショーに、文化服装学院アパレルデザイン科を卒業し、ノッティンガム芸術大学に留学していた星野貞治の作品は披露され、マックイーンが選ぶ特別賞を受賞する。マックイーンの賞賛とともに、彼の作品の写真が繊研新聞に掲載されていた。記事を読むよりも先に、その写真に写っていた作品に僕は一瞬で目を奪われる。

おそらく素材はコットンだろう。その白く薄手のコットンで作られた、ボートネックに近い浅く広いネックラインで、襟元からはギャザーが繊細にさりげなくふわりと流れるブラウス。そのブラウスのウェストは白く細い紐で縛られ、紐は今に朽ちていきそうな雰囲気を漂わす。ブラウスの上からは、繊細な薄く透ける布で作られた、柔らかく流れるようなシルエットを描く黒いショートレングスのベストと白いブラウスを合わされた女性の姿は、どことなく悲しい。

少しドロップショルダーのブラウスの袖は、それまで見たとこのない形だった。カフスでキュッと絞られた手首。そのカフスの上からバルーン状の膨らんだ布の造形には不思議な浮遊感が感じられ、淡い心情を表現しているかのようだった。スカートは、黒い生地にチャコで白い線を引いて、それをカットしてそのまま縫い合わせたような大胆さと粗雑さが混在していた。

その服を見て、僕は美しいと思った。奇抜さはない。とてもシンプルだ。だけど、ミニマリズムとは全く異なる簡潔さ。ミニマリズムの服には、どこか硬質で冷たい空気がある。しかし、星野貞治の服には「感情」があった。それは、傷ついた人間の心を服の形にしたかのような、悲しさだった。

イギリスの大学の合同ショーで発表され、マックイーンを痺れさせた服は、2001年イエールモードフェスティバルの作品でもある。

ノッティンガム芸術大学に留学していた星野貞治は、留学が終わる時期が近づき、イエールへ作品を送ることを決意する。その服を、彼は持っている布で作ろうと決めた。その時、彼が決めたことは針と糸でできること。自分に出来る行為は、「縫う」という行為だ。そう決意し、ストライプの生地を使いたければ布と布を合わせて縫えばいいと思うほどの覚悟と発想で、作品作りに臨む。結果、彼はイエールのファイナリストに選出された。イエールの最終審査で発表された服を、イギリスの合同ショーでも披露し、その服をマックイーンが見たということになる。

イエールに出した作品のコンセプトは「ライフ」。そのコンセプトについて、彼はこう述べている。

「未完成であることは服を作る上でのテーマ。布から服が生まれていくことは服が生きている様を表す。終わりまで作ってしまったら、ゴミになってしまう。成長段階で止めることで、服を生き続けさせられると思った」『装苑』2001年10月号より

しつけ糸が通されたままで、縫い目には型紙の糸じるしが残されている。バランスが整えられているようで整えられていなく、風になびくように服は着ている人間の残像を残していく。そんなイメージが僕の中に浮かぶ。その服には、静かで厳かで美しい空気がにじんでいた。彼の服を見て、強烈な衝動に駆られたわけではない。ただ、その控えめな美しさに酔った。力が失われるように。学生の作った服にそこまで魅せられたのは、初めての経験だった。

その後、彼はフランスのIFMに入学し、在学中の彼の作品が僕の知る限りハイファッションで2度掲載された。そのうちの1着を僕は好きで、今でも覚えている。3枚のメンズシャツとジャケットの縫い目だけを残して布を切り抜き、それらをレイヤードし、絞りを入れてレディースサイズにした白いシャツに複雑に絡ませた作品だった。その服に漂う雰囲気は、イエールの作品にもあった感情、悲しみだった。

その後、彼は自分のブランドを立ち上げるのだが、その服には僕が惹かれてやまなかった繊細な作風がどこかへ消えてしまっていて、正直、僕は学生のころに作っていた星野貞治の作品の方が好きだった。

けれど、彼の服には輝きがあった。感情を形にすることに長けた才能。彼の才能を表現するなら、そう言えるだろう。その輝きは、僕には一瞬に思えた。でも、その一瞬に巡り会えただけで十分だ。実物を見れなくても、写真を通して見れただけでも、僕は幸運に違いない。

静かな服。しかし、そこには確かにモードの香りがあった。

〈了〉

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