個性を表現しないことが個性のカルバン・クライン

AFFECTUS No.56

「え、なんじゃあこりゃあ……」

そう独り言を言いそうになった。ラフ・シモンズがチーフ・クリエイティブ・オフィサーに就任して3回目となる最新コレクションを観た僕は。

今回のカルバン・クライン 2018AWコレクションは、ライブでショー映像を観ることができず、初見は画像だった。冒頭の言葉はその時の感想である。

眺めたコレクション写真に、僕は正直がっかりする。そこには美しさやカッコよさといった類の高揚感を引き起こす要素が一切感じられず、代わりに真っ先に感じたのは歪さと調和の取れていないバランスの悪さだった。

歪さがあるのはラフの特徴でもある。しかし、ラフのデザインは王道のエレガンスをベースに、そこに歪さを感じさせる違和感を持ち込み、最初は疑問を抱かせながらも次第に魅力が増していくタイプだ。王道エレガンスがあるがゆえの違和感であり、違和感があることで王道エレガンスの魅力が引き立つ。だが、今回のデザインは王道エレガンスがまったく感じられず、奇妙で歪な違和感ばかりが前面に強く押し出され、その感覚に僕は共感できずにいた。

しかし、それは最初だけだった。

僕の感覚は完璧に変わる。ショー映像をじっくり観ることで。

「え……これ……いいんじゃないか……いや……いい……」

少しずつ浸透するように、僕の感覚は当初の反応が嘘のように変わってしまった。感覚を変えた正体、それがいったい何なのか。その正体を探るようにショー映像を反芻しながら、自分の内面と向き合うことで次第にわかり始める。その歪さを映す映像を目を凝らして観ていくうちに、ある言葉が浮かぶ。

「アンディ・ウォーホルっぽい……」

僕はアンディ・ウォーホルの熱狂的なファンというわけではないし、ウォーホルについて詳しく知っているわけでもない。しかし、ウォーホルの作品を観たときに感じた感覚と、今回のラフのカルバン・クラインを観た際に生じた感覚に同質のものを感じ、共通する何かがあるように思えた。

ウォーホルはラフにとって重要なアーティストだ。傾倒していると言ってもいい。ディオール時代にも、ウォーホルの作品をモチーフにしたコレクションをプレタポルテで発表している(クチュールではなくプレタポルテというのが面白い)。カルバン・クラインにおいても、その姿勢は同様だ。デビューコレクションに先駆けて発表されたビジュアルキャンペーンは、ウォーホルの作品を背景に用いたセクシーでミニマムなビジュアルだった。

改めてウォーホルの作品を眺めてみた。キャンベルスープ、コカコーラ、マリリン・モンロー、エルヴィス・プレスリー。選択されたテーマのどれもに強烈な個性がある。一目見ただけで、それが何かわかる。その個性の強さが、作品を通して感じられるであろうアーティストの感性を捉えがたくし、僕はウォーホルという人間の存在感が希薄に感じられた。すでに確立された個性をピックアップし、それを連続させて作品とする。その簡易にも感じる手法から作られた作品は無機質な空気を漂わしているのだが、捉えがたい魅力が備わっているのも事実。「美しい」とは違う価値観の魅力が心をざわつかせる。

今回、ラフはアメリカが50州であることにちなみ、消防士や少女時代、戦争といった50のアメリカ的要素を取り込んだ。そのアプローチで生まれた今回のコレクションは、いつもより「ラフ・シモンズ」を感じられなかった。ラフらしさを感じづらかったとも言い換えられる。いつもなら感じられる王道エレガンスを感じられなかった理由が、きっとそこにある。デザイナーが自身を投影させることなく、デザインに魅力を作る手法に。

1950年代のオートクチュールを源流とする王道エレガンスは、ディオールやシャネル、バレンシアガといったクチュリエたちの「人間を美しく見せようとする」行為が生み出した賜物だった。しかし、今回のラフのデザインアプローチは、美しく見せることを否定している。魅力を感じたアメリカの要素をピックアップしてそのまま配置し、調和を図り美しく見せることはしない。配置した時に生まれる違和感を肯定する。その違和感にこそ「美しい」とは異なる新しい魅力があるのではないか。それこそが、新しい時代の新しい価値観なのではないか。

このアプローチ、先行者がいる。ミウッチャ・プラダだ。彼女の「悪趣味なエレガンス」がまさにそれだ。ミウッチャは自身が気に入った要素をピックアップし、ただそれを身体の上に配置してコンサバスタイルを作る。そこには無秩序さを含んだコンサバスタイルが完成するという矛盾が生まれる。それが彼女のデザインの魅力となっている。ミウッチャのこのデザインアプローチは、今回のラフが用いたアプローチと同種のものだ。

ミウッチャとの違いをあげるとすれば、スタイルだ。ミウッチャはあくまでもコンサバ。スタイルのベースがあり、そこに違和感を配置している。しかし、今回のラフはアメリカ的要素である様々なスタイルの断片を切り取り、その断片をモデルの身体上に無目的のようにドッキングさせ、最終的に完成したものをスタイルとしてる。だから僕はルックを見たとき、「これがカルバン・クラインなのだろうか?」と軽く混乱した。出来上がったスタイルに、セクシーでスポーティ、ミニマムでクリーン、そんなカルバン・クラインらしさを感じられなかったから。

言ってみれば、ミウッチャよりも混乱が強い。それが今回のラフだった。そしてそのデザインは、デムナ・ヴァザリアやゴーシャ・ラブチンスキーたちが表現する「ダサさ」が魅力となる価値観にも通じる。デムナやゴーシャがストリートという自身の体験や環境に基づいたアイデンティティが濃いのに比べ(それでもかつてのアントワープ勢よりも薄いが)、今回のラフは自身のアイデンティティを感じさせる要素をかなり排除している。デザイナーの世界観を表現しない「アノニマスなデザイン」に近い空気を伴っている。見た目はまったく違うが無印良品的なデザイン。ラフは「アメリカであること」をかなり重視している。それがカルバン・クラインなんだ。セクシーとかミニマムとか、そういうことじゃない。そう訴えているように。

ラフはこれまで「美しい」とされてきたものを作ることをやめた。「美しい」とは異なる新しい魅力の創造。その行為は、時代の先端を行くデムナやゴーシャと同じだ。しかし、ラフが用いたアプローチは、結果的には彼らとは異なる試みになっている。デザイナーである自身の個性を希薄にし、カルバン・クラインがカルバン・クラインである「アメリカであること」を最重要コンセプトとし、歪で奇妙な違和感を新しい時代の新しい魅力としてデザインする。そのアプローチに、僕はウォーホルと近いものを感じた。だから、きっと今回のカルバン・クラインを見て「アンディ・ウォーホルっぽい……」と僕は感じのだろう。アートの専門教育を受けていない僕の言うことだから、きっと間違いもあるだろう。しかし、僕個人が感じた「感覚」を探っていくと、そういう結論になる。

これまで王道の代表と思ってきたラフ・シモンズが王道から離れて時代のトレンドに乗り、しかしトレンドに乗りながらも時代をリードするデムナやゴーシャとは異なる軸で「ダサいことがカッコいい」という新しい価値観へ挑戦する。その行為が、僕に服を見ているというよりも、創作物を見ているような感覚に陥らせたのだろう。

ジル・サンダー時代、ラフはラスト3シーズンでウィメンズの才能が開花する。ラフの真の才能はウィメンズにあった。そう思わせるほどの覚醒感だった。あの瞬間、ラフはネクストステージに登った。それゆえのディオールのディレクター就任だったと思う。そしてディオールを経て、今ここにきてラフの才能がカルバン・クラインで新たにネクストステージへ登りつつある。新しい才能の覚醒が始まる。そんな予感を僕はしている。

ファッション界でアートをテーマにすると、そのほとんどがアーティストの作品をプリントした服であり、作品そのものをダイレクトに使用したデザインが多い。極端に言えば、イヴ・サンローランのモンドリアンドレスも、モンドリアンの作品をドレスにただ乗せただけだ。ファッション界でずっと続く、アートをテーマにした際のこのアプローチ。そろそろ、違うアプローチのデザインが見たいと思っていた。

ラフ自身もアーティストの作品をダイレクトに使うアプローチを行っていた。ディオール時代には先述したように2013AWプレタポルテでウォーホルの作品を用いていたし、シグネチャーでは2017SSにロバート・メイプルソープの写真をプリントしたシャツを発表している。しかし、今回のカルバン・クラインでラフはそのアプローチから脱却した(あくまで僕の解釈だが)。アーティストの作品ではなくコンセプトを借用してファッションをデザインする。そこへ一歩、踏み出せたように思う。

ラフがそのことを、意識しているのかどうかはわからない。だからメディアが、ラフに訊ねてくれないだろうか。

「今回のカルバン・クラインには、アンディ・ウォーホル的なものを感じています。自身の世界観を投影させずアメリカ的なものを選び出し組み合わせたスタイルに、ウォーホルと同種のものを感じました。それを今回のコレクションでは、アーティストの作品をプリントするといったダイレクトな手法ではなく(かつてあなたがディオールで用いた)、アーティストのコンセプトを借用してデザインする方法を試みたように私は思えたのです。これは意識して行ったのでしょうか。それとも無意識なのでしょうか。また、あたなが感じるウォーホルの魅力とはいったい何でしょうか」

ラフの解答が聞きたい。

〈了〉

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